曲がれ!スプーン
同エスパーのお陰で、地球はときどき回っていたりする。
2009年 カラー ビスタサイズ 106min 東宝
製作 亀山千広、阿部秀司、安永義郎、島谷能成、杉田成道 監督 本広克行 脚本、原作 上田誠
撮影 川越一成 照明 木村伸 美術 黒瀧きみえ 音楽 菅野祐悟 録音 加来昭彦 編集 田口拓也
出演 長澤まさみ、三宅弘城、諏訪雅、中川晴樹、辻修、川島潤哉、岩井秀人、寺島進、松重豊
甲本雅裕、三代目魚武濱田成夫、平田満、木場勝己、ユースケ・サンタマリア、升毅、佐々木蔵之介

005年度「weeklyぴあ」年間満足度ランキング(ミニシアター部門)で見事第1位に輝き、熱狂的な支持を得た『サマータイムマシン・ブルース』。その第2弾企画ともいえるのが、今作『曲がれ!スプーン』です。劇作家・上田誠率いる劇団ヨーロッパ企画の最高傑作との呼び声も高い戯曲『冬のユリゲラー』を原作に、『少林少女』『踊る大捜査線』シリーズなど、様々なジャンルでエンターテイメントを追求する映画監督・本広克行が映画化したコメディ。超常現象バラエティ番組のADが本物のエスパーたちと出会い、大騒動を巻き起こす。主演に、『群青 愛が沈んだ海の色』の若手NO.1女優・長澤まさみを迎え、『少年メリケンサック』の三宅弘城、『アフタースクール』の辻修ほか諏訪雅、中川晴樹、川島潤哉、岩井秀人、志賀廣太郎といった小劇場界のオールスターキャストが、独特且つ巧みな演技で脇を固めます。ヨーロッパ企画特有の舞台設定とリズム感のあるユーモア、そしてさりげない温かさが漂うストーリーに個性豊かなキャラクターたちが絶妙に溶け合い、最高にキュートなコメディ映画が誕生した。

クリスマス・イヴ。エスパー修行中のマスター、早乙女(志賀廣太郎)が経営する喫茶店“カフェ・ド・念力”では、1年に1度本物のエスパーたちが集うエスパーパーティーなるものが開かれていた。意思の力で電子機器を操作するテレキネシスを持つ井出(川島潤哉)、人の心を読むテレパシーを操る椎名(辻修)、透視ができる筧(中川晴樹)、意思の力でなんでも動かしてしまうサイコキネシスを持つ河岡(諏訪雅)、時間を止めて自力で移動、結果的にテレポーテーションとなる能力を持つ小山(三宅弘城)たちは、自らの能力を思う存分披露し合っていた。そこへ、恐る恐る神田(岩井秀人)という男が店内に入ってくる。自分もエスパーだというその男は“細男”という、聞いたこともない技を持っているらしい。一方、超常現象バラエティ番組のAD・桜井米(長澤まさみ)は、番組企画で本物のエスパーを探すことになり、視聴者からの情報を頼りに日本全国を旅して回っている。ところが、現れるのはインチキ超能力者ばかりで、一向に本物は見つけられないでいた。それでも諦めきれない米は、ひょんなことから“カフェ・ド・念力”を訪れる。だが、そこではエスパーパーティーの真最中。突然の米の来店にエスパーたちは、自分たちの超能力がばれてはならぬと慌てふためく。果たしてエスパーたちは無事に米を帰すことができるのか?

「小さい頃は今よりずっと不思議な世界への扉が近かった気がする」という長澤まさみのモノローグからこの映画は始まる。彼女の役どころは幼い頃にUFOを目撃してから超常現象は実在すると信じている超常現象バラエティー番組のAD桜井米という女の子だ。そういえば…筆者も子どもの頃は純粋に宇宙人やネッシーの存在を信じていたはずなのに、いつから「それが存在する」って言うのをカッコ悪いと思い始めたのだろうか?小劇団ヨーロッパ企画の上田誠が書いた舞台“冬のユリゲラー”は、そんな大人になってしまった者たちにとって何だかワクワクする内容だった。だって、サイコキネシスやテレキネシス、テレパシーを持つエスパーたちが、集まる喫茶店の話…なんて楽しいに決まっているじゃないか。何と言っても、彼らは超能力を持っているのに使い道が地味なのがまず笑える。例えば、テレキネシス(電気系統を操る能力)のエスパーは自販機で当たりが出るように念力で操作したり、透視のエスパーは尻尾まで餡が入ったたい焼きを選んで自慢したりとか…。これはタイムマシンという凄い発明品をそれに見合わない使い方をしていた同じヨーロッパ企画の『サマータイムマシン・ブルース』の面白さに共通している。要は凡人の発想には限界があって、本作に出てくるエスパーたちは世界規模の危機には対処出来ないけれども一人の女の子の危機ぐらいは救えるのだ。なかでも上手いなぁと感心したのはエスパーの能力によってヒエラルキーが存在しているという設定。透視が一番下に見られているのは何となく納得出来て笑ってしまった。また本広克行監督は世間から奇人として蔑まれている自称エスパー(…というよりビックリ人間)にも暖かい視線を送っているところに好感が持てる。そんな彼らにエールを贈るようなエピソードで締めくくるラストにジーンとさせられる。
初主演映画『ロボコン』でも優れたコメディエンヌの片鱗を見せていた長澤まさみだが本格的なコメディは本作が初めて。しかも共演者であるエスパーたちはいずれも小劇場界の実力者ばかり。舞台となるのは自分の超能力をひた隠しにするエスパーたちが入り浸る喫茶店「カフェ・ド・念力」という室内劇だけに小手先の演技は通用しない掛け合いの間が重要なポイントとなる。ほんのコンマ数秒の違いが命取りともなりうる芝居は、彼女にとって高度な笑いのテクニックが要求されるチャレンジだったはずだ。エスパーパーティーの最中に飛び込んでくるマスコミ関係の米(エスパーたちにとって正に天敵)によって、彼らが右往左往する店内が最大の見どころ。台本では(何と!)33ページにも及ぶ、とてつもなく長いワンシーンを撮影前に一週間みっちりリハーサルをして挑んだだけあって、彼らが作り出す絶妙な間は完璧だ。このエスパーを演じた俳優たちはみな個性的で一人一人が異彩を放っている。自ら作り出した(喫茶店から)逃げられない状況下で繰り広げる緩急自在の演技に、観ている側の関心を一瞬たりともそらさせないのはさすがだ。そして、もうひとつの主役となるカフェ・ド・念力の見事な造形。本広監督はこの空間を巧みなカット割で切り取る事で不思議な緊張感を生み出していた事を特筆しておきたい。
「昔、あのエスパーは日本中の子どもたちに、その扉を開ける鍵を配ったのだと思う」主人公のモノローグに自分もその子どもの一人だったと思い出す。
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