「予告編入れるの手伝って〜」「ねぇ、配給やらない?」「宣伝手伝う気ない?」「ハーフの俳優探しているんだけど知り合いにいない?」とあるバーで店長とスタッフが交わしている言葉だ。カクテルの名前と映画のタイトル、仕入れの段取と撮影の日程…客が口にするのは上司の愚痴より昨日観た映画の出来だ。そんな会話が、映画館&バー『第8電影』の店内で繰り広げられている。お店がオープンするのは夕方4時。5時を過ぎたあたりから常連客がボチボチ集まって来る。中には珍しい南米のスナック菓子を持ってきて「ここは食べ物出ないからツマミは持ち込みOKなんですよ。良かったらどうぞ」とススメてくれる(もたろん初対面)。2023年11月19日にオープンした『第8電影』はJR京浜東北線川口駅前のロータリーを渡ってすぐの場所に建つ雑居ビルの2階にあって、目印はビルの前に出ている小さな手描き看板のみ。その奥にある狭い階段の先に映画館があるだなんて、想像しづらいのか初めて訪れた人は気づかずに通り過ぎてしまう。周辺は異国情緒溢れる飲食店や外国人が経営する食料雑貨店(なるほどススメてくれたスナック菓子はここで購入したのか…)が軒を連ねる。とにかく通りを歩いているだけで楽しい界隈なのだが、『第8電影』の店内も負けず劣らず訪れた人たちは自由気ままに過ごしている。ここに集まるのは映画ファンや映画監督、サラリーマンや学生、ミュージシャンやイラストレーターなどの面々。毎晩、多文化交流が繰り広げられている。

『第8電影』を立ち上げたのは店長を務めるきゅありんさん。冒頭の会話の主だ。在学していた映画学校ニューシネマワークショップの授業で、クラス全員が10分ほどの短編を撮った時「それがあまりにも楽しくて、皆で撮った作品を教室でしか上映出来ないないなんて許せない!」という気持ちになったのがキッカケだ。「ある意味ここはノリで作ってしまったんです」当時、働いていた渋谷にあるシーシャ(水タバコ)バーのオーナーに「自分たちの作った映画を上映する場所として、防音設備のあるお店のVIPルームを使わせてもらえないか?」と相談したものの1クラス30人分の上映は不可能という結論に達する。そこでオーナーからの「じゃあ上映出来るお店を作れば?」という一言からとんとん拍子に話が進んだ。驚く事にオーナーは映画について殆ど興味が無い方にも関わらず資金と空いているテナントを提供してくれた。更にオーナーの会社内に事業部も設立して、きゅありんさんは、その会社の社員として店長兼責任者となった。そして、その仲間に同期生だった岡本滉太氏が支配人として加わった。勤めていたIT企業に辞表を出したばかりの岡本氏に「店をやるかも知れないので良かったら来ない?」と声を掛けたのだ。


店長であるきゅありんさんの仕事は多岐に渡る。仕入管理や売上管理からスタッフのシフト調整などに目を配る。また上映にあたってはポスターやチラシの制作から興行精算まで運営全般を取り仕切っている。一方で支配人の岡本氏(現在はオブザーバーとして参加)は、監督や配給会社との交渉を行ない、料金や上映期間などを決定する。「実際に上映するとなったらウチのスタッフは映画を作っている人間ばかりなので、予告編の編集から当日の上映チェックまで行なっています」現在6人いるメインスタッフは全員、大学で映像を専攻しており、卒業後は本業で映像関係に就いている人たちばかり。だから冒頭のような話題は当たり前のように行き交っているのだ。誰かしらカウンターに入っているので、映画を観た後に、お酒を飲みながら制作現場の話を聞けたり出来るのもコチラならでは。ちなみに、映画館にバーを併設したのは、単純にスタッフ皆お酒が好きだから。「良い映画を観た後、ただ帰るだけでは寂しい…となった時に、お酒を飲みながら話せる場所を作りました」バーでは映画をモチーフとした「映画カクテル」も提供(シアターに持込み可)されている。

元々は何も無かった会議室のような空間を映画を上映出来る多目的ホールにする案もあったが、計画を進めていくうちに、現在のレイアウトに辿り着いた。そして商業的な映画館とは一線を画す自主映画の監督たちが自分の作品を発表出来る場として「観る・飲む・語る」をコンセプトに『第8電影』は誕生した。シアターは最高の設備を取揃えており、壁一面には70インチのスクリーン、4K上映と7.1チャンネルの音響を完備する。映画の上映だけではなく、上映後の挨拶で監督自らギターで弾き語りを披露したり、俳優を引き連れて即興演劇を披露したり…法に触れない限り(笑)何でもOKというスタンスで提供している。上映後にはバーに移って監督や出演者を囲んで話も出来る。観客はこんな近距離で撮影の裏話を聞けたり、作り手は自分たちが作った映画の感想を直接聞けるのだから一挙両得というわけだ。「私自身も自主制作の映画を撮っていたし、映画制作をやっている仲間もたくさんいるので、せっかく作った映画を皆で観て語り合える映画館にしたかったんです」と、きゅありんさんは思いを述べる。


