茨城県水戸駅から福島県の安積永盛駅まで全長137.5kmにも及ぶローカル線の水郡線に乗って、8つめの瓜連(うりづら)という駅に向かう。日中、1時間に1本という二両編成の可愛い単線の車内は、学校帰りの地元の学生たちで賑わっていた。水戸駅を出発して10分ほど揺られただけで、もう窓の外には黄金色の夕日に照らされた田園風景が広がっている。そんな光景を眺めていると思わずサトウハチロー氏が書いた唱歌「秋の子」を口ずさんでしまう。瓜連駅が無人駅と知ったのは、ワンマンカーの運転手が丁寧にアナウンスしてくれた出発前。Suicaで乗り継いだ県外の人間は大抵ここで慌てて清算する。そこに2017年10月14日にオープンしたばかりの映画館があるという。それはともかく、不安になったのは駅に近づいても一向に映画館がある街の空気が感じられない事だ。まさか聞き慣れない駅名に乗り間違えたか?という思いを抱いたまま、畑に囲まれた駅に降り立つ。少し離れたところに住宅が見える。無人とはいうものの有人の切符売場があるので駅員に映画館について尋ねてみると、「あぁ新しい映画館ね…駅前の道を真っすぐ突き当たりを右に行けばすぐだよ」と、教えてくれた。秋の夕暮れ時に、すすきの綿毛が舞う田舎道をブラブラと歩く。人工的な雑音から遠く離れた日本の原風景を感じさせる贅沢な場所だ。駅から5分ほどで県道に出ると「スーパーあまや」と大きな看板が見える。2年前に閉店したスーパーの駐車場に建っているのが目的の映画館『あまや座』だ。


「あまりにも何も無さ過ぎて(笑)今日も朝イチの回を観に来たお客様が、時間に余裕を持っていらっしゃったのですけど…この周辺は、喫茶店とか時間を潰せるところが無いので1時間半くらいお待ちいただいたみたいです」と語ってくれたのは、小さなロビーの受付に立つ代表を務める大内靖氏だ。元々、ここから2つ前にある上菅谷駅に新しい街を作ろうと、様々な職種や年代の人たちが集まって出来た“カミスガプロジェクト”という有志団体に所属して、映像でPRをしたりし、地元を舞台とした映画作りをはじめた。「僕は映像制作の仕事をしていたということもあって、カミスガメンバーや地元の人たちと映画を5本くらい作っていたんです。その時に、スーパーあまやの社長さんからお話しをいただいたのが始まりです」閉店したまま、使い道を考え倦ねていた店舗を使って街の活性化の役に立ててもらえたら…と話しを持ちかけてくれたのだ。

いつか映画館をやりたいという大内氏の言葉を覚えていたプロジェクトの代表は、せっかく建物があるのだから…と映画館設立を提案。元来映画好きだったスーパーあまやの社長さんとの間で、どんどん映画館をやる方向に動き始めていった。クラウドファンディングで呼びかけたところ改装資金も集まり、興行組合にも加盟出来る方向で話しが固まるなど、設立に向けて順風満帆に進んで行くかに見えた。「ところが、県の条例や消防法で、そのままスーパーを映画館にリフォームするのは難しいということになったんです」色々なご縁によって、実現まであと一歩のところまで近づいたところで、大内氏は大きな決断を下す。「もし、駐車場をお借り出来るのでしたら、お金が掛かってしまいますけど、やらせて下さい…と、お願いしました」結局、ゼロから建ち上げたため当初の予定から半年は過ぎてしまった。


それでも、閉館した“八王子ニューシネマ”から椅子を譲り受けたり、建築会社や設備会社の協力によって、着工から僅か半年でオープンを迎える事が出来た。「本当に色々な人たちに助けていただきました。僕が埼玉県の深谷市出身ということもあり“深谷シネマ”の竹石さんからは、運営に当たってのアドバイスをもらい、移動上映の第一人者“鈴木映画”さんは、何から何までご紹介してくださり、松竹まで一緒にご挨拶に行ってくれたんです」たくさんの力添えがあり、こけら落としの“八重子のハミング”(佐々部清監督と出演の升毅氏が舞台挨拶に訪れている)と、“この世界の片隅に”そして“家族はつらいよ”というシニア向けの3作品と若者向けの“夜空はいつでも最高密度の青空だ”という幅広い番組を組む事が出来た。当初の計画から半年もオーバーしてのオープンだったが、その間も地元の人たちから「映画館が出来るという話しはどうなった?」と聞かれる事もあり、初日は多くの人が来場してくれたという。その後も口コミで噂を聞いて訪れるファンも多かったが、現在、日に5回(4作品)の上映には時間帯によって一人しか来ない事もあるという。「メインとなるお客様は7〜8割が地元のシニア層が中心です。だからといって作品をシニア向けにすれば良いという事でもありませんので、まずはウチの映画館を認知していただいて、どのように新しいリピーターを作るか?が当面の課題ですね」それでもコアな映画ファンは車で1時間かけて、朝から全作品を観て行かれる方もいたり、かなり遠くからでも常連さんになってくれる人が増えているそうだ。


周辺に食事を出来る場所が。ほとんど無いため、ロビーでは地元の有名なパン屋(パン工房ぐるぐる)さんと提携してクリームパンやサラダパンを発売している。「結構、テレビでも紹介されているパン屋さんで、せめて映画を観ながらお腹を満たしてもらえれば…と思います」受付では大内氏が監督した地元を舞台にした映画のDVDも販売されている。また、隣にあるスーパーあまやが、ライブハウス「AMAYA SPACE」としてオープン。ライブやイベントなどが出来る多目的ホールとして貸し出しをしており、今後は映画と連携したイベントもやってみたいという。「今まで茨城では観れなかった映画を観た人たちの憩いの場になりたいですね。終わった後におしゃべり出来るような…そんな場所にしないと、ここに映画館を作った意味が無いと思うんです」と、これからの夢を語ってくれた。

「こんなに交通の便が悪い場所でも上手く行けば、どこでも成功出来るんじゃないかな?そういう意味でも成功したいですね」現在は映像制作に携わる仕事を掛け持ちしながら、映画館を早く軌道に乗せて落ち着きたい…と大内氏は笑う。確かに『あまや座』のある場所はお世辞にも恵まれた環境とは言えない。しかし、不便な場所にあるという事は、むしろ開き直って映画に向き合える場所ではないだろうか?敢えて不自由な環境に身を置いて朝からどっぷり映画に浸る。休憩で外に出ても余計な誘惑が無いから、ゆっくりと街を散策してみると、味のある古い民家で写真屋を経営していたり…人の息づかいを感じさせる景色を発見出来たりする。交通の不便さなんて気にしてはいけない。映画館で映画を観るということは、周りの環境も引っ括めて、贅沢な時間を過ごせるところにあるのだから。(取材:2017年12月)


【座席】 31席 【音響】デジタル5.1ch 

【住所】茨城県那珂市瓜連1243(スーパーあまや 駐車場内) 【電話】029-212-7531

  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street