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渋谷センター街を抜けてスペイン坂に差し掛かると「PARCO」のサインが光る白い壁が見える。2019年の秋口までは工事中の囲いしか見えなかったのが信じられない。その囲いは2016年の夏に出現して、約3年もの間、公園通り周辺の風景を変えてしまった。かつてその場所にはファッションビル「渋谷パルコPart1」と「渋谷パルコPart3」が建っていた。1980年代から90年代にかけてDCブランドが若者を中心に社会的ブームを巻き起こしていたバブル期、流行の発信基地となっていたのが「渋谷パルコ」だった。渋谷駅から離れていたその場所は、商圏としては決して好ましい立地ではなかったが、それを逆手に取ったパルコが主導して近隣の商店街に働きかけて、通りの名を旧称の区役所通りから公園通りに改称。さらに周辺の路地に、スペイン坂やオルガン坂といった耳ごこちの良いオシャレな名前を付けて、この一画をファッションストリートとすることで感度の高い若者を呼び込むことに成功した。また「渋谷パルコPart1」には東京FMのスタジオが併設されており、人気のゲストが出演する日は通りに長い行列が出来たのも渋谷の名物だった。 総合カルチャー施設という一面を持つ「渋谷パルコPart3」がオープンしたのは1981年9月10日。8階には演劇・コンサート・ファッションショーなどを行う多目的ホール『渋谷パルコ スペース・パート3』が併設されていた。ここは映画館としての機能も有しており、不定期ながらも寺山修司やルキノ・ヴィスコンティなど旧作の特集上映やシド・アンド・ナンシー≠フようなカルト性の高い作品から眺めのいい部屋≠ニいった芸術性の高い作品を紹介して根強いファンを獲得していた。1991年に発行された社史「セゾングループ史(全6巻)セゾンの活動」では、劇場および映画事業について「単にその集客性により収益をあげるだけでなく、パルコのファッション性に付加価値を加え、地域文化の発信基地の役割を担った重要な拠点として機能している。」と紹介されている。そして、1999年7月3日。ミニシアター激戦区となっていた渋谷の街に『渋谷パルコ スペース・パート3』をリニューアルして、『シネクイント』がバッファロー'66≠こけら落としにオープンした。ミニシアターブームの中で後発ながら若者の心を捉えるヒット作を連発。正に地域文化の発信基地として重要な役割を担っていた。そんな「渋谷パルコPart1」と「渋谷パルコPart3」が、施設の老朽化による全館建替工事を決定すると『シネクイント』もシング・ストリート 未来へのうた≠最終上映として、2016年8月7日より約3年間の休館に入った。 |
休館から2年が経った2018年7月6日。先行して、渋谷ロフト前にあった映画館『渋谷シネパレス』跡地に『シネクイント』が2スクリーン体制でオープンする。当時のチラシには「お帰りの人も初めましての人も」と、ファンに向けた言葉が綴られていたが…ファン心理としては、もうパルコには『シネクイント』は戻らないの?とヤキモキしたのが正直なところだった。そして翌年の2019年11月22日に待望の新生「渋谷パルコ」が完成。旧館時代は「Part1」と「Part3」に分かれていた建物もひとつになった。そして『ホワイト シネクイント』が館名も新たに8階にオープンした。館名にある「ホワイト」は何色にも染まることが出来る無垢を意味する。「館名に込めたのは、映画だけではなく色々なことをやって行きたいという私たちの思いです。渋谷パルコに入っているミニシアターだからこそ出来る、映画館の概念に囚われない実験的な企画を積極的に実施したいと思っています」と語ってくれたのは現在、両館の支配人を務める神戸晶子さんだ。確かにその思いはオープニング以降のラインナップにも現れていた。 女性アーチストとして男性社会のアート界に分け入り、作品を発表してきた草間彌生のドキュメンタリー草間彌生 INFINITY≠こけら落としに選んだのは、過去ジェンダーに焦点を当てる作品を多く上映してきた『シネクイント』らしさを感じた。その一方で、まだ何色にも染まっていない『ホワイト シネクイント』の多様性を広げる意味においても、今まで印象の薄かったドキュメンタリーからスタートしたことは相応しい幕開けだった。こうしたラインナップからも「観客にこういう作品もやるんだと驚いてもらえる作品を仕掛けていきたい」という劇場の思いが如実に現れている。