うなぎ
男、一人。女、一人。うなぎ一匹

1997年 カラー ビスタサイズ 117min 松竹=松竹富士
製作 奥山和由 プロデューサー 飯野久 監督、脚本 今村昌平 脚本 冨川元文 、天願大介
企画 須崎一夫、成澤章、中川好久 原作 吉村昭 撮影 小松原茂 美術 稲垣尚夫 音楽 池辺晋一郎
装飾 相田敏春、山田好男 録音 紅谷愃一 照明 岩木保夫 編集 岡安肇 衣裳 松田一雄
出演 役所広司、清水美砂、柄本明、田口トモロヲ、常田富士男、倍賞美津子、市原悦子、佐藤允
哀川翔 、小林健三、深水三章、小沢昭一、寺田千穂、上田耕一、小西博之


 妻の浮気によって人間不信に陥り、唯一飼っているうなぎだけに心を開く中年男と、そんな彼をとりまく人たちの交流を描いた人間喜劇。監督は前作「黒い雨」から8年ぶりにメガホンを取った今村昌平。吉村昭の『闇にひらめく』を、冨川元文と「罠」の天願大介、そして今村自身が共同脚色している。撮影は「BAD GUY BEACH」の小松原茂。主演は「失楽園」の役所広司と、「義務と演技」の清水美砂。第50回カンヌ国際映画祭グランプリ(パルム・ドール)受賞作で、今村は83年の「楢山節考」に続く2度目の受賞となった。97年度キネマ旬報ベスト・テン第1位。


  1988年夏、サラリーマンの山下拓郎は妻の浮気を告発する差出人不明の手紙を受け取った。不倫の現場を目の当たりにした彼は、激しい怒りに駆られて妻を刺殺してしまう。それから8年、刑務所を仮出所した山下は、千葉県佐倉市の住職・中島の世話で、利根川の河辺に小さな理髪店を開業した。人間不信に陥っていた彼は、仮釈放中にトラブルを起こしてはならないこともあって近所づきあいもせず、飼っているうなぎを唯一の話し相手に、静かな自戒の日々を送っている。ところがある日、うなぎの餌を採りに行った河原で、山下は多量の睡眠薬を飲んで倒れている女性を発見した。服部桂子というその女性は、山下によって命を救われるが、山下は「東京に帰りたくない」と言う彼女を店で使うよう、中島の妻・美佐子に押し切られてしまう。金融会社の共同経営者で愛人でもある堂島との関係や、精神病の母・フミエとの血のつながりから逃がれたいと思って自殺を図った桂子と関わりを持つことは、彼にとって迷惑でしかなかった。しかし、明るい彼女のお陰で店は繁盛するようになり、また山下の気持ちも次第に解きほぐされていく。だが、そんな山下の前に刑務所で知り合った男・高崎が現れた。出所し、ゴミ回収の仕事に就いていた高崎は、桂子と幸せそうに働いている山下をやっかみ、桂子に山下の前歴をバラしたり、怪文書を店先に張ったり、山下のSEX経験をバカにしたりと執拗な嫌がらせをしてくる。一方その頃、堂島の子を身ごもっていることが判明した桂子が、山下の前から姿を消した。過去を清算するために上京した彼女は、母を秋田の病院に帰し、堂島の会社から預金通帳を取り戻すと再び山下の元へ戻ってくる。しかし、堂島はそれを許さなかった。山下の店へ先回りした彼は、帰ってきた桂子から金を奪い返し、彼女を連れ戻そうとする。ところが、それまで桂子の愛を頑なに拒絶し続けていた山下が、あえてトラブルに巻き込まれると承知しながら、堂島から桂子を守った。山下は堂島とのトラブルで刑務所に戻されることになったが、様々な人たちとの交流を通して人間性を取り戻し、桂子とお腹の子を受け入れて、これからの人生を生きていくことを決心する。


