駅前旅館
舌三寸で客を引き胸三寸に恋のせる番頭稼業の裏おもて

1961年 カラー 東宝スコープ 109min 東京映画
製作 佐藤一郎 監督 豊田四郎 脚色 八住利雄 原作 井伏鱒二 撮影 安本淳 
音楽 団伊玖磨 美術 松山崇 録音 渡会伸 照明 石川緑郎
出演 森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺、淡島千景、淡路恵子、森川信、草笛光子、藤木悠、三井美奈
都家かつ江、多々良純、若宮忠三郎、左卜全、藤村有弘、浪花千栄子、若水ヤエ子、山茶花究
大村千吉、市原悦子、西条悦朗、堺左千夫、水島直哉、小桜京子、谷晃、三田照子


 雑誌“新潮”に連載されて好評を博した井伏鱒二の原作を、『季節風の彼方に』の八住利雄が脚色した時代の流れで変貌しつつある駅前旅館に集う人々と番頭稼業を描いた喜劇。映画化に当たっては小説に描かれていた渋さを排除して、ドタバタの風俗喜劇として仕上げられている。『夫婦善哉』『猫と庄造と二人のをんな』で純文学における喜劇映画を確立した豊田四郎が監督、『家内安全』の安本淳が撮影しイーストマンカラーの鮮やかな色彩で漫画的な雰囲気を出している。出演は豊田作品常連の森繁久彌・淡島千景コンビに加え、喜劇俳優の伴淳三郎が一枚加わって喜劇色を強めている。さらに『ぶっつけ本番』のフランキー堺の起用によって、東宝の三大喜劇俳優が勢揃いすることとなった。他にも豊田作品の名脇役として名高い淡路恵子や草笛光子・三井美奈・浪花千栄子など芸達者な俳優陣を豪華に配したオールスターキャスト映画である。本作は、お盆興行として東宝の目玉商品となり、1964年まで23本シリーズ化。“社長シリーズ”と共に東宝のドル箱となった。


 上野駅前にある柊元旅館の番頭・生野次平(森繁久彌)は三十年の経験をもつ「お帳場様」である。変貌を続ける上野界隈で柊元旅館は、旅行会社から斡旋された修学旅行の団体客でごったがえしている。その中で、馴染みの旅行社の添乗員・小山(フランキー堺)が忙しく中学生をさばいている。次平は山田紡績の社長一行のなかの女客に二の腕をつねられ、女中のお京に伝言を残すと発っていった。次平は飲み屋・辰巳屋のお辰(淡島千景)の店で、愚痴を言い合う気の合った番頭仲間の高沢(伴淳三郎)に、慰安旅行の幹事にされた。行先を江の島と決めた次平は彼をつねった女のことをやっと思い出した。全国から番頭たちが客引の腕をみがきにくる夏の江の島で、昔、次平や高沢は芸を張り合ったのだ。彼女は於菊(淡路恵子)という 江の島時代の旅館の豆女中だったのだ。再び次平は於菊と会ったが、社長の妾で工場の寮長に納って手前勝手な於菊に彼には昔流の意地があった次平は「お前、宿へ帰んなよ」と突き放してしまう。その頃、下級旅館の強引な客引・カッパの連中が格元に泊った女学生三人を怪我させるという事件が起こった。次平は一計を案じ、上野駅前浄化運動を始め、カッパ連中を締め出す看板を一帯にめぐらすとカッパ連は次平を出せと柊元に押しかけた。因っているお内儀を助けようと、次平は暇乞いの口上を述べたが、主人がそれを利用し、本当に彼をクビにしてしまう。彼はさっと最後の客引きの手際を見せると、まだ自分を必要としてくれる場所へ向かうのだった。


