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新宿から2駅目。JR総武線の東中野駅ホームから見える『ポレポレ東中野』は、かつて『BOX東中野』という館名で1994年にオープンしたドキュメンタリー映画を中心とするミニシアターだ。ポレポレタイムス社という写真事務所と映画配給の会社を経営する写真家・本橋成一氏が、現在の場所にビルを建てる際に、インディーズ系の日本映画を上映出来る映画館を設立した。その後、経営不振により2003年4月に一旦閉館するが、わずか5ヵ月足らずの9月6日に『ポレポレ東中野』としてオープンした。館名にあるポレポレ≠ヘスワヒリ語で「ゆっくり、ゆっくり」という意味だ。駅から1分ほど歩くと果実の入った籠を頭に乗せた親子の絵が描かれたウッドデッキが見えてくる。階段を降りると映画館のロビーが現れる。長い階段(エレベーターも設置されている)の壁面は作品に関連する展示や次回作の情報スペースとして活用されている。階段が長い理由は場内へ入るとすぐに理解出来る。スタジアム形式の客席(後方を見上げると大きなガラス面の映写室が特長的)と大きなスクリーンを有する場内は天井の高い空間となっているのだ。これは建設の段階から天井を高くするために、地下に向けてどんどん深く掘って行ったから。オープン時のキャッチフレーズが「一人当りのスクリーン面積が日本一の映画館」というのも納得出来る。 現在、代表を務めるのは下北沢にある短編映画のミニシアター『トリウッド』を立ち上げた大槻貴宏氏だ。「私の友人から映画館のマネジメントを出来る人を募集しているので、やってみたら?って声を掛けられたのがキッカケでした」それから大槻氏は午前を『ポレポレ東中野』夕方から『トリウッド』に回るという日々を約20年間も送ることとなる。そしてこの年の秋に映画館の方向性と運営指針に大きな影響を与えた作品が公開された。それが荒戸源次郎監督の赤目四十八瀧心中未遂≠セった。「昔から付き合いのあった荒戸監督から連絡をもらっていて、こけら落としで上映してから終了まで毎週末トークイベントを続けたんです」何と10月末から翌春までの6ヵ月間、ほぼ毎週トークイベントを開催したのだ。当然のことながら回を重ねるごとに観客も減って空席も目立って来た。「こんなことを言っては失礼なのですが…荒戸さんだけではそんなに観客を呼べるような人じゃないんですよね(笑)」そこで、どうして人が来ないのに毎回トークイベントをやるのか?と尋ねると「映画って初日が赤ちゃんなんだから、お前は自分の子供が歩くまで面倒を見ないのか?」という答えが返って来た。さすがにイイこと言うと感心した大槻氏は「映画は関係ない有名人を呼んでまで客寄せをするものじゃないんだ。作品の本質を伝えるために何をするのか…それを荒戸さんから教えてもらって、今はそれをやっているだけです」と述べる。少しでも作品の話をすることでパンフレットの売れ行きが変わると気づき、映画が一人歩きするまで出来ることは何でもすべきと実感したという。結果的には赤目四十八瀧心中未遂≠ヘ、その年のブルーリボン賞を始め国内の主要な映画賞を総なめして9ヵ月というロングラン興行を記録した。 |
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『ポレポレ東中野』がオープンしてから社会情勢が目まぐるしく変わってきた。ある意味ドキュメンタリーの題材があちこちにあると言って良いだろう。私のドキュメンタリーに対する認識が変わったのは、日本の防衛について考えさせられた標的の村≠セった。それまでヒロシマナガサキ≠竍蟻の兵隊≠ネど戦争の記録映画は数多く公開されたが、日本の分断に危機感を覚えたのは初めてだった。こうした現在進行形の日本の問題に目を向けた作品が増えたのもこの頃からだ。遺言 原発さえなければ≠フようなエネルギー政策による弊害を取り上げた作品も増えた。一方で人間本来の根源的な生活に目を向けた作品も多く、現在も動員記録トップを維持する人生フルーツ≠竭蜥ホ氏がプロデュース・本橋氏が監督を務めたアラヤシキの住人たち≠ヘ生命力に溢れた人間讃歌のドキュメンタリーだった。「本橋さんからここを撮ってみたいと言われて長野県の共働学舎に行ったんです。映画の題材としてアリだと思ったので参加を決めました」 |
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そこで暮らす現代社会に肉体的・精神的な生きづらさを抱える人、そうでない人など様々な境遇の人たちが集まり、誰もが固有に持つ能力を尊重しながら互いに支えあって共同で生活をしている日々にカメラを向けていると、ある日一人の若者が施設から失踪する事件が起こる。実際にプロデューサーとしてドキュメンタリーの製作に携わった大槻氏はこうした想定外のことが起きて、そこからどんどん方向性が変わっていくところにドキュメンタリーの面白さを感じたという。脚本や段取りが無いドキュメンタリーだからこそ何が起こるか分からない。実は彼が山に戻った時に話し合いが行われており、プロデューサーも監督も別の撮影に行って肝心の現場には不在だった。「その時に現場にいた助監督から今こういう会をやっているんですけどどうしましょうか?と連絡が入って、その時僕は、彼女の予定を変更してもらって、そっちを撮ってもらったんです。彼女の機転のおかげで作品の中でもすごく象徴的なシーンが撮れたと思います」ドキュメンタリーは再撮影が出来ないわけだから撮れている素材で作り上げるしか無い。「自分たちの想定外のことが起きた時に、そこからどう変えていくか?が、ドキュメンタリーの面白さと思いました」 1階にあるスペース&カフェ『ポレポレ坐』のエントランス横の壁面には、本橋氏が監督したドキュメンタリーバオバブの記憶≠ナ取り上げていたバオバブの樹(サバンナに住む村人たちの信仰の対象)が大きく描かれている。