果しなき欲望
血ぬられた欲望の穴!物欲と欲情に狂う人間心理を鋭く描く今村昌平の野心作!!

1958年 モノクロ シネマスコープサイズ 100min 日活
企画 大塚和 監督、脚本 今村昌平 脚本 鈴木敏郎 原作 藤原審爾 撮影 姫田真佐久
美術 中村公彦 音楽 黛敏郎 照明 岩木保夫 録音 沼倉範夫 編集 丹治睦夫
出演 長門裕之、中原早苗、西村晃、殿山泰司、小沢昭一、加藤武、渡辺美佐子、菅井一郎
高品格、河上信夫、三崎千恵子、柳沢真一、芦田伸介、秋津礼二


 オール読物に掲載されて評判となった藤原審爾の原作を『盗まれた欲情』『豚と軍艦』の今村昌平監督が映画化。時価6000万円のモルヒネをめぐって欲望を剥き出しにする人間を、スリルと笑いをたっぷりと盛り込んで描いたサスペンス・コメディである。『豚と軍艦』まで日活での初期の今村昌平監督作品で主役を務める長門裕之が中原早苗を相手役に本作でも配役のトップとなっている。しかし実質的には、妖艶・渡辺美佐子と今村監督作の常連となる殿山泰司、西村晃、加藤武、小沢昭一という一癖も二癖もある面々が主人公というべきだろう。菅井一郎と高品格は、演じる人物のキャラクターで大いに笑わせてくれる。原作を鈴木敏郎(松竹に在籍していた山内久の変名)と今村昌平が脚色。撮影は本作以降、今村監督と名コンビを組む事となる姫田真佐久、そして音楽は『盗まれた欲情』の黛敏郎が担当している。1958年のブルーリボン賞助演女優賞を渡辺美佐子が、新人賞を今村監督が受賞している。


 ある駅のホームに集った胸に星のマークをつけた5人の奇妙な人物。彼等の目的は軍医の橋本中尉がこの町の防空壕に埋めたモルヒネを掘出すことだった。橋本中尉は終戦から10年後に山分すると約束していたのだ。集まったのはすでに死亡した橋本中尉の妹と称する志麻(渡辺美佐子)、薬剤師の中田(西村晃)、大阪の中華料理店主大沼(殿山泰司)、ヤクザの山本(加藤武)、中学校の教師と名乗る沢井(小沢昭一)。それは約束の人数より1人多く、5人は互いに疑心暗鬼のまま協力しあう。ところが、目的の防空壕の場所には肉屋が建っていたため、彼等は20m離れた空屋を借り防空壕までトンネルを掘ることにした。強欲な家主金造は息子の悟(長門裕之)を雇わせる条件で家を貸した。抜けがけを狙う大沼は沢井と組もうとしたので、中田や志麻との間が険悪になる。更に、一時的に帰阪した山本が強盗を犯したため、4人は計画を急がねばならなくなった。ある祭りの夜、脱走してきた山本が現れた。再開発のため商店街が5日後に壊わされることになり、山本も加わって穴掘り作業が進められる。しかし、立ち退き前夜、反目し合っていた山本を沢井は殺してしまう。遂に穴掘りが肉屋の下に来た時、沢井はドラム缶を発見するも、落ちて来たドラム缶の下敷きになって惨死した。その夜、中田は大沼に興信所からの調査書を読んで聞かす。橋本中尉は他殺の疑いが有り、中尉の内妻だった志麻とその情夫中田が逮捕されるも容疑不十分で釈放されたとあった。余計な人間は中田だったのだ。中田はナイフで大沼を脅し、自分が多分な分け前を受ける様に約束させる。志麻は毒入りのビールを大沼に飲ませて殺した。毒に気づいた中田だが志麻に包丁で刺殺される。豪雨の中を志麻はモルヒネを持って逃げるが、警察に追いつめられ、橋の上から逆まく川に落ちて死んでしまう。翌朝、川におびただしい死魚が浮いて、その白い腹を初秋の陽射しにさらした。


