毎年8月16日に開催される、京の夜空を焦がす京都四大行事のひとつ京都五山送り火。その最初に点火される東山如意ヶ嶽山の「大」文字を見物出来る最寄駅である京阪電気鉄道と叡山電鉄の起点・出町柳駅では、臨時電車が出るほど多勢の人でごった返す。8月の最終週…駅に降り立つと、観光客の姿もまばらで、すっかり落ち着きを見せていた。出町柳という地名は、元々、川の右岸一帯の出町と、左岸一帯の柳という二つの地名を合わせた駅名が定着したものだという。駅の近くを流れる鴨川の本流と支流の高野川が合流する場所でもあり、高野川に架かる河合橋と、数メートル先の鴨川に架かる出町橋それぞれの橋から見える川の風景は素晴らしく、川のほとりで寛ぐ人々の姿に郷愁さえ覚える。ちなみに京都の地図で、鴨川はYの字で表されるが、その右側に当たるのが、高野川だそうだ。ふたつの川に挟まれた鴨川デルタと呼ばれるところに、ユネスコの世界遺産・古都京都の文化財のひとつに登録されている下鴨神社がある。


そんな出町橋を渡ったところ…桝形通沿いにアーケード型の出町桝形商店街の入り口がある。生鮮食料品や日用雑貨店などが軒を連ねる164メートルほどの小さな商店街は地元の人たちの生活拠点であり、普段着の人が通りを行き交う。ここは京都大学と同志社大学、そして京都御所と下鴨神社に囲まれていることから、近隣には学者や学生が多く暮らす歴史と文化に育まれてきた土地でもある。観光地化された商店街とは異なる適度な規模感と佇まいに居心地の良さを感じるのは私だけだろうか…。そんな商店街に入ってすぐのところに、懐かしい映画の絵看板を彷彿とさせる大型のファサードを掲げたレトロモダンの小体な建物がある。京都を中心に映画製作・配給と京都映画人発掘育成プロジェクト『シネマカレッジ京都』を主催し、府内に2館の映画館を運営するシマフィルム(株)が2017年12月28日にオープンした本とカフェと映画を楽しめる『出町座』だ。

その前身となるのは、その年の7月30日に活動を終了した『立誠シネマ』。閉館前に開催された400以上に及ぶ過去の上映作品から5本を厳選したラスト興行月間(最終日は黒沢清監督の“アカルイミライ”)には多くのファンが訪れた。そして新たな拠点を作るため移転プロジェクトを発表して、クラウドファンディングによる出資を募ったところ、700人以上の賛同者から900万以上の資金が集まった。元スーパーマーケットだった建物の全面リニューアル工事が始まると、それから半年も経たずして、最終号のスケジュールチラシに書かれていた「さよならだけど、さよならじゃない 。そして新たな展開へー。」の言葉通り、1階をカフェと書店、地下と2階を映画上映スペース、そして3階を教育事業とギャラリー、イベントスペースとなる文化の複合施設という更なる進化を遂げて出町柳に誕生した。


朱色に塗られた木の扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのが、ロビー中央に配置されたコの字型のカウンター。朝10時から夜10時まで営業しているカフェスペース『出町座のソコ』だ。最初に自動券売機(映画の券売機と間違えないようご注意)で希望のメニューを購入する。こちらでは、定番の軽食(…と言いつつサンドイッチはボリュームたっぷりだ)や日替わりランチのほかに、上映作品にちなんだオリジナルのスイーツや自家製ドリンクを提供されている。カレーライスを除く全品、場内に持ち込みOK(暗闇でも食べやすい工夫がされている)なのが嬉しい。ちょうどお昼時なので15席程の席はほぼ満席状態…普段から学生の来場が多いそうだが、近所の人たちにとっても、映画を観なくても気軽に立ち寄れる場所になっている。ぶらっと立ち寄って、スタッフと話をしていた女性が、現在上映されている映画に興味を抱いて、だったら観てみようかしら…と、慌ててチケットを購入してギリギリに滑り込んだり、映画を観ないけどお茶出来るの?と入ってくるカップルがいたり。地元の人たちの生活圏にあるからこそ、気軽に訪れる人が多いようだ。旬のビールやサングリアなどアルコールも充実しているので、映画の後はここで余韻を楽しむのも良いだろう。

そして、カフェを囲むようにして壁一面に本が並べられている『CAVA BOOKS』は、「旅立つ本屋」をコンセプトとして、映画関連書籍を始めとするカルチャー系書籍を中心に、新刊から古書まで幅広く取り扱っている本屋さんだ。スタッフには個性的な書店のプロデュースを数多く手掛けてきたメンバーが集結して、本や映画、食に触れることで、新たらしい文化を創造する新しいタイプの本屋さんを作り上げた。落ち着いたモスグリーンを基調とした壁に、木の風合いが温かみのある本棚に並べられた色とりどりの本の背表紙が映える。小上がりになった階段を上がったり下がったり…あちこちに小さなコーナーがあったり、自然と店内を回遊して本を探す行為を楽しめる空間作りをされている。また上映作品と連携したコーナー展開をされたり、著者によるサイン会やトークイベント…時にはライブなども開催。映画の後、買ったばかりの本をカフェで広げて、ゆったりと休日の午後を過ごすなんて最高ではないか。


映画は2階と地下にある2スクリーンで、1日10作品前後上映されている。まずはチケット券売機でお目当てのチケットを購入して、それを受付で座席を決める(全席指定なので受付を完了しないと席が悪くなるのでご注意を)。作品の選定は『立誠シネマ』と同様に支配人の田中誠一氏が行っている。「基本的には考え方は何も変わっていません。特に選定基準を設けていないのは、街の状況と向き合いながらやって行く中で、来場された皆さんが何かを感じて帰っていただける場所でありたいからです」今回、初めてここを訪れて店内をぐるっと見渡した時、以前の取材で、語ってくれた田中氏の言葉を思い出した。「今は、貴方にはこれがオススメです…と選ばれたものが送られてくる時代だから、自分で選択をしなくなっている。お客様には自分で探して発見してもらいたいんです。その方が面白いじゃないですか」来場されたお客様を一箇所に固定させるのではなく、店内を自由に回遊させる…あれこれと物色したりスタッフとの会話の中で新しいものを発見する喜びがここにはあるのだ。

ちょうど大ヒット作“カメラを止めるな!”が終わったところで観客の中には、若い人に混じって評判を聞いて観にきた年輩の夫婦の姿も多い。「この映画のおかげで初めて『出町座』に来てくれた人が大勢います。入り口の大判ファサードは自前で用意したのですが、それくらいやらないと、お客さんも気づかずに通り過ぎちゃうんですよ」入れ替えの時間とランチ時が重なって、1階の混雑はピークに達していたが、その時、同じ空間にいた様々な年齢の人たちが、同じ映画で笑顔になっていたのを見て、世代を越えて新しい文化に向き合う空間が生まれつつあるのを感じた。(取材:2018年8月)


【座席】 『2階スクリーン』48席『地下スクリーン』42席 

【住所】京都府京都市上京区三芳町133出町桝形商店街内 【電話】075-203-9862

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