1980年代、一世を風靡した角川映画。薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子の角川アイドル路線から“犬神家の一族”、“人間の証明”、“復活の日”などの大作で、日本全国の上映館は軒並み長蛇の列が出来る社会現象にまでなった。そんな角川書店が経営する映画館が、平成20年6月14日に新宿文化ビル4・5階に『角川シネマ新宿』という館名で誕生した。角川映画に熱狂した80年代に青春時代を過ごした者にとっては、角川という冠が付いた映画館の名前には感慨深いものがある。特に東映の封切館で公開された“セーラー服と機関銃”の初日にギュウギュウ詰めの場内で2回続けて観たのは今でも鮮明に覚えている。その続編“セーラー服と機関銃 -卒業-”の初日を星泉を演じた橋本環奈による舞台挨拶で迎えると知った時、全身に鳥肌が立った。昭和51年に公開された、角川映画の記念すべき第一回作品“犬神家の一族”から今年で40周年を迎え、夏には角川映画の名作を一挙上映する角川映画祭が開催されるという。元々は、三和興行が運営していた東宝の系列館“新宿文化シネマ”を閉館する平成18年、当時シネコン事業に乗り出していたヘラルド・エンタープライズ(株)に譲渡してオープンした“新宿ガーデンシネマ”が前身。2年後には『角川シネマ新宿』と改め、角川書店の直営館となったのはシネプレックスをユナイテッド・シネマ(株)に売却した平成25年3月29日のこと。その後、角川書店は映画館経営事業から手を引き、現在は受託契約を結んだユナイテッド・シネマ(株)が運営を任されており、作品の選定を“吉祥寺バウスシアター”で支配人をされていた西村協氏が行っている。


「アニメファンは一度にグッズを何万円分も購入されるので、売店の収益が馬鹿にならないんです。逆にレトロスペクティブのお客様は朝から晩までハシゴして観て行かれる…映画館慣れしている世代ですね」旧作の中でも人気があるのは市川雷蔵や若尾文子といった看板俳優の特集上映だ。特に雷蔵映画祭は5年周期で開催されるほどの人気番組である。「先日も杖をつかれたお婆ちゃんから、5年先なんか私はいないかも知れないから早くやってよ!と言われました。でも皆さん一日に何本も観て行かれるのですから体力がありますよ」

『角川シネマ新宿』の魅力は、アニメから旧作、アート、ドキュメンタリー、そしてアイドル等々…雑多な作品群にあるのだが、蝦名氏は、それだけに次の来場に繋げるのが難しいと、課題点を挙げる。「お客様の年代や趣向も作品によって全然違うので、予告編の出し方が難しいんです。アイドル映画を観に来たお客様にアート系の作品を紹介しても全然響かないというジレンマはありますね。この状況から劇場の固定ファンを作るのが当面の課題です」

新宿三丁目駅の地下道B2出口を出てすぐ、“新宿文化シネマ”の時代からあるショウケースが目印のエントランスからエレベーターで4階に上がると『角川シネマ新宿』のチケット窓口がある。このフロアには角川映画のメインシアターとなる『Cinema1』が、5階には小ぢんまりとした空間が心地よい『Cinema2』がある。元々は2階席のあった“新宿文化シネマ1”の上下を分割して2館の劇場に改築したものだった。ちなみに飲食物の売店は4階にしかないので『Cinema2』を利用される場合は先に購入しておこう。

こちらの客層は新宿三丁目という場所柄か、年代、性別、趣味趣向が多岐に渡るのが特徴だ。「基本は、大人向けの映画館だと思います。若者は角川アニメ、もう少し年齢が上がった年輩層はレトロスペクティブに集中しますね。また、この春休みには子供向けのアニメ“しまじろう”を上映しているので、家族連れが多いです」と語ってくれたのは支配人の蝦名栄治氏。前任の支配人から聞いた話だと『小川町セレナーデ』の公開時は二丁目界隈のお姉様が多く来場されたとか。