 平成16年5月30日、今村昌平監督が死んだ日、ビデオで観たのが『果てしなき欲望』だった。レンタルビデオ店で棚の奥にひっそりと埃を被っているような初期の作品(公開時も併映用の地味な扱いだった)だが、欲の皮の突っ張ったしょうもないワルの男女が入り乱れて、裏切り自滅する様がシニカルな笑いで描かれて実に面白かった。それから間もなく池袋にある名画座・新文芸坐の特集上映で再見するのだが、穴掘りの映画だからだろうか…暗い場内のスクリーンで観たほうが俄然面白かった(当たり前だが)。フランス映画にあるエスプリの効いたセンスの良い軽喜劇に対して、人間の欲望やら業といった愚かさを笑いに変換した本作を今村監督は重喜劇と称した。現在では、キム・ギドクやパク・チャヌクといった韓国映画の監督たちがそうした系統に属するのではないか?逆に日本では重喜劇は作られ難い社会になっているように思える。
 まず、オープニングの走る機関車にカメラを据えた映像とリズミカルな音楽に乗せて出演者のテロップが手前から奥に流れていくヒッチコックを彷彿とさせるタイトルバックのカッコよさに引き込まれる。この力強い映像を作り上げたのは名匠・姫田真佐久、音楽は『盗まれた欲情』でジプシーの民族音楽のような軽快なリズムで笑いを誘った黛敏郎。その汽車に乗っていた殿山泰司、西村晃、加藤武、小沢昭一、渡辺美佐子が地方の駅に降り立つところから物語は始まる。彼らは戦時中この町にあった陸軍病院に配属されていた元軍人で近くに終戦間際に埋めたドラム缶いっぱいの時価総額数千万(現在では数十億)円というモルヒネを掘り起こすために再び集まった…戦争がまだ遠くない過去であった時代の物語だ。このオープニングだけでも一級の犯罪映画になるところだが、今村監督は決してステレオタイプの犯罪映画にはしなかった。
 この秘密を知っているのは四人であって、そうなると一人多い事になる。モルヒネを埋めたのが夜中だったので実は顔がよく分からず、誰かが嘘をついて近づいてきた…というサスペンスが生まれるのが上手い。疑心暗鬼を抱きながらも協力しなくてはお宝は手に入らない。足下をすくわれやしないか?という緊張感を孕んだ今村監督と山内久による脚本が上手く出来ている。おまけに埋めた場所の上には肉屋が建っており、簡単には掘り出す事が出来ず、斜向かいの空き家を借りてトンネルを掘る…といったコメディ要素がサスペンスに重なり、画面を地上と地下の二分割するサイレント映画にあった技法で笑わせる。ケッサクなのは、間違ってガス管に穴をあけてしまったところに家主が家賃の取り立てに来る場面だ。ガス漏れする地下で七転八倒する仲間と、「なんかガス臭いなぁ」と怪しむ地上の家主をカメラは行ったり来たり…。コミカルな演技に毒気の含んだ展開が絶妙なバランスの上に成り立っている。全員、一癖も二癖もありそうな悪党ばかりだから、仲間を出し抜こうと互いに様子を伺っているうちに仲間割れして殺し合いに発展して自滅していく後半のデカダンスな笑いは今村監督ならではだ。男たちを手玉にとる渡辺美佐子の役について、今村監督はイメージが違っていたらしいが、愛くるしい顔立ちの反面、男を利用して死に至らしめるバンプぶりは、それはそれで良かったと思う。

「欲の皮の儚さが分かるのは、あんたの頭がすっかり禿げてからやろな」高品格演じる老人が殿山泰司に言う。しかし、このセリフがラスト「こっちはジックリと欲に年季を入れて来たんや」と締めくくる高品の言葉に効いてくるのだ。


 

販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメントジャパン
メーカー品番:PIBD-1246 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,568円 (税込)

昭和33年(1958)
盗まれた欲情

西銀座駅前
果しなき欲望

昭和34年(1959)
にあんちゃん

昭和35年(1960)
豚と軍艦

昭和38年(1963)
にっぽん昆虫記

昭和39年(1964)
赤い殺意

昭和41年(1966)
「エロ事師たち」より
 人類学入門

昭和42年(1967)
人間蒸発

昭和43年(1968)
神々の深き欲望

昭和45年(1970)
にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和56年(1981)
ええじゃないか

昭和58年(1983)
楢山節考

昭和62年(1987)
女衒 ZEGEN

平成1年(1989)
黒い雨

平成9年(1997)
うなぎ

平成10年(1998)
カンゾー先生

平成13年(2001)
赤い橋の下のぬるい水

平成14年(2002)
11'09"01/セプテンバー11




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