新大阪から京都に近づく新幹線の車窓から見える五重塔。木造建築物として日本一の高さを誇る国宝・東寺がある街にミニシアター『京都みなみ会館』はある。前身は500席を有した木造二階建ての“みなみ館”で、松竹・日活・新東宝の日本映画を上映していた。現在の鉄筋3階建てビルとなったのは昭和34年のこと。昭和40〜50年代の斜陽期に映画館から観客の足が遠のいた頃は成人映画も上映していた。『京都みなみ会館』となったのは現在のオーナー巌本金属(株)が買い取り一般映画を上映するようになった昭和63年。平成5年からミニシアターとして京都のシネアストたちから絶大な支持を得ていた独特の番組編成と、ユニークな企画が若者たちにウケて『京都みなみ会館』の名は全国に知れ渡るようになる。「ちょうど全盛期の頃…大学生だった私は観客として頻繁に通っていました」と語るのは館長の吉田由利香さん。当時、ロードショウやリバイバルを中心として、番組編成を請け負っていた映画上映企画会社RCSによるポップコーンナイトと称したオールナイトの覆面上映会が人気を博した。


この企画が多くの映画ファンの心を捉え、年間300本を超える上映作品とユニークな特集に、皆、足しげく通っていた。ところが、平成22年3月にRCSが撤退。数週間の休館を挟んだ後、編成はRCS時代を踏襲するカタチで劇場側が行うということで4月1日から再開するのだが、決して順風満帆とは言えないスタートとなった。「それまで作品を出してくれていた配給会社が“窓口が変わったから作品を出せない”と言われるところもあったり、上映したくても作品が無い…という時代がしばらく続きました」と、吉田さんは当時を振り返る。「一番大変だったのは、前任の館長で、まずは配給会社との関係を新たに構築するのに奔走していました。良い作品も回って来ないから、オールナイト上映なんか出来るような状態ではなかった。とにかく昼間の興行からでも何とか立ち直させようと全力を注がれたのです」その努力と誠意が伝わって、配給会社からも少しずつ作品が供給されるようになる。その後、館長をバトンタッチされた吉田さんは、その意思を引き継ぎ『京都みなみ会館』の名物であるオールナイト上映を復活させようと誓った。「館長をやってみないか?と言われた時は、まだ勤めて2年程度。正直言って自信も何も無かったのですが、私が持っている思い出のひとつ…オールナイトを毎月開催したい!と、引き受けました」

お客様の層として40〜50代の男性が圧倒的に多いのが『京都みなみ会館』の特長。日本国内における興行状況は60代以上のシニア層がメインであり、どちらかというと40〜50代男性というのは、一番映画館に来ない世代とされている中で、珍しいケースと言っても良いだろう。「逆に、ウチはシニアのお客様が少なくて、常連さんは中高年の方が平日の昼間は多いんです。皆さん映画にお詳しい方ばかりで、その次にいらっしゃるのは学生さんとコアな映画ファン…という構成になっています。だからお涙頂戴系の感動ヒューマンドラマは弱いんですよね。ホドロフスキーや“ムカデ人間”のようなエッヂの効いたカルト寄りの作品が好まれます」


「周りから、いきなり毎月のオールナイトは無茶じゃないか?って言われましたが(笑)まずは、頑張ってやってみよう…と」吉田さんは近隣の映画館にアドバイスをもらいながら敢行してみせた。「正直、その当時の事はもう必死で、あまり覚えていないんですよ(笑)とにかくがむしゃらにここまでやってきて…でも振り返ってみると、オールナイトをやった事によって、確実に若い人たちの来場者が増えているんです。“なんか面白そう”っていう感じで、イベント感覚で来てくれるんですね」一時は、学生の来場者を全然見かけない時期もあり、若者の映画離れが危惧されていた頃に比べるとオールナイト上映の効果に手応えを感じているという。「若い人たちにとっては新しいものとして…私と同世代の人たちは、“あの『京都みなみ会館』が戻って来た”という感じで、喜んでくれているのが嬉しいですね」その甲斐があって今では、すっかりオールナイトが再び名物として定着しつつあるものの、吉田さんとしては、あくまでもこうした企画上映は昼間の本興行に掛かる作品に興味を持ってもらうための導入編と位置づけている。