舞台挨拶が多いのも『角川シネマ新宿』の大きな特長のひとつ。驚くのは『Cinema1』だけではなく『Cinema2』でも舞台挨拶が行われているのだ。昨年は“の・ようなもの”の上映時に秋吉久美子と伊藤克信が来場。お分かりの通り『Cinema2』は最前列とスクリーンの距離が1メートル足らず。「手を伸ばせば秋吉さんに届く距離ですからね、スタッフはヒヤヒヤものでしたよ」同様に“GONIN サーガ”でも石井隆監督が『Cinema1』の舞台挨拶終了後に、急遽『Cinema2』での舞台挨拶が実現。「こんな狭いところで良いんですか?と、言ったんですけど、監督は、大丈夫、大丈夫って(笑)」この場内の距離感が観客との親密度が増すのだろうか?海外からもピーター・チャン監督が舞台挨拶をした後にサイン会までしてくれた。実は『Cinema2』はコアなファンの間では根強い人気を誇っている。肘掛けが木の椅子を今だに使用されており、この劇場の狭さとか椅子の古さを丸ごと楽しむ人が多いのだ。「椅子を入れ替えるにしても、消防法の問題があったり、座席数がもっと減ることになったり、簡単にはできないですね。8番側(スクリーンに向かって右側)は壁があるため通り抜け出来ない構造で、お客様にはご不便をお掛けして本当に申し訳なく思っております」

蝦名氏が興行の世界に入ったのはシネコンがそもそもの始まり。まだシネコンとは何なのかも分からずに入社したところ、映画よりもむしろ接客業の方に魅力を感じたという。「ですから、私はミニシアターのスタッフとしては、それほど映画に詳しいわけじゃないんです。よくお客様から映画に詳しいだろうと思われて話しかけられるのですが、むしろ若い映画好きのバイトの方が詳しくて(笑)ちょっと恥ずかしのですが。ただ、お客様へのサービスでシネコンの経験が生かせていると思います」例えば、昨年まで“しまじろう”は『Cinema2』で上映していたが、客席数が少ないため家族がバラバラになることも多く、1回でいいから『Cinema1』で上映させて欲しいと掛け合った。「大体、子供向けアニメは家族で来場するので、平均して一組3〜4人と大所帯なんです。家族の楽しい思い出になるはずの映画観賞が台無しになるのは悲しいですよね。映画観賞が楽しい思い出となることで、将来的にも映画を映画館で観ることにつながるのでは…また、大概のお客様って映画の評判を耳にして、次の週末にでも行こうかと計画を立てると思うので、通常は初週と同じスケジュールで2週目以降も上映することを心掛けているというのが、ミニシアターの良いところですかね


ここ数年で東京の映画館マップは大きく変化をしている。それまで渋谷がミニシアターの聖地としていたが、ブームが去り再開発が進められている渋谷から、今は新宿が映画の街として息を吹き返しているのだ。「“TOHOシネマズ新宿”が出来て、他の劇場に影響があるのでは…と皆さん注目されていましたが、逆に新宿のエリア全体が盛り上がって良かったと思います。昨年は東京国際映画祭のサブ会場となったので、これから新しい試みをしたいです」と今後の展望を語る蝦名氏。かつてはこの界隈に30館以上もの映画館があり、靖国通りを挟んで北と南にはそれぞれ興行組合とは違う組織があった。新宿三丁目側には街興しに積極的な伊勢丹を主軸とした丹映会という組織が今も続いており、周辺の映画館と共に街の発展に寄与している。

現在、東京テアトルと提携してTCGカードが利用出来るようになったのは映画ファンにとってはありがたい。「利用者が着実に増えている手応えがありますね。火・金曜日はTCGメンバーは1000円、メンバー以外でも毎週水曜日は男女1100円ですから、映画サービスデーが毎週あるようなものです」更に今後は時間帯によって異なる来場者の年代に合わせたイベントをやりたいとサービスの拡充を図っていると述べる蝦名氏。「十人十色人それぞれ映画の観方がある」と言われる言葉の裏には、ココの映画館を訪れる人々が個々の楽しみ方を見出している現状があると思う。アニメやアイドルヲタクから名作を楽しむ年輩の方…時には音楽映画や韓国映画などのライブを同ビル内にある“シネマート新宿”と協力して開催して韓流ファンのご婦人層にもアプローチをする。『角川シネマ新宿』に行けば何か面白いものがある…そんな劇場を目指しているのだ。(取材:2016年3月)


【座席】 『Cinema1』300席/『Cinema2』56席 【音響】 5.1ch

【住所】東京都新宿区新宿3-13-3新宿文化ビル4・5F 【電話】03-5361-7878

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