霧の旗
会殺人事件の中でめぐり逢った男と女。それは哀しい運命の…愛の始まり。

1977年 カラー ビスタサイズ 95min 東宝
製作 堀威夫、笹井英男 監督 西河克己 脚本 服部佳 撮影 前田米造 原作 松本清張
美術 佐谷晃能 音楽 佐藤勝 照明 川島晴雄 録音 福島信雅 編集 鈴木晄
出演 山口百恵、三浦友和、関口宏、三國連太郎、加藤治子、小山明子、夏夕介、石橋蓮司、林ゆたか
児島みゆき、町田祥子、桑山正一、神山繁、金田龍之介、石井富子、大和田伸也、高橋昌也、原泉


 雑誌記者との愛も捨て、獄死した兄の弁護を断った弁護士に復讐する女の姿を描く百恵・友和ゴールデン・コンビによるシリーズ7作目。前作『泥だらけの純情』で初の現代劇に挑んだ山口百恵が、たっての希望で松本清張のベストセラーミステリーにて汚れ役を演じた。監督は本作がシリーズ最後となる『春琴抄』の西河克己、脚本は『あゝ野麦峠』の服部佳が執筆して深みのある本格的な社会派人間ドラマに仕上げている。撮影は伊丹十三監督、山田洋次監督作品にて印象に残る映像を生み出した前田米造が担当。脇を固めるのはテレビドラマでも山口百恵と共演している三國連太郎、主人公の兄を関口宏が扮するなどベテラン俳優陣が顔を揃え、多彩な厚みのあるキャスティングとなっている。


 柳田桐子(山口百恵)が「週刊社会」の編集記者・阿部啓一(三浦友和)に初めて出逢ったのは、東京の大塚欽三法律事務所の中であった。高利貸し殺しの容疑で逮捕された兄・正夫(関口宏)の無実を信じる桐子は、高名な弁護士である大塚(三國連太郎)を頼って、九州の片田舎から上京したのである。しかし、桐子の必死な願いにも拘らず、大塚は桐子の依頼を冷たく拒否するのだった。早くから両親を亡くした桐子兄弟には、大塚の要求する高額な弁護料を用意することができなかったのである。医大の寄付金問題に関する件で事務所に取材にきていた啓一は、大塚の高慢な態度に激しい憤りを感じ、桐子に同情の言葉をかけるのだった。しかし、正夫は控訴中に刑務所で獄死してしまう。九州に帰っていた桐子は上京し、銀座のクラブでホステスとして働き始める。その頃、啓一は、大塚が正夫の公判記録を洗い直していることを知った。そんな時、桐子の店にもきたことのある杉浦という男が、マンションで殺されるという事件が起こった。杉浦の友人であるクラブ経営者・河野径子(小山明子)が犯人として捕ったが、桐子には径子が犯人でないことが分っていた。桐子の手元には、真犯人が落として行ったライターもあった。しかし桐子は、証人として名乗り出ることをしなかった。径子が大塚の愛人であると知ったからである。スキャンダルが表面化して社会的地位が危うくなった大塚は、径子のために証言してくれと桐子に頼むのだが、桐子には兄を見殺しにした大塚を許すことができなかった。ある晩、ついに桐子は大塚を自室に誘い、女であることを武器に、彼を罠にはめることに成功するのだった。


 スーツケースを開く山口百恵演じる主人公・桐子の顔がアップで映し出される。彼女は無実の罪をきせられて無念の果てに獄死した兄の写真を見つめる…その表情は全ての感情を捨て去ったまるで能面のようだ。その瞳にはもはや悲しみも絶望も何も存在しない、あるのは“無”だ。兄の弁護を依頼するため九州から上京した彼女は貧乏人に対する格差社会の現実を目の当たりにし、個人の力ではどうにもならない壁が大きく立ちはだかった時から全ての感情を仮面の下に封印してしまったのだ。西河克己監督は彼女の顔をアップで捉える際、左面に影を付ける事で桐子の二面性を表現する。兄の写真を見る表情には既にアイドルの面影はない。この場面の山口百恵を見た時に「遂に化けたな…」というのが率直な感想だ。(勿論、公開時は小学生だった筆者がシネマヴェーラ渋谷で行われた山口百恵特集で久しぶりに再見した時の感想だが…)化けた…というのは『伊豆の踊子』で映画デビューを飾ってから三年で七本の映画で主役を演じてきた山口百恵が無意識の内にアイドルから訣別できる役を待ち望んでいたのではないだろうか…と『春琴抄』を観た時に感じたからだ。その年に“横須賀ストーリー”を発表して既に歌の世界ではアイドルから脱却しており、もうそろそろ映画でも汚れ役に挑んでも…という矢先の本作だった。(前作の『泥だらけの純情』はまだお嬢さん色が強かった)
 昭和三十六年に発表された同名小説は単なる犯人探しのミステリーとは異なり、日本の格差社会において大切なモノを失った主人公が絶望と失望の淵から復讐を胸に抱き這い上がってくる姿を描いた松本清張の代表作だ。自分たち兄妹を見捨てた弁護士に同じ思いを味わわせるために偽証を続ける事で破滅へと追い込む悪女(やや語弊があるかも知れないが…)を山口百恵が演じるに当たって西河監督は「この役を演じるには早過ぎる」と思ったというが(山口百恵本人がどうしてもやりたいと希望して実現)逆に彼女の未成熟さから滲み出てくる危うさが良かったのではないか?と思った。それを象徴する場面がある。一年ぶりに再会した銀座の高級クラブでホステスとなった桐子の変貌に三浦友和演じるジャーナリストが狼狽する場面だ。和服姿で登場した彼女の色香はドキッ…というよりゾッとするような危険な雰囲気を漂わせているのだ。これは十七歳の彼女だから醸し出せた色香であり、この見せ方が数多くのプログラムピクチャアを手掛けてきた西河監督の上手いところだと感心させられた。
 もうひとつ忘れられない場面がある。自分の将来も棄てて復讐を続ける決意をした桐子が唯一の味方だったジャーナリストから貰った三通の手紙を読み返す場面である。彼女は一瞬だけ笑みを浮かべてからその手紙を引き裂いてしまう。女の幸せを全て封印する決意をした瞬間の彼女の絶妙な演技に身震いした…この映画一番の見せ場だ。最後に桐子は偽証を貫き通して弁護士を破滅へと導いて去ってゆく後ろ姿に大女優の片鱗を見ただけに、やはり彼女の引退は日本映画界にとって大きな損失だったと改めて思う。

「兄は死刑になるかも知れません…」と言った時に見せる山口百恵の凛とした表情に鳥肌が立った。


ビデオ、DVD共に廃盤後、未発売
昭和48年(1973)
としごろ

昭和49年(1974)
伊豆の踊子

昭和50年(1975)
潮騒
花の高2トリオ
 初恋時代
絶唱
お姐ちゃんお手やわらかに

昭和52年(1976)
エデンの海
風立ちぬ
春琴抄

昭和52年(1977)
泥だらけの純情
霧の旗

昭和53年(1978)
ふりむけば愛
炎の舞

昭和54年(1979)
ホワイトラブ
天使を誘惑

昭和55年(1980)
古都




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