何が飛び出すか分からない…それが今までの『シネクイント』の面白さであり危うさでもあった。そして『ホワイト シネクイント』として再始動された初日に「これからスクリーンを何色に染めてくれるのか…」と期待に胸を膨らませて足を運ぶと、同じ思いのファンが大勢詰めかけていた。 ところがオープンから半年も経たないうちに『ホワイト シネクイント』は誰もが予想し得ない逆風に見舞われた。新型コロナウィルスが猛威を振るい世界中をパンデミックに陥れたのだ。「ラインナップも決まっていて、これからどう告知して行こうかと考えていた矢先でしたから、えっ、どういうこと?と、いきなり出鼻を挫かれた思いでした。3月20日に始まったばかりの三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実≠ヘ、スタートから好調で多くのお客様に来ていただいていたのに、次の週から土日は休館して下さい…と政府から通達があり、これからどうなるんだろう?と思っていたら更に翌週から一斉休館となりました」勿論、この状況は映画館だけに限ったことではなく日本中全ての機能が停止してしまった前代未聞の出来事だった。休館中も週一で映画館に出勤していた神戸さんは人が消えた渋谷の街を歩きながら「人にぶつからず通りをスイスイ歩いてパルコまで辿り着ける渋谷は不思議な感覚だった」と当時を振り返る。そこからも状況は一進一退を繰り返しながらGW明けからは時短営業が可能となり延期されていた作品も少しずつ公開され始めた。 |
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今回の建替によって「渋谷パルコPart3」時代からビル内の動線は大きく変化した。以前の『シネクイント』があった8階は、7階より下のショッピングゾーンとは切り離されており、8階へ行くには1階からエレベーターで直接向かうか、7階から階段を使うしかなかったため映画を観る目的が無いフリーのお客様が上がってくることは無かった。「今では上の階に何があるのかな?って、エスカレーターで上がって来られるお客様も多いです。逆に映画を観たお客様が食事や買い物をして帰られたり…各フロアにお客様が滞留する効果が生まれました」こうした人流の変化により、ファッションに興味を持つ来館者も満足させられる作品にもチャレンジしている。例えばパルコに入っているブランドとコラボする試みも行われた。それがパリで行われた三宅一生が主催するショーのドキュメンタリーPLAYGROUNDS Stories behind HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE≠セった。また、世界的ファッションモデル山口小夜子を記録した氷の花火 山口小夜子≠笊マわり種ではパリにあったセレクトショップが閉店するまでを追ったCOLETTE, MON AMOUR≠ニいったパルコならではのセレクトには従来とは異なる客層の姿があった。またこの時代の必然性として変貌を続ける現在の渋谷とリンクする作品が多かった。再開発で取り壊される渋谷のアパートで共同生活を送る3人の女の子を描いた転がるビー玉≠ヘあちこちで工事しているリアルな渋谷が描かれていたり、スケートボードを題材にした青春映画mid90s ミッドナインティーズ≠ノはスケボーを抱えた多くの少年たちが来場して3ヵ月のロングランを記録した。 2020年はコロナ禍で劇映画の制作がストップしていた状況があったからか音楽映画も多かった。『ホワイト シネクイント』では新生パルコと音楽の親和性が高かったのか、旧『シネクイント』と比較しても音楽映画の比率が明らかに高い。矢野顕子が一発録りのレコーディングを行った様子を記録した伝説的ドキュメンタリーSUPER FOLK SONG 〜ピアノが愛した女〜≠オープニングで1日限りの上映を行ったり、Perfumeのライブを映画化したReframe THEATER EXPERIENCE with you≠ナはUDCastを併用して副音声を聴きながら映像を楽しめる立体的なスタイルの上映も行った。そして…2021年5月。後年も語り継がれるであろうライヴ映画が公開された。元トーキング・ヘッズのデビッド・バーンによるブロードウェイのショーをスパイク・リーが監督したアメリカン・ユートピア≠セ。1985年に大ヒットした伝説のライヴ映画ストップ・メイキング・センス≠ナ熱狂した世代を中心に、8ヵ月というロングラン記録をコロナ禍で叩き出したのだ。