注文カウンターにはどうぶつクッキーや全国から直送された物品が陳列されており、カフェで提供されているメニューは「共働学舎」で収穫された材料を使用している。「映画などで関わりのある生産者さんの食材を使って素材本来の美味しさをそのまま提供することをコンセプトにしています」と語ってくれたのはカフェを任されている中植きさらさんだ。こちらを利用される方は、早めに来て上映までゆっくりされる方や映画の合間にサッと食事を済ませてしまう方など様々。まず、カウンターで注文すると番号が付いたキューブ型の木のブロックが手渡される。店内に漂うカレーのスパイシーな香りに刺激されて特製キーマカレーを注文した。このカレーに使われている豚肉も北海道の「共働学舎」で飼育されたもので、他にも無添加のホットドッグがオススメだ。元々本橋氏が「共働学舎」を作った宮嶋眞一郎さんの教え子ということで現在も交流があるため、年に一回、収穫祭と称した「共働学舎」で作られた製品も販売している。 |
カフェスペースは木の風合いで落ち着いた作りとなっており、開店と同時に常連の方々が来店して朝のひと時をゆっくり過ごされている。店内のあちこちに自由に閲覧できる本棚が設置されており、ナージャの村≠ナナレーションを務めた小沢昭一氏のコーナーや本橋氏の写真集などを読むことが出来る。奥にある大きなスクリーンは『ポレポレ坐』のモニュメント的な存在で、イベントの上映会などで使用されているが、現在のように日中から映像を流すようになったのはコロナの頃から。「あの頃は移動もあまり出来なかったので、せめて異国の映像を見ることで広い気持ちになるかなと思ったのです」現在流している映像はエンサイクロペディア・シネマトグラフティカ(ECフィルム)≠ニいうドイツで製作されている映像による百科事典で、アフガニスタンやエチオピアなど民俗学的な観点で撮影された現地に暮らす人々の普段の生活を捉えた貴重な映像である。水を汲んだり脱穀したり何気ない日常の風景だがこれがとても面白いのだ(特にドキュメンタリー映画に興味のある方なら尚さら)。 こちらのスペースは、音楽・古典・映像と…古今東西の様々なエンタテインメントをライブ感覚で自由に発信できるオルタナティブな空間として提供している。「あくまでもレンタルスペースとして貸し出しているので、こういうイベントをやりたいというお申し出があれば、音などの制約はありますが割と何でもありなんです(笑)」ミュージシャン小室等氏らによる民謡を旅する<gーク&ライブイベントやポレポレ浮世亭と銘打った落語会は長年続いている定番のイベントだが、他にも上映会とトークやワークショップなどを絡めたり研修会や時にはテラスを使ったマーケットを開催するなど中植さんの言葉通り、面白ければ何でもありなのだ。「逆にここはこういう場所≠チて定義しない方が良いかも知れませんね」という言葉に納得した。 |
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ここ数年でドキュメンタリーに対する世間の意識も大きく変わり上映する映画館も増えてきた。それまでドキュメンタリーのイメージは、テーマが重いとか内容が暗いという理由から気軽に観るにはハードルが高い存在だった。「観る側が配信などでドキュメンタリーに触れる頻度が多くなって、以前よりもジャンルとして受け入れやすくなった」と大槻氏は分析する。確かに今までなら興行として成り立たなかったような題材の作品も大ヒットを記録する事例が増えている。最近は予想外の客層が多く来場する作品も増えてきたそうだ。その要因のひとつとして挙げられるのはやはりコロナ禍が大きい。「コロナは人の生き方を変えたじゃないですか。どこかに出かけるというのは習慣であって、その習慣がコロナによって1年も強制的に無くなってしまったわけです」その穴を埋めるように入って来たのがサブスクなどの配信で、未だに、それで充分という人が一定数いるようだ。「最近は年配の方も戻って来てくれてはいますがコロナ以前に比べると減っています。映画を観る媒体が映画館からスマホやパソコンに変わった…つまり生活習慣が変わったのではないかと思います」大槻氏は武蔵野美術大学で教鞭に就かれているが「シネコンには行ったことがあってもミニシアターに行ったことが無いという学生が多いんです」それでも講義を聞いた学生が興味を持って足を運んでくれることもあるという。「コロナ禍では外に出られなかったため、若い人たちは特に物理的に体を動かすことに飢えていたのかも知れません。だから映画館のようにみんなが集まって同じものを観る場所は無くならないと信じています」 ドキュメンタリー映画をメインに上映するという特殊な形態のミニシアター『ポレポレ東中野』。多様性が求められ様々な主義主張がSNSなどでダイレクトに発信されている現代社会で、ここでも様々な主張を展開する作品を上映してきた。そこで自身と考え方が真逆の作品でも上映するのかと質問してみると「おもしろさがあったらやります」という答えが返ってきた。「ただ偏った考えを主張する映画…その考えだけが正しいという描き方をしている映画はやらないと思います。勿論、個人がそういった主張をすることや考え方が邪悪だとは思っていません。ただその考えのみが正しくて異なる考えは間違いだ!という結論を出している作品は今後もやらないと思います」だからこそ上映作品の選定の間口は常に広くしていきたいという大槻氏。「今まで自分が抱いていた考えがもしかすると違うのかも知れない…と気持ちが揺らぐドキュメンタリーというのが良いと思うんです。そんな自分の考えが揺らぐような作品をやっていきたいですね」(取材:2025年3月) |
【座席】 96席 【音響】DS・SR 【住所】東京都中野区東中野4-4-1 ポレポレ坐ビル地下 【電話】03-3371-0088
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