「例えば、ヤン・シュヴァンクマイエル監督特集をするにあたって、だったら“アリス・ナイト”をやろうとか…。作品選びは、スタッフもそれぞれ得意分野があるので全員で意見を出し合って決めています」ただし、気をつけているのは、マニアックなオールナイトをやった後は偏らないように、次は軽めの…と緩急をつけるようにしているという。昨年公開された“ひなぎく”に合わせて開催された“きみたちオンナノコ・ナイト”というオールナイトでは、“ロシュフォールの恋人たち”や“ゴーストワールド”のようなリリカルな作品(全て35mm上映)を集めたところ、オールナイトには弱いとされている若い女の子たちがたくさん来場。みんなで可愛らしい映画を観る…というふれこみが功を奏して満席になったという。その時、市内にあるカフェで“ひなぎくパフェ”というスイーツをメニューに取り入れてもらい、オールナイト当日には劇場ロビーで出店されて大盛況のうちに終わった。






年末に行われていた“京都怪獣映画祭ナイト”は、毎回満席になるほどの名物に。特撮が好きな人たちの交流になれば…と、今では毎月開催され、とうとう特撮と言えば『京都みなみ会館』と言われるまでになった。「オールナイトは毎回ターゲットも違うしジャンルも多岐に渡っている…だからお客様の層がガラリと変わる。怪獣からフレンチポップまでやっているからウチのカラーはちょっと見えづらいかも知れませんね。一言で表すならば、ぐちゃぐちゃカオスな映画館(笑)…でしょうか」もう少し日中のロードショウにも強くなりたいという吉田さんだが、最近、強く印象に残った作品があるという。昨年公開されたインド映画の“きっとうまくいく”だ。インド映画特集4作品中の1本で、最初は3時間近い上映時間に、1スクリーンで回すのは難しいのでは?と躊躇していたというのだが…。「ふたを開けてみたら連日ほぼ満席状態で、階段の下までお客さんがズラッと並んだ光景を見た時は、やった!って(笑)嬉しかったですよ。逆に、次のスケジュールが決まっていたので、途中で打ち切らなくてはならなかったのが悔しかったですが、あまり映画を観ない私の母親もあの映画は面白かったって、未だに言っているので特に記憶に残っています」

建物は当時のまま、下のパチンコ屋(現在は閉店)でフィーバーが出た時はマイクでしゃべっている店員の声が聞こえていたという。神経質な方ならば文句のひとつも出そうなものだが、そういった騒音も引っ括めて映画館を楽しめる観客が多いようだ。縦長ワンスロープの場内は昔ならではの高い天井が特長的でスクリーンも大きい。スクリーンに向かって歩いていると気づくのだが、最前列から3列目まで床が高くなっており、4列目あたりから後方に向かって傾斜が始まるという珍しい作り。これは、前の列でも観賞しやすい独自の設計で、座席に角度がついているため、座れば自然とリクライニングシート状態となる。「実は、ウチで一番オススメの席は前から3列目なんです。丁度、背もたれに深く身を委ねると首も疲れることがなく、スクリーンを視界いっぱいに納められるんです」と吉田さんは薦める。建物は古くても、内装は少しずつ手を入れており、トイレも2年前にリニューアルしたばかり。ロビーにはキネマ旬報など映画雑誌や関連書籍が自由に閲覧出来るコーナーがあり、一人3冊までならば貸し出しもしてくれる。また、あちこちにスタッフ手作りのポップが展示されていたり、場内の扉にまで上映作品の装飾を施している。「POPに掛ける予算が無ければ自分たちでアイデアを出し合って作る…若いスタッフばかりですが、皆、楽しんで作っていますよ」


「私の学生時代は、お金が無かったので映画館で映画を観るのは贅沢な事でした。だから今の若い人たちがレンタルで映画を観る…という気持ちも分かるんです。確かに、若い人に映画館に来て下さい…って、言うんですけど、レンタルならば5本借りても1000円でおつりも来るし、月額見放題という手段もあるから、映画館に来なくなるのも分かる。だから、どんなカタチで映画を観てもらっても良いと思うんです」それでは、映画館がどれだけの事が出来るか?吉田さんは、ただ映画を上映するだけではなく、プラスαの企画をやる事で映画館の思い出を記憶に残してもらおうと考えている。「記憶がたくさん残るというのは人生が豊かになる事だと思うのです。雨が降っている中、足下がビチョビチョになりながら観に来たな…とか、そういうのでも良いんです。映画に付属して色々記憶が残るのが、映画館で映画を観る良さじゃないでしょうか」(取材:2015年4月)


【座席】 154席 【音響】 DCP上映

【住所】京都府京都市南区西九条東比永城町79 ※2018年3月31日を持ちまして閉館いたしました。

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