東北最大のターミナル・仙台駅から東に向かって伸びる中央通りは、仙台市民の生活拠点として戦前から栄えて来たアーケード型商店街だ。江戸時代から商人の街として反物から食料品までありとあらゆる問屋が軒を連ね、今では夜遅くまで多くの市民が集まる場所となっている。商店街は3つのエリアに分かれており、中腹に位置するクリスロードにあるのが、1979年12月より創業のミニシアター『桜井薬局セントラルホール』だ。映画館が入るビルは館名からもお分かりの通り薬局がオーナーのビル。薬局の横にあるエレベーターで3階に上がると映画館のエントランスがある。当時、ビル建設の計画段階では映画館が入る予定はなかったのだが、駅前を中心に、“日乃出劇場”など4つの映画館を経営していた日乃出興業(株)が、「映画館らしい映画館を作りたい!」と直談判。そこで、3階と4階を使って映画館を作ってしまったのだ。かくして、“日乃出セントラル劇場”という館名で、“チャンプ”と“インターナショナルベルベット”の二本立てをこけら落としとしてスタート。商店街の映画館としては一番最後に出来た映画館だった。

「当時のCIC(後のUIP)とコロンビアの二番落ちを組み合わせた二本立て興行の映画館でした。しばらくして、CICが解散してUIP専門の封切館になったんです。年中、UIP映画をやっている映画館なんて全国でもウチだけでしたから珍しかったでしょうね」と語ってくれたのは、映画館の立ち上げ時からずっと関わられている代表の小野寺勉氏だ。それからというもの、“愛と青春の旅立ち”を皮切りに、“フットルース”や“バック・トゥ・ザ・フューチャー”など次々とヒット作を連発。中でも“シンドラーのリスト”は、映画館始まって以来の大ヒットを記録。3階から伸びた列を商店街の中央にまで作り、遂には4ヵ月というロングラン興行となった。「やっている最中に、アカデミー作品賞を獲ったものだから、そこからまたお客さんが増えてね(笑)。元々、他の映画館は、いくらスピルバーグでも白黒だし長いし暗いし…と言って避けたのでウチの単独だったんです。ところが白黒のフィルムってカラーよりも薄いから、長いことやっていると毎日のようにプチンプチンと切れ始めて…それが大変でしたね」と当時を振り返る。


間もなくして、シネマコンプレックスの進出に伴う入場者数の減少から、運営している会社が映画館事業から手を引く決断をした事から、2002年6月8日に“アザーズ”をもってしばらく休館。それから1ヵ月も経たない内に他の会社が経営を引き継ぎ、“仙台セントラル劇場”という館名で再オープンするがそれも長くは続かなかった。もうこれで映画館は無くなってしまうのか?となった時に、街の中から映画の灯を消しちゃいけない…と桜井薬局のオーナー自身が映画館の存続を決意。館名も現在の『桜井薬局セントラルホール』となった。“ラブ・アクチュアリー”が日本で一番長く上映されるなど話題となったが、餅は餅屋…興行という特殊なビジネスに映画館経営の難しさに直面したオーナーは小野寺氏に、資金面など可能な限り協力をするという条件で経営を委ねた。

「私にとって愛着があるのは、土曜レイトショーという、毎週土曜の夜に色んな番組を組んでいた上映会です」と当時を懐かしむ。ある程度、自由な番組編成を任されていた映画好きの小野寺氏にとって土曜の夜は言わば本領を発揮出来る絶好の場となった。「ちょっとマニアックな番組を毎週、各社からフィルムを借りて来て…とうとうやり尽くして、もうやらない!っていうくらい続けましたね」今でこそ定番となったカルトムービーに早くから目を付けて、美輪明宏の“黒蜥蜴”は大ヒットとなった。「鈴木則文監督の特集上映を最初に始めたのもウチですよ。ほら…」と言って指を指した先には壁に書かれた鈴木監督のサイン。「プログラムピクチャーって忘れ去られる運命じゃないですか。だから、なるべくそういった映画を掘り起こしてあげたいっていう気持ちがあったんです」また、人気があったのは、何をやるのか一切公表しない覆面上映会。「皆、予想して来ていましたが、絶対に当てられた事はなかったですよ。中にはお蔵入りになった作品もあったりして…今となっては、やりたくてもフィルムが存在しないだろうね」


UIP日本支社が解散した2007年からは上映形態を単館系に転向する。元々映画が好きなスタッフが集まった集団だから作品もただ選ぶのではなく、時節に合わせたものや、お客様が求めているものを吟味して送り続けている。「ウチに来るお客様は、単純に映画好きの方ばかり。だから年齢もバラバラです。皆さん目が肥えていますから、作品を選ぶ基準はとにかく偏らず面白そうなやつ…それに尽きます」と、現在支配人を務める遠藤瑞知氏は語る。かつて土曜レイトショーという名物番組を創り出した映画館だけにお客様の期待も高いというわけだ。「今という時代の雰囲気に合っていて、これは観てもらうべき!っていう作品です」だから社会派もやれば旧作もやる…それが時代に合っていれば良いのだと遠藤氏は言う。「だからお客様の中には、ウチが名画座と思われている方もいらっしゃいますよ。一日、4〜5作品、色んな映画をやっていますから、その中から自分のバランスを感じてもらえればと思うんです」

真っ暗な空間で自由を制限されて、ひたすら映画に向き合う…言ってみれば観客は入場料を払って不自由を買っているようなものだ。だから映画の中にいる俳優たちの言葉が心に染みるのだと遠藤氏は言う。「自宅でリラックスしてDVDで映画を見たって満喫感なんてないでしょう?同じ映画でも全然違った感覚になる…それが映画館の面白いところなんです。つまり家や電車の中のような明るいところでは周りから様々な情報が入って邪魔をする。映画館の暗闇にはそういった余計な情報を遮断する役目もあるのです。出来れば、いきなり家に帰るのではなく、途中で寄り道して、珈琲やビールの一杯を飲んで、ゆっくり現実に戻ってもらいたいですね」


東日本大震災が宮城県を襲った翌年には震災を扱った映画を特集した。「あの時、僕らは当事者でしたから、電気が復旧してテレビを見るまでは、自分たちに何が起こったのか知らなかったんです。じゃあ、ちょっと落ち着いたところで確認してみよう…と。お客様の反響はすごかったですよ」当時、いつ電気が開通しても良いように毎日、代表と共に映画館に来ていたという遠藤氏。「暗がりの中で場内を見たところ、思ったほど場内は被害が少ないと思っていましたが、灯りが付いて、スクリーンの後ろにあるスピーカーが倒れて三ヵ所傷ついていたのが初めて分かったんです」そして、破けたスクリーンを縫って開場の準備を整えたという。「あの時、大事だったのは、当たり前のように映画館が開いている日常を取り戻す事でした」という言葉が胸に響く。あれから6年…少しずつだが街にも活気が戻り始めた。ここで映画を掛けたいと言ってくれる映画監督も舞台挨拶に多く訪れるようになった。そして、今日も『桜井薬局セントラルホール』は当たり前のように開いている。(取材:2017年9月)


【座席】 154席 【音響】 DTS 

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