日本海に面した福井県北部に位置する戦国武将・柴田勝家の城下町として栄えてきた福井市。街の中心を九頭竜川が流れ、市内に足羽山を有する緑豊かな風光明媚な地方都市だ。路面電車が走るフェニックス通りの市役所前駅から少し脇道に入ったところに、昭和28年4月1日創業の映画館『メトロ劇場』がある。現在は、飲食店やスナックなどが入居する商業ビル「メトロ会館」の4階にあるが、創業時は客席数500席を有する木造二階建て洋画専門の封切り館だった。福井大空襲によって壊滅的な打撃を受け、一面焼け野原となっていた街が復興を始め、日本がアメリカの占領から解放された翌年のことだ。


『メトロ劇場』が設立された昭和28年といえば、戦時中に規制されていたハリウッド映画が大挙して輸入、公開されていた正に映画界の黄金期を迎えていた時代。当時、市内には8館の映画館があり、戦後の市民にとって、数少ない娯楽を提供してくれる場となっていた。「映画館の親戚だから、子供の頃からたくさんの映画を当たり前のように観て来た」と語るのは現在、代表を務める根岸義明氏。愛知県豊橋市で過ごしていた子供の頃、休暇ともなると、創業者である祖父の根岸長兵衛氏の元を訪れては映画を観せてもらったという。また、お爺さまより試写会の招待状が手に入ると、名古屋の配給会社試写室で公開前の映画を観ていた…と羨ましい環境で幼少期を過ごした。「映画館の息子や孫は招待券が大量に手に入るんですよ。近隣の映画館でもお互いに自由に観る事が出来たし…自腹で映画を観るようになったのは随分と後でしたね(笑)」

そんな根岸氏が『メトロ劇場』の仕事を手伝うようになったのは、神戸の大学を卒業した昭和46年の春。ちょうどこの時期に単独の映画館から現在のビルに建て替えられ、二番館として洋画だけではなく東宝・東映・松竹各社のムーブオーバーも掛けるようになっていた。「僕が入った時から映画は既に斜陽産業で映画館が減る一方でした。ですから二番館に方向転換したけれど、ATG作品もやっていましたし、場合によっては、県内の映画館が閉館すると、その劇場でやっていた封切り作品を上映したり…時代に合わせて形態を変えていました。創業時から変わっていないのは館名とロゴだけですよ」


平成9年8月には、126席あった客席を117席にリニューアルして、前列にはゆとりのある二人掛けのソファーを設置した。上映作品もアート系を中心としたミニシアターとなったのはこの頃。「あんまりミニシアターっていう言い方は好きじゃないんだよ(笑)。何を持ってミニシアターって言うのか…だって、こっちは時代に合わせて洋画のロードショーをやったり、ムーブオーバーやっているだけだから。だから言うならば昔も今も“映画館”なんだよ」設立から10年後にカラーテレビが台頭し、ビデオの普及からシネコンの誕生…と、興行界の状況は常に変化が繰り返され、その度に上映内容を見直して不況を乗り越えてきた『メトロ劇場』は創業時から一貫して“映画館”だ。

エレベーターで4階に上がると、そこは『メトロ劇場』のエントランス。受付で入場券を購入(通常一般料金が1600円!というのも驚く)してロビー奥へ進むと、まず最初に目に入るのは、“あなたが選ぶ上映映画”というコーナー。根岸氏が、「これは『メトロ劇場』でやるべき作品」と、選んだ候補作品のチラシが貼られたパネルの下に投票箱が…。そして、リクエストの多かった作品のタイトルに、上映決定の貼紙が貼られる。そう、ココでは上映作品は観客が決定するのだ。これは、学生時代に通っていた神戸にあった名画座“ビッグ映劇”で実施していたリクエストを参考にしたもの。コチラで上映が可能な候補作品のチラシから、設置されたアンケート箱に観客が投票する…と、至ってシンプル。詳細を知りたい場合は休憩エリアのテーブルに置かれている候補作のチラシファイルを参考に出来る。


「映画館のように有料情報を流す場所って他に無いですよね。それだけに有料の価値がある作品を上映することが大事。だからこそ、その価値があると思う作品を掲示して、お客様からのアンケートで要望が多いものを上映しているだけ。ただし条件があって、ウチのイメージに合わない作品は候補に挙げていません」

あくまでも観客が観たい映画を上映する…という姿勢を貫いている根岸氏。新旧のアート系からB級映画、国内外のクラシックまで…と、扱う映画は幅広い。「映画館というのは出来る映画しか上映出来ない。だからこそ出来る映画を可能な限り上映する事が重要なんですよ」館内にある昭和57年から続く20冊以上もの“メトロシネマノート”には、ココを訪れた人たちの感想とリクエストがビッシリと書かれており、中には記入者の間でやり取りも行われている。このノートを読むと、観客と映画館は、双方向の関係で成り立っているのだと感じる。「つまり卵と鶏の関係で、ウチが上映している作品を求めてやって来る人たちが、こういう映画を観たいとリクエストして、それにウチが出来る限り応えようとする。『メトロ劇場』が、結果的に今の形なったわけで、それを求めて来る人たちが楽しめる映画館になっていれば良いと思うし、それを続けて行ければと思っています」

大事なのは続けること…と繰り返す根岸氏が、取材の終わり際に語ってくれた言葉が強く印象に残った。「精一杯、お客様が求める映画を提供する努力を続けようと思います。別にそれが、楽しいだけの映画でも良いだろうし、変な映画でも良いんです。その努力を怠ると、R-18の映画が全国で観れなくなる日が来るかも知れない。観たいものが観られなくならないように、僕は市民のために映画館をやっているんです」これが、幾多の危機を乗り越えて60年もの間、映画館を守り続けてきた館主の思いだ。(2016年8月取材)


【座席】 117席 【音響】 DS

【住所】福井県福井市順化1-2-14 【電話】0776-22-1772

  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street