時をかける少女
あなたも誰かに愛をインプットされている。
1983年 カラー ビスタビジョンサイズ 104min 角川春樹事務所
製作 角川春樹 プロデューサー 山田順彦、大林恭子 監督 大林宣彦 原作 筒井康隆
脚本 剣持亘 撮影 阪本善尚 美術 薩谷和夫 照明 渡辺昭夫 録音 稲村和己 音楽 松任谷正隆
出演 原田知世、高柳良一、尾美としのり、津田ゆかり、岸部一徳、根岸季衣、内藤誠、入江若葉
上原謙、入江たか子、きたむらあき、升元泰造、高林陽一、明日香いづみ、山下陽子、岡寛恵
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ある日突然、時間を飛び越える能力を持ってしまった少女が経験する不思議な出来事と悲しい恋。筒井康隆の名作同名小説を映像化したファンタジックなラブストーリーとして、本作以降、テレビドラマやアニメ等数多くの“時かけ”が映像化され続けている。1966年に原作が発表されて以来、若い読者を中心に今もなお読み続けられているSFジュブナイルの傑作を大林宣彦監督がメガホンを取り、故郷・尾道の隣町・竹原市を舞台に多感な少女の揺れ動く恋心をしっとりとした映像で綴られている。脚本を前作『転校生』に引き続き剣持亘、撮影もお馴染み阪本善尚が担当し、大林監督と息の合ったコンビネーションを見せている。そして主題歌を当時、若者に絶大な人気を誇っていた松任谷由実が手掛け、本作のヒロイン原田知世が歌い大ヒットを記録した。本作で本格的な映画デビューを果たした角川映画の秘蔵っ子である原田知世は不動の人気を獲得する事になる。また、彼女をとりまく共演者には大林監督作品の常連、『転校生』の尾美としのりと『ねらわれた学園』の高柳良一を配し、爽やかな青春ドラマとしての色合いも濃くしている。
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土曜日の放課後、掃除当番の芳山和子(原田知世)は実験室で不審な物音を聞きつけ、中に入ってみると、床に落ちたフラスコの中の液体が白い煙をたててそのまま気を失ってしまう。和子は、クラスメイトの堀川吾朗(尾美としのり)や深町一夫(高柳良一)と様子を見に行くが、実験室は何事もなかったように整然としていた。この事件があってから、和子は時間の感覚がデタラメになったような奇妙な感じに襲われるようになっていた。ある夜、地震があり外に避難した和子は、吾朗の家の方で火の手があがっているのを見、あわてて駈けつける。幸い火事はボヤ程度で済んでおり、パジャマ姿で様子を見に来ていた一夫と和子は一緒に帰った。翌朝、寝坊をした和子は学校へ急いでいた。途中で吾朗と一緒になり地震のことを話していると突然、古い御堂の屋根瓦がくずれ落ちてきた。気がつくと和子は自分のベッドの中にいた。夢だったのだ。その朝、学校で和子が吾朗に地震のことを話すと、地震などなかったと言う。しかし、その夜地震が起こり、夢と同じ事になった。和子は一夫に今まで起った不思議なことを打ち明けるが、一夫は一時的な超能力だと慰める。和子は不思議なことが起るきっかけとなった土曜日の実験室に戻りたいと言い出し、一夫は和子のひたむきさにうたれ、二人は強く念じた。そして、時をかけた和子が実験室の扉を開けると、そこには一夫がいた。彼は自分が西暦2660年の薬学博士で、植物を手に入れるためこの時代にやって来たこと、自分に関わりのある存在には、強い念波を相手に送って都合のいい記憶を持たせていたことを告白する。和子は一緒に行きたいと言うが、彼は自分に対しての記憶も消さなくてはならないと言う。和子は嫌がるが、ラベンダーの香りをかがされ床に崩れた。11年後、大学の薬学部研究室に勤めている和子は、実験室を訪ねてきた一夫とぶつかるのだがそのまま歩み去るのだった。
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大林宣彦監督の代表作であり、原田知世の人気を不動のものとした『時をかける少女』は、SFファンタジーという形を借りた恋愛映画の金字塔である。根強いファンが多い筒井康隆の同名SF小説を大林監督は「この映画の主題は“愛”である」と公言している通り、見事なまでに切ない純愛映画に仕上げていた。原田知世演じる少女・和子が“恋と別れ”を体験する事で大人への脱皮をする瞬間を実に美しくフレームに収めている。『転校生』に続く尾道三部作の2作目となる本作だが、舞台は隣の江戸情緒が今も残る竹原市。尾道の港町とは違った古い街並みが、主人公の淡く儚く終わりを迎える初恋にピッタリとマッチしている。ある出来事からタイムリープ(タイムスリップとテレポーテーションを合わせたようなもの)という特殊な能力を身に付けてしまった少女の物語が、何故、純粋なラブストーリーになり得たのか?それは…少女が持つ一途な心と、反面持ち合わせるある種のドライな部分も大林監督がしっかりと描いているからに他ならない。未来から来た少年・一夫は、関わる人々の記憶を自分の都合が良い別なものにすり替える能力を持っていたため、和子の記憶にある初恋の人物(実は尾美としのり演じる幼なじみの五郎なのだが…)を自分にすり替えてしまうのだ。この初恋が、一夫によって別のベクトル上にシフトされ、和子は五郎ではなく一夫に対して恋愛感情を抱いてしまう。彼女が自分の初恋の相手は一夫ではない事に気付くシーンまでの運び方が実にイイ!真相に気付きながらも、和子は一夫に対する想いを変える事なく未来に生きる彼に永遠の愛を誓ってしまう。タイムパラドックスと記憶のすり替えによって、奇妙な三角関係に陥るところが面白く、和子は二人の男性の間を訳が分からないまま揺れ動く姿は実に切ない。
本当は五郎が初恋の人であるわけだからDNAの奥深いところでは彼に対する恋心が存在している…でも、現在の感情は一夫に向いているというのが、この物語の核になっている。小説のように主人公の感情を細かく語る事が出来ないためヘタをすると単なる優柔不断の女の子と観客は捉えてしまう危険性があるのを原田知世という逸材のおかげで原作で語っていた少女の心を遜色なく表現出来ていた。可憐な…という表現がよく似合う彼女がいたからこそ成り立った作品とだと思うのは言い過ぎだろうか?また、映像の面においても本作は特筆すべき点が多く、特にタイムリープする時のオプチカル合成は素晴らしく、さすがCM界の巨匠・大林監督の手腕が光る芸術に仕上がっている。前作『ねらわれた学園』ではひたすらポップアートを意識した処理を行っていたが本作はまるでダリやマグリッドのようなシュールな画で時空の狭間となるパラレルワールドを見事に表現している。それとは対象的に現実の世界を大林作品常連の阪本善尚によるカメラが、しっとりとした情緒溢れる映像に仕上げている。薬品の煙りが立ち込める実験室で、もうろうとなる意識の原田知世を捉えたカメラワークは彼女の魅力を最大限に引き出していた。
「キミは今、気持ちが不安定なだけだよ。大人になる時って、そういう事がよくあるらしいよ」深町が和子に言うセリフだが、これが作品のキーワードとなる。
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