世界の中心で、愛をさけぶ
最愛の人の死―未来を紡ぐ愛。
2004年 カラー シネスコサイズ 138min 東宝
製作 本間英行 監督、脚色 行定勲 脚色 坂元裕二、伊藤ちひろ 撮影 篠田昇 原作 片山恭一
美術 山口修 音楽 めいなCo. 主題歌 平井堅 照明 中村裕樹 録音 伊藤裕規 編集 今井剛
出演 大沢たかお、柴咲コウ、長澤まさみ、森山未來、山崎努、宮藤官九郎、津田寛治、高橋一生
菅野莉央、杉本哲太、天海祐希、木内みどり、森田芳光、田中美里、渡辺美里、古畑勝隆、マギー

高校時代に死別した恋人との想い出を引きずり続ける青年が、過去を辿る旅を経て、やがて現在の恋人と共に生きていこうとする姿を描いた片山恭一原作のロングセラー恋愛小説を映画化。監督と脚色は『GO』『きょうのできごと』の行定勲。また『ユーリ』の坂元裕二と『Seventh Anniversary』の伊藤ちひろが共同で脚色。原作では語られていない大人になった主人公を加える事で映画的な広がりを見せる。撮影を岩井俊二監督作品で手腕を振るう『スワロウテイル』『hana & alice 〈花とアリス〉』の篠田昇が担当して瑞々しい澄み切った映像を作り上げている。出演は、『解夏』の大沢たかおと『伝説のワニ ジェイク』『GO』の柴咲コウ、『ロボコン』『深呼吸の必要』の長澤まさみ、本作が映画初出演となる森山未來ら実力派若手俳優が集結。この年の各映画賞を総なめにしている。

婚約者である律子(柴咲コウ)が、引っ越しの荷物の中から偶然見つけた1の古いカセットテープを持って、台風が接近する中、突然姿を消した。彼女の行き先が自分の故郷・四国の木庭子町であることを知った朔太郎(大沢たかお)は、彼女の後を追って故郷へと向かうが、そこで彼は高校時代のある記憶を辿り始める。それは、初恋の人・亜紀(長澤まさみ)と育んだ淡い恋の想い出だった。二人にとって、全てが永遠に続くかと思われていたが、亜紀はやがて白血病で倒れ、辛い闘病生活を強いられてしまう。そして、次第に弱っていく彼女を見て、自分の無力さを嘆くしかない朔太郎(高校時代の朔太郎:森山未來)は、彼女の憧れの地であるオーストラリアへの旅行を決行するのだが、折からの台風に足止めをくらいふたりの願いは叶わず、亜紀は、空港で倒れてしまう。会う事すらままならなくなったふたりの関係に、実は律子が関わっていたのだ。入院中、朔太郎と亜紀はカセットテープによる交換日記のやり取りをしていたのだが、その受け渡しを手伝っていたのが、亜紀と同じ病院に母親が入院していたまだ小学生の律子だった。彼女の失踪もそれを自身で確かめる為だったのである。亜紀の死やテープを届けていた相手が現在の恋人である朔太郎であったことを知った律子は、自らも事故に遭ったせいで渡せなかった“最後のテープ”を迎えに来た朔太郎に渡す。それから数日後、約束の地・オーストラリアへと向かった朔太郎と律子は、最後のテープに録音されていた亜紀の遺志を叶えるべく、彼女の遺灰を風に飛ばした。

「自分の体で出来る事は何でもやろうと思っていた」本作で白血病に冒された女子高生アキを演じた長澤まさみが、役への意気込みを語った言葉だ。その言葉の意味するところは、言わずと知れた、化学療法の副作用で髪が抜けてしまったアキが、見舞いに来た森山未來演じる恋人の朔太郎に向かって丸坊主になった頭を撫でながら「こんなになっちゃった」と笑う場面。このアキを演じるにあたって彼女は実際に髪の毛を全て剃ってしまった。物語も後半に差し掛かったところで彼女が見せた丸坊主の頭によって観客側にもある種の覚悟が出来た。二人が愛を育む前半とアキが病に倒れてからの後半では大きく作品のイメージが変わってくる。いよいよラストに向けて、この映画が問いかける「愛する者が去った時、残された者はどうするのか」という本題に突入するにあたり、長澤まさみの判断は正に大英断だった。そう、この映画…ただの恋愛映画じゃないぞ…と姿勢を正して後半に臨まざるを得ない状況に観客は追い込まれるのだ。そうした意味においては彼女の姿は予想を遥かに越えるほど衝撃的で、だからこそ、その後に続く無菌室のパーテーション越しのキスは日本映画史に残る名場面となったのだ。
映像にこだわる行定勲監督だけに登場人物たちの心情とシンクロした表現が多い(事実、35mmフィルムのシネマスコープサイズで撮影するこだわりを貫いた)。そのひとつに体育館の舞台で向き合うアキと朔太郎の後ろの壁いっぱいに窓ガラスをつたう雨が写り込む場面の詩情豊かな息を呑む美しさがある。これには篠田昇撮影監督と中村裕樹照明技師もかなり苦労された事であろう。アキのブラウスに写る雨が彼女の血や涙のようにも見えるこの場面の完成度は鳥肌級だ。
本作が中高生を中心とした幅広い年齢層に支持されたのは原作には無かった十七年後の朔太郎(大沢たかお)と柴咲コウ演じる律子の現代パートを広げたのが大きな要因であるのは間違いない。アキと朔太郎を結ぶ重要な役割を担っていた律子のその後を膨らませた脚色は見事だった。それにしても「愛する者の死」という重いテーマでありながら、若い二人が交わす会話は活き活きと生命力に満ち溢れ、その裏に秘めた悲しみを鮮やかに浮き上がらせる行定監督の手腕には感服する。なかでも、現代と過去を結ぶ小道具として今は亡きカセットテープ型ウォークマンの使い方は見事だ。アキと朔太郎が過ごした昭和六十年代は、ちょうどSONYからウォークマンIIが発売されたあたり。原作では交換日記だったのを、お互いの思いを吹き込んで交換する設定に変更したのは、昭和の終わりという時代背景を効果的に取り込みつつ映像表現的にも素晴らしい演出だった。前半は二人の距離が近づいてゆく過程におけるツールでしかなかったウォークマンが、後半では死を意識したアキの心境が綴られ、更に最後のメッセージが十七年後の朔太郎に届けられるという重要な役割を担っている。「脚本を読んだ時から、(空港の場面と)独白テープの声が上手くいかなければ映画はダメになる」という思いで撮影に臨んだ長澤まさみ。彼女のメッセージが流れるラストで朔太郎への思いを語ったアキが最後に締めくくる「バイバイ…」の一言に、それまで必死にこらえていた涙腺が一気に開放されてしまった。
「あなたはあなたの今を生きて。あなたに会えて良かった。バイバイ…」死を目前にしてテープに吹き込んだアキのラストメッセージ。長澤まさみの発した“バイバイ”は日本映画史に残る別れの言葉となった。
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