動物の尾っぽの道…のように細長い町という意味を持つ尾道。海からすぐに山へつながり、坂の真ん中に家々が海に向かって乗っかっている。そんな風景を「まるで観覧席のよう」だと、大林宣彦監督は自身の著“ぼくの映画人生”で表現していた。その坂の途中にある石段にさびしんぼうが座り、路地裏を一夫と一美が走り回っている気配が漂い、どこからかショパンの調べが聴こえてきそうな…ここに立てば映画の主人公たちの息吹を感じることが出来る町。そんな日本中のシネアストたちが心ときめかす尾道が、実は平成13年から8年間、映画館の無い町だった事をご存知だろうか。戦後間もない頃、かつてあった9つの映画館に学校を抜け出して潜り込んでいた少年時代の大林監督は、そこで観た映画の中で流れていたピアノの曲を覚え学校で弾いていたという。50年以上もの時を越え、尾道に復活した映画館にあるピアノで、舞台挨拶に訪れた大林監督が、なごり雪を弾いて来場者を感動させる…何と素晴らしい事ではないか。その映画館こそ閉館した“尾道松竹”を改装して再オープンを果たしたミニシアター『シネマ尾道』である。

「尾道は映画の町なのに映画館が無いなんて…。そんな歯がゆさがあって、何とか復活させたい…始めた理由はそこからなんです」と語ってくれたのは副支配人の北村眞悟氏。代表を務める河本清順さんと共に、最初は3人の映画好きが集まって映画館設立に向けて情報収集を開始。そんな時に出会ったのが埼玉県深谷市という人口15万人ほどの地方都市にある“深谷シネマ”だった。市民がボランティアとして運営する映画館に「これならば尾道でもできるかも」と感じた河本さんたちは“尾道に映画館をつくる会”を発足。2ヶ月に1回のペースで自主上映を行ない映画館復活に向けた宣伝活動をしながら少しずつ機運を高め、4年間で開館資金2700万円を集める。


「その時点で場所は決めてませんでしたが、映画館が持つ強さに賭けてみようと、そのまま“尾道松竹”の施設を活かす事にしました」ところが、当時は駅前という好立地にも関わらず、周辺は寂れており、仲間内からも反対意見が出るほど。「それでもココから始めようと決めたのは、町づくりという観点からです。だって、駅前なのに何も無いというのは悲しいじゃないですか」こうして場所は決まり、いよいよオープンへ向けて具体的に動き出す。毎週日曜日には駅前で街頭募金活動を行い、岡山の“シネマ・クレール石関”から譲り受けた椅子を応援に駆け付けてくれた市民と共に自らの手で搬入するなど、夢の実現に向けて自分たちで出来る事は全て行った。そして平成20年10月18日、“ぐるりのこと”で『シネマ尾道』はオープンする。

しかし、映画館の復活を市民の誰もが、“待ってました!”と諸手を挙げて大歓迎されたわけでもなかった。何人かは遠巻きに様子を伺い、“一度つぶれたのに本当に必要なのか?”といった厳しい声も上がった事も。意外なほど、市民の反応は冷やかだったという。「ですが…6年経った今では町の方々が温かい目で見守ってくれているのを感じます。尾道は、ひとりひとりの顔が見えるほど小さい町なので、都会の映画館よりも町との向きあい方は強いかも知れません」

“尾道松竹”の前身は、駅前の鶴水館という旅館に併設された“第一劇場”という演劇場を昭和23年頃に松竹が借り上げ、直営館としたところから端を発する。現在の場所に建て替えられたのは昭和38年のこと。当時は1階に巨人ホールというパチンコ店が入っていたため、現在のような2階が劇場という形状になっている。昭和48年になると松竹が撤退し、前支配人が経営を引き継いでの再スタート。平成12年に休館するまでは、東宝の封切り館として子供たちの休みシーズンにはアニメーションを掛けたり、一時期は時間帯によって成人映画上映される…まさに昭和50年代によく見られた町の映画館だった。






現在も外観やエントランス周りは当時のままで、入口横にあるアーチ型のガラス面や、廃校となった小学校の椅子を改造したベンチ、その横の壁には次週上映と書かれた手つかずの大きなコルトンがあったり…アチコチから懐かしい昭和の香りが漂ってくる。かつてのもぎり場は受付と売店を兼ねて、壁には尾道で活動をされているアーチストの作品が飾ってある。長い階段を上がると細長いロビーには手作り感満載の映画やイベントに関する告知がところ狭しと掲示されている。場内に入るとまず驚くのは天井の高さ…さすが昔の映画館らしく贅沢な作りとなっている。後方には以前使われていた年代物の映写機とアンプが展示されており、前方には会員から寄贈されたピアノが置いてあり、様々なイベント(ピアノの生伴奏でサイレント映画観賞会など)で使われている。

最近では商店街のお菓子屋さんに依頼して映画に因んだお菓子を作ってもらったり、宮大工の仕事に密着したドキュメンタリー“鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言”の上映時は、近くのお寺(何と!小津安二郎監督の名作“東京物語”に出てきた浄土寺だ)の改修工事見学ツアーを行うなど地域との連携は強くなっている。「私たちが目指していた事が少しずつ形になってきたかな…と思います。映画に対する思いもありますが、何よりも尾道が元気になってくれるのが大事ですから」






またコチラでは子供を対象としたイベントに力を注いでおり、“尾道こども映画教室”と銘打ったワークショップでは、“東京物語”を観賞した小学生たちが茂木健一郎と語り合い、子供ならではの視点でシッカリした発言が積極的に出ていた事に驚く。他にも“高校生のための映画館ワークショップ”も開催。「この機会に若い人たちに想像力をつけてもらいたいですね」

「最初は経験者がいなかったから何をすれば良いのか分からない事だらけで…“深谷シネマ”さんの作品選びを参考にさせてもらったり、広島の“序破急”さんに運営面のアドバイスをいただきました」と振り返る北村氏も現在では一日4作品、年間120本近くの作品を回すようにまでなった。作品は支配人と副支配人が試写を観て選定しているが、エッジの効いたアート系ばかりではなく、リクエストも可能な限り拾い上げ、年輩のお客様に喜ばれる話題作も月に1回は取り入れるように心がけている。「支配人が選ぶのは冒険心ある作品が多く、僕が選ぶのは少し抑えめの作品なので、上手くバランスが取れていると思いますよ」と笑う北村氏。今年の1月には市民の方々も協力してくれたおかげでデジタル上映設備を導入した。「フィルムの時は映写に掛かりっきりで、自分が選んだ作品に対して充分に納得出来るほどの宣伝が出来ていませんでした。これからは作品とジックリ向き合って、地元の人との交流イベントにも手を入れていきたい」と思いを述べる北村氏は最後にこう続けた。「目標は、存続し続けること…映画館の来場者が減っている今だからこそ、『シネマ尾道』の役割が試されると思います」ココに来れば何かがある…そんな期待を抱きつつ映画館の長い階段を一段ずつ上がる度に高まるワクワク感。これがあるから映画館で映画を観る事がやめられないのだ。(取材:2014年8月)


【座席】 112席 【音響】 SRD 【住所】広島県尾道市東御所町6-2 【電話】0848-24-8222

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