 男は、金曜日の夜釣りを楽しみにしている平凡なサラリーマンである。毎週、定時で帰宅する男は、早々に着替えて、明け方まで磯釣りに出掛けていく。「今日は何を釣るの?」と妻は手作りのお弁当を渡して、笑顔で見送る。どうやら浮気をしているらしい妻の笑顔に戦慄を覚える。妻が不倫している相手の奥さんから、その事を密告する手紙を何度も受け取る主人公の心中は…果たして。かくして男は、釣りを途中で切り上げて帰宅してみると、激しく情事を交わしている妻の姿を目撃する事となる。無表情のまま物置にあった出刃庖丁を握り、部屋に入ると何度も出刃庖丁を妻の腹部に突き立てる。今村昌平監督としては珍しい程、夫婦間で何があったのか?といった心情を一切、映像で語っていないところだ。そして、何より怖いのは、不倫を見つかった妻が、夫と目を合わせた時に浮かべる怒りの表情である。この冒頭…オープニングタイトルまでの20分が本作の全てを決定づける。
 男は妻を殺すと血だらけのまま近くの警察署へ自主する。次の場面では、いきなり模範囚として仮出所する8年後となるところから今村監督が描こうとする主題が、男の自戒の念とか更生といったありきたりな人間ドラマではない事は想像がつく。それは保護観察官である住職と妻との会話から明らかになるが、「自分がした事を反省していない」らしい…というセリフから、何やら薄ら寒いものを感ぜずにはいられない。主人公を演じるのは、役所広司。本作の3年後に青山真治監督の『ユリイカ』も海外の映画祭で賞を獲ったため「日本に男優は、役所広司しかいないのか?」等と言われるほど注目を集めていた。不思議なのは、妻の不貞から人を信じなくなり、水槽の中の鰻だけを唯一の話し相手とする男が接客業の理髪店を開くところなのだが、その場所は滅多に人が来なさそうな川べりの外れ…というアンビバレントな行動に男のもがきが見てとれる。
 男が自殺未遂の女(演じる清水美砂のキャスティングについて松竹は猛反対したらしいのだがフタを開けてみれば最高の適役であった)と関わりを待たざるを得なくなる展開はニヒリズムな今村監督特有の世界観を自らが弄んでいるようである。一見、今村監督らしくない作風でありながら随所に散りばめられた主人公の虚無感に対するアンビバレントな状況に主人公を追い込む事から今村監督の内なる混沌を垣間見る事が出来るのだが…。主人公が何故、妻を殺したのか?現在の心境は一体?最後まで男の心を彼自身が語る事がないまま映画は終わるが代弁するように現れる柄本明演じるムショ仲間が、主人公の心を見透かすように挑発する姿が印象に残る。
 文芸評論家の清水正氏は著書「今村昌平を読む(鳥影社刊)」で、それまでの今村監督作品に抱いていたイメージ(暴力、欲望、エロスの渦の中でのたうち回る人間群像を通して<母性と混沌>を描く映画監督)が、強かっただけに拍子抜けがしたと痛烈に批判しており、ナルホド…そう捉える方もいるのかと思った。確かに、重喜劇と称してきた『果てしなき欲望』以降の日活時代から、独立プロの『エロ事師たちよりー人類学入門』を代表とする作品に比べると、本作はかなり軽いタッチである。しかし、筆者は、むしろ今村監督はデビュー作『盗まれた欲情』に立ち返って作ったのではないか?と、最初に観た時は嬉しくなってしまった。例えば、妻の浮気を目撃して凶行に及ぶシーンで流れる池辺晋一郎の軽妙な音楽(初期の頃から今村作品を手掛けてきた黛敏郎を彷彿とさせる)なんかは、今村監督のエゲツなさを感じるではないか。

「お前は嫉妬が、小汚い悪いもんだと思っているんだろう。嫉妬して何が悪い。カッコをつけたって嫉妬は嫉妬だ。お前だってな、少しは人間的なんだ!」柄本明演じるムショ仲間が、妻を殺した主人公の本心に迫るセリフ。


販売元: ジーダス
メーカー品番: KSXD-24630 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,881円 (税込)

昭和33年(1958)
盗まれた欲情

西銀座駅前
果しなき欲望

昭和34年(1959)
にあんちゃん

昭和35年(1960)
豚と軍艦

昭和38年(1963)
にっぽん昆虫記

昭和39年(1964)
赤い殺意

昭和41年(1966)
「エロ事師たち」より
 人類学入門

昭和42年(1967)
人間蒸発

昭和43年(1968)
神々の深き欲望

昭和45年(1970)
にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和56年(1981)
ええじゃないか

昭和58年(1983)
楢山節考

昭和62年(1987)
女衒 ZEGEN

平成1年(1989)
黒い雨

平成9年(1997)
うなぎ

平成10年(1998)
カンゾー先生

平成13年(2001)
赤い橋の下のぬるい水

平成14年(2002)
11'09"01/セプテンバー11




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