平成24年12月22日…映画ファンにとって懐かしい館名を持つ映画館が復活した。かつて新宿武蔵野ビル3階にあった美術館のある映画館として、新宿のミニシアターシーンを牽引してきた『シネマカリテ』だ。社内公募で採用されたカリテという単語は、フランス語で高級な…という意味を持つ。当時では珍しかったカフェも併設されており、その名に相応しい上質な空間であった。ところが、平成13年に同ビル7階にあったメイン館“新宿武蔵野館”の閉館に伴い、『シネマカリテ』は全て“新宿武蔵野館”に改名。それから10年ぶりの復活である。「以前から計画のあったビルの耐震補強工事のため“新宿武蔵野館”は半年以上、休館を余儀なくなれてしまいます。その一躍を担う新しい映画館を新宿駅の近くに作ろう…と。だったら『シネマカリテ』というブランドをもう一度、復活させたい…という思いは皆の間に強くありましたね」と語ってくれたのは支配人の諸井征彦氏。元々レストランだった場所を映画館仕様にしたため、スクリーンが右寄りになってしまったものの観賞には何ら不都合が無く、逆にユニークな形状が話題となった。


とにかく『シネマカリテ』は、ロビーの演出が面白い。長い階段を降りて行くと映画の世界観を表したディスプレイが出迎えてくれ、上映作品の衣裳や小道具をロビーのアチコチに展示するなど、とにかく手法を凝らして観客を楽しませてくれる。「これらはスタッフが考えて作っています。映画を観る前は分からなくても、観終わった時に、そういう事か…と面白がってもらえたら嬉しいですね」更に奥へ進むとロビーの突き当たりにあるのは名物の大きな水槽。毎回、作品のイメージに合わせて中の魚(時には爬虫類なども)を換えており、これを楽しみにしている常連も多いとか。取材時に掛かっていた映画が“ロブスター”だったので、そのままロブスターが入っていたが、ホラー映画では、グロテスクな深海魚が入っている事も。観賞前に、水槽を覗いて未だ見ぬ映画について想像するのも楽しみだ。「担当者は魚のチョイスがかなり大変みたいですね。たまに何でこの魚なんだ!…とお客様にダメ出しされたり(笑)。時には凶暴なウツボやサメが入っている事もあるのですが、エサを与えるスタッフに噛み付こうとするので、もう勘弁してくれという声も上がっていますよ」こうしたスタッフの涙ぐましい努力のおかげで、映画を観た後もいきなり現実の世界に引き戻されずに楽しさが持続出来ているのだから感謝したい。

『シネマカリテ』が選定する上映作品は“なんでもあり!”の個性豊かなゴッタ煮感覚のラインナップとなっている。重厚な人間ドラマからティーンエイジャーもの、ドキュメンタリーからB級ホラーに至るまで…お客様からニーズがあれば何でも取り入れてしまうという柔軟な対応をしている。「何か映画館の色というものを出せないか…と考えた時に、新宿という街は、渋谷や銀座と違って、年齢も性別も国籍も異なる多種多様な文化や職業の人々が行き交う雑多な街なんです。だからこそ、ひとつのジャンルに固執したり、ターゲットとなる年代を絞り込むのではなく、幅を広げて何でもやろう…と。新宿という場所柄と時代に反応しながら上映作品を変えて行けば、街も自然に受け入れてくれるのでは…と思います」メインとなるお客様は20〜30代から年輩の女性が中心だが、決して男性客の数も少なくない。それが新宿という街の特長でもあるのだ。グループで来るのは女性が多いが、映画を2〜3本まとめてハシゴするのは男性が多いようだ。割引デーには、朝いちの回から昼過ぎの回まで、2つのスクリーンを行き来するコアなファンも。「本当は2番目の作品が本命なんだけど、時間が丁度良いから朝の回を観る。本命じゃない映画の方が面白くて…良かったよって声を掛けていただく事もありますよ」


現在、人気を博している目玉企画が、3年前から開催している「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション(通称カリコレ)」という『シネマカリテ』オリジナルの映画祭だ。厳選したジャンルや国籍を超えた新作・旧作・未公開作をまとめて上映しちゃおう!という企画。今年は7月16日から8月19日までまでの5週間、約70作品を上映する予定だ。バカバカしいB級ホラーやアクション映画の中にはブレイク前のマッツ・ミケルセン主演作があったりと意外なお宝に出会える事も。「今では「カリコレ」を楽しみにしてくれるリピーターも増えて、人気のある作品は、チケットを販売した途端、即日売り切れになってしまうんです」回を追うごとに配給会社から持ち込まれる作品も増えて選択肢が広がっている。

もうひとつ人気の企画は、日の目を見ずに劇場未公開のままDVDにスルーされてしまう作品にスポットを当てたシネマ・リノベーション「Haute qualite オトカ リテ」だ。フランス語で 「高品質」 を意味する言葉。この映画をスクリーンで観たい!というお客様から寄せられたリクエストをもとに1週間限定のレイトショー(入場料500円)でDVD(ブルーレイ)上映されている。勿論、素材は市販のDVDやブルーレイと同じものを使用。既にDVDで観られるのに何で今さら?わざわざお客さんが来るの?…と思っていたら大間違い。これが意外と人気の企画なのである。以前ならば、レンタルビデオや中古ビデオ店の奥に埃を被ってひっそりと陳列されていた映画を大きなスクリーンで観る事が出来る…なんて泣かせる企画ではないか。


ロビーに設置されたボックスにリクエストすると、番組編成の担当者が吟味して、実現出来そうならば、配給会社と交渉してくれる。中には配給会社やビデオメーカーから売り込まれる珍品もあるとか。作品が作品ななだけに音響や字幕に粗い部分もあるというが、そんな些末な事に文句を言う無粋な観客はいない…それを引っ括めて楽しんでいるのだ。「すでにDVD化されていたとしても、やっぱり映画は映画館で観たいんですよ。いくらホームシアターが発達しても、映画館は特別な場所なんですね」と諸井氏は、この2つの企画に手応えを感じているという。

ここ数年、東京の映画館の構図は渋谷から再び新宿へと移り始めてきた。これは10年前では考えられなかった事だ。「様々な事が変わってきて…以前はネットで席を取れる時代が来るなんて考えもしなかった。だから、5年計画とか10年先を見据えたビジョンについて、確実なものは今の時代、無いと思う」と語る諸井氏。それでも『シネマカリテ』は、“なんでもあり!”の方針で様々な施策を試して、例えDVD化されていても観たい映画ならば、映画館に人は来る…という事を実証してみせた。“新宿武蔵野館”がリニューアルオープンすれば、徒歩2分の圏内に5スクリーン体制となる。新宿東口駅前は正に立地の面からもシネコンと五分で渡り合える状況を手に入れる事となるだろう。「これをキッカケに、映画館で映画を観る事を習慣にしてもらいたいですね。朝から映画に行くぞ…と構えるのではなく、ふらっと立ち寄って、何やっているのかな?と、面白そうだったら入場してもらいたい。そこで忘れられない映画に出会ったりする事だってありますから」(取材:2016年4月)


【座席】 『スクリーン1』96席/『スクリーン2』78席 【音響】SRD

【住所】東京都新宿区3丁目37-12新宿NOWAビルB1F 【電話】03-3352-5645

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