

長澤まさみが史上最年少で東宝シンデレラ・グランプリに輝き、女優としての第一歩を踏み出したのが十三歳の年。大林宣彦監督作『なごり雪』、森田芳光監督作『阿修羅のごとく』を経てデビューからわずか三年目で古厩智之監督作『ロボコン』にて初主演を果たす。落ちこぼれ女子高生がロボット部に入りロボットコンテストで優勝するまでを描いた青春コメディの傑作だ。まず驚かされたのは彼女の物怖じしない堂々とした演技力である。コメディは演じる役者が照れては全てが台無しになるため、新人にとっては資質が問われる難しいジャンルだ。それを見事なコメディエンヌぶりで久しぶりに大型新人の登場に胸を高鳴らせた事を今でも覚えている。その時点から長澤フリークと化した筆者は、気づけば長澤まさみ主演映画初日には劇場前にほぼパーフェクトに並んでいた。そこで今回、改めて彼女のフィルモグラフィーを見直すと、ある法則に則って、いくつか彼女なりの変革を繰り返しながら、女優としての新境地を見いだしていた事が見て取れた。

例えば、興味深いのは『ロボコン』の翌年、ほぼ同時期に公開(両者とも平成十六年五月)された二つの作品、行定勲監督作『世界の中心で、愛をさけぶ』と篠原哲雄監督作『深呼吸の必要』で演じた対照的な二人の少女だ。前者は言わずと知れた不治の病に冒され残り少ない恋人との時間をひたむきに生きる少女。助演(主演と言っても良いくらい)ながらも、映画の中心で屈託のない笑顔を振りまく彼女の姿に中高生だけではなく幅広い年齢層の観客の涙を誘った。「現場で毎日、気が狂いそうな日々を送った」と、本人は当時の様子を雑誌のインタビューで語っていたが、その甲斐あってこの年の日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。紛れもなく本作は長澤まさみの代表作となった。一方、後者で演じたのは過去に何かがあって自分の殻に閉じこもり言葉を発しなくなった少女。そこには前者のような生に対して前向きな彼女の姿は無く、手首に刻まれたリストカットの跡から絶望感が伝わってくる…そんな少女だった。サトウキビ収穫のバイトで沖縄の小さな島にやってきた男女五人の群像劇の中で、彼女が演じる加奈子は全編を通して8割がセリフが無く表情だけで感情の変化を表現するといった難易度が高い役だ。それでも同じ収穫のバイト仲間で起床時間になっても起きない金子さやか演じるギャルを無表情で、ひと蹴する姿に『ロボコン』から更に進化したコメディエンヌぶりが垣間見えたりして嬉しくなった(農家のおばぁからもらった日除けのサンバイザー姿も良かった)。この二つの作品が長澤まさみにもたらしたのは、恋愛映画のヒロインというアイドル的な位置づけと、ちょっと癖のある個性的な役回りもこなせる演技派という側面だ。

アイドル映画を作るつもりで『タッチ』を手掛けたという犬童一心監督は長澤まさみがいたから成立した企画と語っていた。まるでお祭りのような盛り上がりがある日本独特のアイドル映画は映画を支えきれるだけのアイドルがいないと出来ない。昭和の最後を飾ったアイドル女優と言えば山口百恵が挙げられるが、その後しばらくして登場した十代の長澤まさみは、名前だけで観客を呼べるアイドル女優であったのは間違いない。そんな彼女が国民的ヒロイン浅倉南を演じたのは自然な流れだったと思う。そして、もうひとつ本作を観てハッとしたのは作品を追うごとに演技力の進化が目覚ましく速いという事。実際、犬堂監督の演出があったにせよ、彼女は等身大の南を自分のものとして作り上げており、だから『タッチ』は単なるコミックの映画化とは異なる単独の青春映画(事実、中盤あたりで『タッチ』であることを忘れていた)として成立したのだ。それまで可愛い浅倉南だったのが上杉達也の一言でドキッとするような女の表情を浮かべる場面があるが、この演技は間違いなく長澤まさみのオリジナルだ。
『タッチ』の成功後、『ラフ ROUGH』『涙そうそう』『そのときは彼によろしく』といった若年層のカップルをターゲットとしたいわゆるデートムービーが続く。当時はこうした恋愛映画が各社で競うように製作されており、そのブームの火付け役となったのは言うまでもなく『世界の中心で、愛をさけぶ』だったのだから、本家の東宝としても黙って見過ごすわけにはいかなかったのだろう。長澤まさみが出演している恋愛映画はヒットする…いつしかそういう風潮が広がっていた時代だ。それまで等身大の少女を演じてきた長澤まさみのアイドル性が頂点に達したのは、偶然にも二つのリメイク作品だった。ひとつは角川映画の名作にして薬師丸ひろ子の代表作“セーラー服と機関銃”をテレビドラマ化したヒロインの星泉、もうひとつは黒澤明監督の名作『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』のヒロイン雪姫である。後者はサブタイトルが示す通り、樋口真嗣監督は主役を雪姫にシフトして松本潤演じる山の民と身分の違う恋に陥るという要素を加える事でRPG世代に向けたアクション時代劇を作り上げ、長澤まさみは極端なまでにアニメチックにデフォルメされたヒロインを演じる事で今までのイメージを覆してみせたのだ。