コチラに作品を持ち込んで来る監督は熱量の高い方が多いため、当日に突然「こんなことをやりたいのだけど…」と依頼されることも少なくない。それでも可能な限り監督の意図に寄り添った形で対応してくれる。「何でもウエルカムですので、相談はどんどんして欲しい!」と岡本氏は力強く語ってくれた。勿論、映画館としての質を担保するため一定の基準を設けつつ、世に出なかった映画を上映する機会を出来る限り提供したいと考えている。ここに集まる作品は、長編もあれば5分程の短編もあったり千差万別。短編1作だけで上映することもあるが、時には複数の類似するテーマやジャンルの映画を組み合わせて特集を組むこともある。「ホラー映画特集」や癖のある短編11作品をかき集めて一挙上映した「ヒトクセ映画祭」はお客様からも監督からも好評の企画だった。中には、バーのお客さんから企画を持ち込まれることもある。その方は映画系の会社に勤めている人で「こういう上映をやってみたいけれど、自分の会社ではまだ新人で裁量権が無いので、一緒に上映会が出来ませんか?」と企画そのものを提案されて一緒にプロジェクトを立ち上げたこともあった。

映画の上映だけに限らず、時にバーでは映画に関連した様々なイベントが開催されている。先日も参加者全員が映画のサントラ盤レコードをリレー形式で回す「サントラDJイベント スカイハイ」が開催され、多くの常連客が参加して盛り上がった。毎年1月には、きゅありんさんが入っている音楽グループ「禁断の多数決」のライブを開催している。また、能登の地震があった年には川口在住の日本酒ソムリエの方からお話があって、石川県の美味しい日本酒を飲み比べするイベントを開催。そこでお酒を飲みながら能登の映画を観る会とトークイベントを行い、売上の一部を寄付されている。こうした持ち込まれるイベントでもポスター制作やホームページの作成など『第8電影』がサポート。料金設定のアドバイスチケット予約システムなど主催者と打ち合わせを繰り返して作り上げた。このように幅広く門戸を開いてきた実績が高く評価され、今では各方面から声が掛かることも増えている。

この場所を敢えて表現するとしたら「酒が飲める映画館が付いた部室」と皆が口を揃える。スタッフや常連客が自分のお気に入りを持ち寄って置いていくから次第に「物」が増えてきて、終いには持ち主不明の「物」に溢れかえる。そうやっていくうちに居心地が良くなってくる。それってまさに「部室」という表現がしっくり来る。そんな場所には「物」だけではなく色んな「人(者)」が集まってくる。やがてその中から出会いが生まれ思いもかけない縁が広がる。全く映画の仕事に関わったことが無いお客さんが、映画を作ることに興味を持ってくれることもあるという。「だったら映画を観るだけじゃなく、撮影現場の見学会とか、映画を撮るワークショップとかを開催したいと思っています」映画を作れる人がいて、映画を作りたい人がいる。先日も常連さんのミュージシャンから、ミュージックビデオを撮って欲しいと依頼され、きゅありんさんが監督と出演を兼ねて軽井沢で撮影をされたそうだ。「映画に関わる仕事って、撮影だけじゃなく宣伝とか配給とかもあるので、この場所がHUBになれたらイイなと思います」


ここでスタッフの千葉美雨さんが出勤して取材に参加。お店の雰囲気について尋ねると「私は入ってまだ3ヵ月ですが、お客さん同士の話を聞いていると面白いですよ。周りを気にせず映画の話を大声でざっくばらんに話せる場所ってないじゃないですか?映画のことで議論になっても楽しい」そういった意味では映画好きにとって嬉しい場所だが、ここが部室のような気軽さを感じられるのは「肩肘張らずに来られる」からであろう。そういう点において岡本氏は「映画館バーだからといって、映画に詳しい人だけが集まる場所…みたいなセクト化しなくて良かった」と分析する。確かにコチラに集まるお客さんは映画がすごく好きな人からあまり観ない人まで幅広く、そういう人たちで盛り上がっている。もしかすると、それが部室のような雰囲気を醸し出しているのかも知れない。

最後に『第8電影』の館名にある「8」という数字を付けた意味を尋ねてみた。映画評論家R・カニュードによって唱えられた「映画は第7の芸術」のひとつ先を行く「第8の芸術」をココから生み出そうという思いを込めて「8」と付けたという。時には酒の力で「そこまで言っちゃう?」という発言も飛び出すこともある。でもコンプライアンスにがんじがらめにされた商業映画に一石を投じるのは、お金を払った観客なのだ。そんな言いたいことを言える部室で触発されたクリエイターが、メチャクチャして何かを変えてくれるかも知れない。もしかするとそこから「第8の芸術」が生まれることだってあるのだ。きゅありんさんは「最近になって、映画館を作ってしまった責任を感じ始めています」と述べる。「最初はノリで始めましたが、ただ楽しいだけじゃ駄目なんですね」オープンから2年が経ち常連さんも増えてきた。きゅありんさんは自分たち以上にこの場所を愛してくれているのがお客様であると実感しているという。「そういったお客様に対しての責任の大きさも感じています」と最後に締め括ってくれた。(取材:2025年11月)


【座席】20席 【音響】7.1ch

【住所】埼玉県川口市栄町3-9-11 リーヴァ第1ビル2F 【電話】090-3435-4056

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