「最初は40、50代が中心でしたが、次第に若い人にも派生して連日満席が続きました。この作品は久しぶりに私たちも元気にさせてもらった映画でしたね」と神戸さんは振り返る。『シネクイント』と2館上映を行ったり応援上映も開催され、手作りのビッグスーツを着て来場された熱狂的なファンもいたという。この映画のヒットを受けて音楽映画に力を入れるキッカケとなり『シネクイント』ではPARCO音楽映画祭≠ェ2022年11月に開催された。 渋谷がミニシアターの聖地と呼ばれていた頃。若者にとってここで映画を観ることは、時代の最先端にいる気にさせてくれるステータスシンボルだった。だからこそ「ここでやっている映画を観ている人ってカッコいい」と思った若者は、少々小難しい映画を背伸びして観に来て、映画館側もそんな若者の欲求を刺激する作品を提供していた。バッファロー'66≠フ成功からチューブ・テイルズ≠竍アシッドハウス≠立て続けに繰り出し、今どきの若者を描いた青春路線に舵を切るのか…と思ったらギャラクシー・クエスト≠フような王道のコメディをぶつけて来たり、リワインドムービーの先駆けメメント≠取り上げたかと思えばジョゼと虎と魚たち≠フような純愛映画を大ヒットに導いた。 |
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ミニシアターにありがちな芸術嗜好やエッジの効いた作品ばかりではなく、言葉を選ばずに言うと分かりやすい作品に焦点を当ててきた。またタブーとされていたSEXを扱った問題作も取り上げ私は好奇心の強い女 完全版≠笂活ロマンポルノの女性限定オールナイトイベントを開催して恒例化させていた。(ちなみにこのイベントは『ホワイト シネクイント』になってからも開催された)特定のジャンルに固執せず…敢えて言うなら面白い映画であればジャンルを飛び越えて古今東西何でもやってしまうというのが劇場のカラーで、何故かそんな雑多なラインナップを見ても「パルコらしい」と納得してしまう。 コロナ禍を機にサブスクが普及して映画館離れが懸念されていたが「トークショーを開催すると家では得られない熱量を感じたり、会場でしか聞けない話もあるので、お客様は前のめりになって参加されていますよ。皆さんリアルに楽しみたいのでしょうね」こちらに来場されるお客様は自分なりに劇場の楽しみ方を熟知されている方も多く、公開20周年記念で上映された下妻物語<fジタル版ではロリータの格好をした人たちが(割引企画があったわけではないのに…)大勢来場され、場内はロリータファッションの人たちで盛り上がった。このように映画を観るだけではなく、映画館に来ること自体にイベント性を持たせて、参加スタイルという鑑賞方法を生み出したのが(旧)『シネクイント』であって、正にクイント・イズムとして『ホワイト シネクイント』に引き継がれているのではないだろうか。 以前のミニシアターファンは作品の内容がチンプンカンプンだったとしてもそこに面白さや価値を見出していた。そして作品のヒットは難解な作品ほど、クチコミやファッション誌に取り上げられて、人気に火がついたものだった。ところが近年は分かりやすい作品と難解な作品に好みが二極化しているように見える。SNSで情報がリアルタイムで入って来て、そもそも最盛期に比べてミニシアターの数が減ってしまったため情報の流入量に対して、昔のように館の独自性が確保しづらくなったのも要因のひとつかも知れない。こちらではスタンプが4つ貯まると1作品無料になる両館共通のスタンプカードがあるので、ポイントを活用して、普段なら観ない作品に挑戦してみるのも良いだろう。今はまだ劇場のイメージを作っている途中の段階という神戸さん。既成の概念に当てはまらない面白そうなことにチャレンジする『ホワイト シネクイント』は、ハイブリッドなミニシアターとして進化を続けているのだ。(取材:2025年12月) |
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【座席】 108席 【音響】7.1ch サラウンド対応 【住所】東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ8階 【電話】03-6712-7225
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