そんな長澤まさみが女優として次のステージに立ったのはDVに悩む女性をシリアスに好演したテレビドラマ“ベストフレンズ”と、映画では血のつながらない兄への複雑な思いを抱く妹カオルを演じ、その年の日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した『涙そうそう』、そして愛する人を失って精神のバランスを崩してしまう島の娘・涼子を熱演した『群青 愛が沈んだ海の色』あたりからであろうか。中でも『涙そうそう』で、詐欺にあった兄への気遣いから、隠れてバイトをしていたカオルが兄と壮絶な兄妹ケンカを繰り広げる場面は圧巻。「とっちらかるくらいに泣いてぶつかっていこう」と、当時を振り返る長澤まさみが語るように、この場面で見せる泣きの演技はあまりに壮絶で強く心に残った。そう言えば両者とも沖縄が舞台…よほど沖縄と相性が良いのだろうか?『深呼吸の必要』も沖縄だった(これは余談)。こうして長澤まさみ主演の恋愛映画を振り返ってみると共通のヒロイン像がある事に気づく。『タッチ』に始まり『群青 愛が沈んだ海の色』に至るまで、彼女が演じるヒロインは、血はつながっていないけど幼少期から兄妹のように育って来た男の子との近親愛に揺れる少女という役どころが多いのだ。長澤まさみは、簡単に恋に落ちてはいけないのだ…というイメージは初期の山口百恵が演じた役柄(主に西河克己監督作品の頃)を彷彿とさせる。続く『曲がれ!スプーン』では劇団ヨーロッパ企画の人気舞台劇に挑み、実力派の舞台俳優たちと五分に渡り合えるほどのコメディエンヌぶりを披露。『岳 ガク』では、髪をショートにして挑んだ山岳救助隊員役で見せる雪焼けメイクを施した表情に力強さを感じ、中でもクレパスに落ちた登山者を救けるため、岩に挟まった脚を斧で切断するという今までにないハードな一面に思わず身震いしてしまった。
そして我々はまたしても『モテキ』で演じたみゆき役に驚愕させられる事になる。それまでの長澤まさみが演じるヒロインには純粋なまでに処女性を貫くスタイルがあった。どんな役においても根底にはある種のルールが存在しており、そのルールをぶち壊して新境地に立ったのが『モテキ』だった。森山未來演じるセカンド童貞全開の幸世を翻弄するみゆきは、無防備にも出会ったその日に幸世のアパートに宿泊して口移しで水を飲ませた挙句に胸まで揉まれてしまう。長澤まさみが今まで演じてきた役に無かった性が初めて感じられる、男性にとってかなり際どい場面なのだ。ここで長澤まさみの演技で感心させられるのは、決してみゆきが悪女に見えないところ(本人はみゆきを悪女と言っていたが…)。どう見てもみゆきから誘っているにも関わらず、その行動にはきっと何か理由があるはず…と観客に思わせる微妙な心情を演技に反映させているのだ。中盤でみゆきが妻子のいる男性と不倫関係にあって苦悩していると判明するのだが、それが明かされた後半からの長澤まさみは、前半の天真爛漫ぶりとは異なる大人の雰囲気を漂わせた鳥肌級の演技を披露する。
常に自分を客観的に見てしまうという長澤まさみは撮影現場で監督と意見をキャッチボールしながら、より良い演技を模索する。「自分は演技力がない分、せめて精一杯がんばろうという姿勢だけは見せなきゃって。観ている人に何か伝えられればこっちのものだと思うんです。それは技術じゃなくて肌からにじみ出てくるものだから」(キネマ旬報2005年9月下旬号インタビューより)と、彼女の初主演作品『ロボコン』を振り返っていたが、この姿勢は『世界の中心で愛をさけぶ』の断髪や『タッチ』の全力疾走、『涙そうそう』の号泣場面などに代表されるように、全ての主演作に脈々と息づいている。こうして彼女の主演作を年を追って見てみるとアイドル性の根底に、観客を惹きつけるスター性が存在している事に気づく。そう言えば、作家・小林信彦が著書「映画が目にしみる」の中で長澤まさみのスター性についてこう書かれている。「スターは、えたいの知れないオーラで観客を映画館に呼びよせる。外国でいえばガルボ、日本でいえば原節子がそうだ。(中略)長澤まさみはアイドルならぬ、数少ないーいや、めったにいないスターである。しかも<東宝のスター>という感じが強い」まさにその通りだと思った。スタジオシステムが崩壊した現代で、“長澤まさみ”という名前だけで観客を呼べる希有な女優といって間違いない。個人的には『霧の旗』のような復讐に身を落とし、肉体で男を破滅させるファムファタルな長澤まさみの汚れ役も是非、観てみたいものだ。

