日本各地に伝説のライブハウスがあるように、伝説的な存在となった映画館がある。それらは決して老舗という枠組みに収まるのではなく、独自の番組編成によって、映画館第二世代とも言える若い映画ファンを生み出し、新しい映像文化を発信するエポックメイキングとなったミニシアターだ。昭和50年代後半から東京を中心に学生やOLから支持されて密かなブームが湧き上がり始めた昭和63年、目の肥えた京都のシネアストたちから圧倒的な支持を受けることになるミニシアターがオープンする。ヘラルド・エンタープライズを経営母体として、京都にある製作から配給・興行を行うシネマワークが運営する三条河原町にあった“京都朝日シネマ”である。京都初のミニシアターの出現に、最初は完全入替え制など慣れないシステムに戸惑われていた市民だったが、観た事も無い世界の国々から届いた秀作を観る事が出来る…と、受け入れられるのにさほど時間は掛からなかった。2つのスクリーンで上映される確かな目利きで紹介される作品群は、アート系ばかりではなく時には社会問題を痛烈に描いた作品も多く、市内に限らず近隣の他県から電車に乗り継ぎ来場されるファンも少なくなかった。そんな順調な運営を続けていた“京都朝日シネマ”だったが、経営会社の事業方針の転換により、平成15年1月29日、全国の映画ファンから惜しまれつつ閉館。それから2年後…平成16年12月4日に『京都シネマ』として、3スクリーン体制でオープンする。「多くのお客様から、何故?という質問をいただいて、同時に新しい映画館を立ち上げてもらいたい…という声もいただきました」と語ってくれたのは、『京都シネマ』の支配人を務める横地由起子さん。横地さんは、“京都朝日シネマ”の支配人を務めた神谷雅子さん(現在『京都シネマ』を運営する株式会社如月社の代表)と共に、新しい映画館設立に向けて全力を尽くす


昨年から本格的にスタートした特集上映も好評で、企画から作品の選考に至るまで、若いスタッフに全てを任せているという。「元々会員の皆様に投票していただいて年間のベストテンを決めて上位の3作品を上映していたんです。今は初公開時にやりたかったけど出来なかった作品が多くなってきたので、改めて見直してもらいたい作品や、見逃した作品…他にもこんな映画がありますよ…という楽しみ方をご提案したいという企画で若いスタッフが主導でやってくれています」また、コチラでは映画館というスペースを利用した様々な試みを展開している。例えば、オープンして間もなく、子供たちに無料観賞会を企画して映画館の楽しさを伝えたり、京都の大学に通う学生たちに作品発表の場を提供したり、京都造形芸術大学や京都精華大学、大阪成蹊大学など、学生が制作した劇場のCMを幕間に流すなど、クリエイターを志す若者を積極的に応援している。これからも映画や映像研究を進めている地元の大学に通う学生と連携して、作り手の育成につながる発表の場となる企画を考えていくそうなので、今後の日本映画が楽しみだ。

「“京都朝日シネマ”は、京都で初めてのミニシアターで、“お客様に集中して世界の秀作を観ていただく空間を提供したい”という思いで、閉館までの16年で形にしてきました。その思いは変わらずに映画と観客が出会う場所であり続けたいというのが『京都シネマ』のコンセプトです」復活を待ちわびたファンは今でも常連で、創業時限定で募集をかけた会費1万円のプレミアム会員には、劇場が出来る前から何と1200名もの方(劇場ロビーに掲げられた大理石ボードに名前が刻まれている)が入会されたという。また、毎年募集する一般とシニア会員、5周年、10周年に募集をしたゴールド会員なども合わせて8000名にも上っている事からも劇場ファンが多い事がよく分かる。現在、作品の選定は横地さんが全て行っており、「基本的には何でもやります。ジャンルを限定して、これじゃないとやらない…という事はないです。あくまでもお客様に観ていただきたい…というスタンスで作品を選んでいます」と語る。ちなみに、『京都シネマ』になって最も動員数が多かったのは“かもめ食堂”。横地さん曰く、この記録はしばらく抜ける事はなさそうだ。





『京都シネマ』が入るCOCON KARASUMA(古今 烏丸)は、地下1階から地上3階が商業フロア、地上4階以上がオフィスフロアで構成された複合商業施設で、市内を東西に走る四条通と、南北に走る烏丸通が交差する正に京都の中心部に位置する。昭和13年に建設され、戦後は銀行や証券会社が建ち並ぶビジネス街の象徴的存在であった旧丸紅ビルがリノベーションという再生手法により、歴史的価値を継承しつつ新しいビルとして生まれ変わった。エスカレーターで3階に上がると、中央に大きな木のベンチがふたつ並ぶ『京都シネマ』のロビーが広がる。旧丸紅ビル当時の重厚感ある西洋産のイベ材を使用した寄木細工の風合いを残す床と、照度を落とした空間演出によって、ゆったりと待ち時間を過ごす事が出来る。ベンチに座っていると、入場開始のアナウンスをされるスタッフが、整理券番号を2番ずつ呼んでいるのが聞こえて来た。少なくとも私の知る限りでは、大抵の整理券を配布する映画館は、5番または10番ずつ呼び出すのが普通だが、コチラでは二人ずつ案内されているという。この呼び出し方は、映画ファンにとっては実にありがたい事で「珍しいですね…」と尋ねてみるが「これが当たり前と思っていました」という答えが返る。またロビー前の通路を照らす照明板には江戸時代から続く京唐紙の老舗に伝わる古典文様である天平大雲が描かれており、ビルの建築テーマでもある過去と現在二つの時代の重なりが表現されている。


明治30年、日本で初めてシネマトグラフの上映を行った京都で、新旧合わせて世界各国の名作を送り続けている『京都シネマ』。昨年10周年を迎え、振り返ってあっという間だった…と横地さんは語る。「2000年に入って映画館の形態が大きく変わりました。過渡期と言える時代を経て、全スクリーンのデジタル化も完了したところで、これからという感じです。次の20年目を見据えて、どのような劇場を目指すか…というよりまずは続ける事です」過去を振り返ってあの時は良かったね…と懐かしむ事だけはしたくないという横地さん。『京都シネマ』の来場者は、会員やシニアの方を中心に繰り返し足を運ばれる方が多く、近年では、大学生の来場者も増加をしてきいるという。「私が映画の仕事を始めた頃から時代も環境も変わっていますから、大事なのは現在のお客様が『京都シネマ』をどう見てくれるか…です。特に若い人たちと映画をどのように取り結んでいけるか…を考えていきたいと思います」(取材:2015年4月)


【座席】 『スクリーン1』104席/『スクリーン2』89席/『スクリーン3』61席 【音響】 SRD-EX・DTS・SRD

【住所】京都府京都市下京区烏丸通四条下ル西側COCON烏丸3F 【電話】075-353-4723

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