 井伏鱒二の原作小説を豊田四郎が監督した本作は上野駅前にある旅館に集うキャラクター達を思いっ切りデフォルメしており、実に漫画的な作品に仕上がった。登場する人物たちは、いずれも愉快で、これこそオールスターキャストの醍醐味。豊田監督が手掛けた『台所太平記』もそうだったが、こうした群像劇の場合、キャラクターに魅力を感じないと全く面白みがなくなってしまう。上野駅前にある旅館の番頭を演じる森繁久彌(旅館の女中部屋で生まれたという設定が粋じゃないですか)を筆頭に皆が皆、適材適所…フランキー堺を旅行代理店の添乗員に据えたあたりの采配はナルホド!と感心させられる。老人会の客の前で三味線片手にロカビリーを披露するシーンは最高に盛り上がった。近くの対立する競合旅館の番頭を伴淳三郎が扮し、得意の怪しげな目つきで登場するだけで場内からクスクスと笑いが洩れるほど。その出で立ちだけで笑いを取れるなんて、今にして思えばこんな凄い喜劇役者は、もう二度と現れないであろう。シリーズも回を追う毎に、伴淳の演技の奥深さを観る事ができる。が何と贅沢な演じているなど、もうこのキャスト以外では考えられない。特に二人の演技の妙を観られるのは、番頭たちの慰安旅行先の江ノ島で客引き合戦するシーンだ。言葉巧みに向かい合った旅館の軒先で垂れる口上は、実に見事、芸術の域に達しているとはこの事だ。
 昭和30年代がブームとなり、当時の生活スタイルや街の様子などを懐かしむ人々(団塊世代に限らず、当時を知らない若者まで)が増えている昨今、まさに本作が描かれている時代である。この時代は、戦後の日本が大きく変わろうとしていた頃であり、劇中に出てくるが、旅館も個々でお客を引っ張るのではなく、優良加盟店マークさえつけていれば旅行代理店が団体のお客を見つけてくれるようになった。おかげで、風情よりもオートメーション化された流れ作業で客をこなすようになり、森繁演じる昔気質の番頭さんが度々ボヤくセリフがあちこちでつぶやかれていた。そうした変革の中で生きている人々の姿を描くのが得意な豊田監督。移ろいゆく時代を的確にフィルターの中に切り抜くセンスは、相変わらず素晴らしい。笑いの中に、ふっと垣間見れる寂しさ…冒頭、上野駅に客を迎えに行った番頭を職質した警官が、人買いと思って連行する下りも時代に取り残されつつある職業の哀愁を感じさせる。対象的に新しいものに、すぐ飛びつく伴淳の番頭みたいな人間がむしろ多かったこの時代の盛り上がりは、バブルの時の浮かれようにも似ている。中庭があって昔から続く伝統家屋の旅館でやかましい修学旅行生のガキ共が大騒ぎする様が象徴的だ。近代的な合理化を推進した時代…確かに、この時代があったからこそ、生活が向上して便利になったわけだが、本来大切に残すべきものまで根こそぎ引っこ抜いてしまったのは否めない事実としてある。
 などと、難しい事をつらつらと書いたものの、本作はあくまでも楽しい娯楽映画である。原作の持つテーマ性をしっかりと踏襲しながら旅館で起こる騒動を危なげなくまとめる豊田監督はやっぱり天才だ。新しい旅館経営に乗り出す女将からクビを宣告された番頭が最後に見せる呼び込みの話術。このシーンで森繁の素晴らしい天才芸を我々は観る事となる。また、見逃してはならないのは、美術監督・松山〜による旅館のある路地の完璧なセットだ。ロケーション撮影では、出す事が出来ないファンタジックな雰囲気を醸し出す。極めつけの淡島千景演じる小料理屋の女将の店がある路地裏のセットたるや、今こんな仕事って出きるんだろうか…とため息が出るほどだ。

「宿屋の番頭ってぇのは、こんなもんだっていうのを今から見せてやらぁ」突然、クビを宣告された森繁演じる番頭が去り際に、啖呵を切って素晴らしい口上で客を引くのだ。


レーベル: 東宝(株) 販売元: 東宝(株)
メーカー品番:TDV-15064D ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,252円 (税込)

昭和22年(1947)
女優

昭和25年(1950)
腰抜け二刀流

昭和26年(1951)
有頂天時代
海賊船

昭和27年(1952)
上海帰りのリル
浮雲日記
チャッカリ夫人と
 ウッカリ夫人
続三等重役

昭和28年(1953)
次郎長三国志 第二部
 次郎長初旅
凸凹太閤記
もぐら横丁
次郎長三国志 第三部
 次郎長と石松
次郎長三国志 第四部
 勢揃い清水港
坊っちゃん
次郎長三国志 第五部
 殴込み甲州路
次郎長三国志 第六部
 旅がらす次郎長一家  

昭和29年(1954)
次郎長三国志 第七部
 初祝い清水港
坊ちゃん社員
次郎長三国志 第八部
 海道一の暴れん坊

魔子恐るべし

昭和30年(1955)
スラバヤ殿下
警察日記
次郎長遊侠伝
 秋葉の火祭り
森繁のやりくり社員
夫婦善哉
人生とんぼ返り

昭和31年(1956)
へそくり社長
森繁の新婚旅行
花嫁会議
神阪四郎の犯罪
森繁よ何処へ行く
はりきり社長
猫と庄造と
 二人のをんな

昭和32年(1957)
雨情
雪国
山鳩
裸の町
気違い部落

昭和33年(1958)
社長三代記
続社長三代記
暖簾
駅前旅館
白蛇伝
野良猫
人生劇場 青春篇

昭和34年(1959)
社長太平記
グラマ島の誘惑
花のれん
続・社長太平記
狐と狸
新・三等重役

昭和35年(1960)
珍品堂主人
路傍の石
サラリーマン忠臣蔵
地の涯に生きるもの

昭和36年(1961)
社長道中記
喜劇 駅前団地
小早川家の秋
喜劇 駅前弁当

昭和37年(1962)
サラリーマン清水港
如何なる星の下に
社長洋行記
喜劇 駅前温泉
喜劇 駅前飯店

昭和38年(1963)
社長漫遊記
喜劇 とんかつ一代
社長外遊記
台所太平記
喜劇 駅前茶釜

昭和39年(1964)
新・夫婦善哉
社長紳士録
われ一粒の麦なれど

昭和40年(1965)
社長忍法帖
喜劇 駅前金融
大冒険

昭和41年(1966)
社長行状記
喜劇 駅前漫画

昭和42年(1967)
社長千一夜
喜劇 駅前百年

昭和43年(1968)
社長繁盛記
喜劇 駅前開運

昭和45年(1970)
社長学ABC

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇

昭和47年(1972)
座頭市御用旅

昭和48年(1973)
恍惚の人

昭和56年(1981)
連合艦隊

昭和57年(1982)
海峡

昭和58年(1983)
小説吉田学校

平成16年(2004)
死に花




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