「ロボコンの醍醐味は、非まじめだからだ」と映画『ロボコン』のパンフレット内で、東工大名誉教授の森政弘氏は述べている。「不まじめ」ではなく「非まじめ」。確かに、劇中で同じテーマの競技をやっているロボットはどれもが異なったアイデアから生まれた独創的なものばかりだ。ロボコンの正式名称「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」とは高等専門学校連合会、NHK、NHKエンタープライズの主催するコンテストのひとつだ。1988年より始まった本大会は、最初は「アイデア対決・ロボットコンテスト」の「高専部門」であったが、2000年に高等専門学校連合会が主催に加わり、「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」として独立。なお、NHKが主催するロボコン(NHKロボコン)には「NHK大学ロボコン(兼ABUロボコン日本代表選考会)」もある。本大会には全国にある高等専門学校の学生が出場する。基本的には1校につきAチームとBチームの2チームが参加し、1チームは学生3名からなる選手と指導教官で構成されているが、実際には選手意外にも数名から20名程度を加えた体制でロボット制作にあたる場合が多い。なお、大会会場では各チーム3名の選手以外にピット要員として5名程度がピット裏での作業やマシンの移動を行うことが出来る
高専ロボコンでは主に大型の手動ロボットが数メートルから10メートル四方程度の広さのフィールド上で競技を繰り広げる。大会はトーナメント形式で行われ、競技は2チームずつの対戦形式である。競技内容は年ごとに様々だが、劇中でも紹介されていた箱を積み上げる…の他にボールをゴールに入れる、歩くといった作業を行って得点を稼ぐというルールが多い。一回の試合時間は3分程度しかないため、迅速かつ精密な作業が要求される。競技は対戦形式で行われるため、それぞれのロボットには相手よりも速く、多く、確実に得点を稼ぐことが求められる。また、対戦形式であることから、相手に合わせた作戦や操縦者の技量や冷静さ、時には度胸も試される。ただし、1日のうちに最大5試合行うことから、連戦による消耗から、試合中にロボットが動かなくなったり、自動制御装置などが壊れてしまうなどのトラブルが起き、それまで圧勝してきたチームが負けてしまう波乱もある。そのため、大会前日のテストランによる調整や、当日の空き時間を利用したロボットのセッティングやメンテナンスも、勝敗を左右する。ちなみに劇中、主人公たちが作り上げた“BOXフンド”は金勝浩一美術監督が小山高専が製作したマシンを改装してもらったもの。完成したのが撮影ギリギリだったため、実際に操作する長澤まさみは短時間で猛練習したという。ちなみに対戦するマシンは、実際に高専ロボコンで使われていた本物。勿論、操作している学生たちも皆、特別出演して鮮やかな操作を披露している。
本大会が開催されるきっかけとなったのは、マサチューセッツ工科大学にて行われていた2.7単位取得できる授業である。この授業は学生が各自ロボットを作り、MIT内で行われる大会である。この大会の模様を取り上げた番組がアメリカの公共放送にて制作され、内容を見たNHKスタッフが日本でも同じことを行えないかと企画を立てたのが始まりである。参加チームの選定において、当時62校あった高専の内、24校から参加表明があり、12校が出場した。回を追うごとに出場校と規模が拡大し、1990年第3回大会より、全ての高専が出場する大会へとなった。1991年に、現在の地区大会から勝ち残った高専が両国国技館で全国大会を開催する形式となった。1992年からは、独創的なアイデアとそれを実現する技術力を持つロボットを表彰する「ロボコン大賞」を設けている。今では全国8地区で開催される地区大会と両国国技館で開催される全国大会により、合計で15,000人を越える動員がある。

長澤 まさみ(ながさわ まさみ、1987年6月3日 - )MASAMI NAGASAWA 静岡県磐田市出身。
1999年、第5回東宝シンデレラのオーディションに応募し、35,153人の中から、史上最年少(当時)の12歳(小学6年生)でグランプリを獲得する。同年公開の『クロスファイア』で映画デビュー2003年『ロボコン』で初主演を果たし、第27回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。2004年『世界の中心で、愛をさけぶ』で、白血病のヒロイン亜紀を演じ、スキンヘッドに挑み注目を集める。本作は興行収入85億円の大ヒット作となり、第28回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞と話題賞を獲得する他、数々の賞を受賞。2005年には映画『タッチ』、ドラマ『優しい時間』『ドラゴン桜』、2006年にはNHK大河ドラマ『功名が辻』『セーラー服と機関銃』などの話題作に出演。『涙そうそう』においては第30回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞を受賞した。また、ティーン雑誌『ピチレモン』の専属モデルとなるなど活動の幅を広げる。出演作の『深呼吸の必要』『涙そうそう』『群青 愛が沈んだ海の色』など、沖縄を舞台とした作品が続いた事から2009年6月15日に沖縄県から「美ら島沖縄大使」に任命されている。