静岡県西部に位置する浜松市は、愛知県と長野県の県境にある人口80万人を有する静岡県最大の政令指定都市だ。古くは繊維の街として発展し、現在は楽器や自動車メーカーの本拠地として浜松駅には常に多くの乗降者が行き交っている。そんな浜松駅から少し歩いたところ…田町から肴町にある繁華街にはかつて、メジャー大手の直営館など十数館の映画館が軒を連ねた映画街があった。しかし、近隣に出来たシネコンによって瞬く間に映画館は次々と閉館され、平成20年には最後まで興行を続けていた東映の直営館“浜松東映”もビルの契約終了と共に、同年10月をもって閉館が決定されていた。しかし…当時の支配人・榎本雅之氏が、東映の岡田祐介会長に「早期退職してでも劇場を引き継いで存続させたい」と掛け合った事で状況は一変する。

「せっかく設備が整っているのに閉館するのは勿体無い。ダメもとで頼んでみたところ、“お前がやるならイイヨ…くれてやる”と(笑)。設備はそのままタダでもらったんですよ」と笑う榎本氏は、わずか2週間で(株)浜松市民映画館を設立。更にそこから1ヶ月で改装工事を行ない、12月5日にミニシアター『CINEMA e-ra』をオープンさせたのである。「昔の映画館ですから、ロビーや場内が古かったので、改装には予想以上のお金が掛かってしまいました」222席あった座席を152席に減らして間隔にゆとりをもたせ、椅子にもこだわったという。ちなみにオープニング作品は“100万円と苦虫女”と“YASUKUNI 靖国”。「“YASUKUNI 靖国”は、あちこちの映画館も上映を見送っていたくらいだったので、警察官も来まして…大変な作品をオープニングに選んじゃったな…と思いました(笑)」

それまで“新潟東映”にいた榎本氏が浜松に赴任したのは昭和63年10月のこと。現在の場所から少し離れた板屋町にあった“浜松東映”(2階がフランス映画社等、アート系の作品をかけていた”スバル座”という映画館)だが、ビルの老朽化と都市計画に伴って現在のビルに移転。オープン当時は上の階に“東映パラス”がある2館体制の映画館だった。実は、榎本氏がミニシアターを始めたいと思うキッカケとなったのは“スバル座”の存在も大きい。「東映が引っ越した後、その建物がクローズしたため“スバル座”も閉館してしまったんです。そしたら“スバル座”の常連さんが、このままだと浜松でアート系の映画が観られなくなってしまう…と相談に来たんです」そこで榎本氏は、夜の回だけでも…と、平成元年6月よりムーンライトシアターと銘打った自主上映会に劇場を貸してアート系作品の上映を始めた。勿論、主宰者はズブの素人だから配給会社との交渉は全面的に榎本氏が協力。当時ブームとなっていた単館系の名作を数多く取り上げてきた。「子供向けアニメの春・夏休みシーズンは早く終わるから、いつもより多く作品を掛けたり、おかげで“浜松東映“はメジャーからアートまで色々な映画をやれる映画館と認知されて…閉館するまで20年間で1000本くらいやったんじゃないかな?」


「政令指定都市の浜松に1館くらいミニシアターがなくちゃ面白くない」という榎本氏の思いに数多くの企業が賛同し出資してくれたのは、映画を単なる金儲けの材料としてではなく、文化として守りたいという高い民意の現れではないだろうか。「僕が映画館を作ると宣言した時に応援団が出来たのが嬉しかった」このように望まれて誕生した『CINEMA e-ra』だったが、決して順風満帆という道のり…ではなかった。オープンして間もなくデジタル化の波が押し寄せたのである。「導入するのに1500万円近く掛かり、2、3年は赤字でした。今でも借金を返済しながらトントンで何とかやってますよ(笑)」かなり早い時期にデジタル化したおかげで、上映作品の自由度が格段に増したと榎本氏は語る。上映作品が多い事に定評がある『CINEMA e-ra』だが、今年の夏休みは朝8時台の回を設け、小中学生500円の“世界の果ての通学路”を上映。普段、ミニシアターに来ない子供たちが祖父母に連れられて今年2番目の動員数を記録した。「これでも断っている映画は100本くらいあるんですよ。ウチがオープンした時は500〜700作品だったのが、去年は1000作品を越えましたから」デジタルの普及により作品が多くなった反面、出口となるミニシアターが減ってしまい、そのシワ寄せが集まったのだ。

客層の中心は女性のシニア層がメイン。「東京で言えば“ル・シネマ”や“TOHOシネマズ シャンテ”に行くお客様ですね。ウチはヤマハOBの方が多く、音楽映画も強いんですよ」それでも静岡の半分しか入らない時もあるという。榎本氏はミニシアターが成立するのは街の規模ではなく、その街が県庁所在地であるかどうかが大きく関わっていると分析する。「浜松のような80万人の地方都市ならばミニシアターが成立するのでは?と思ったんですよ。合併前の浜松と近い人口の新潟市と静岡市に勤めていましたから街の規模と勢い…そして雰囲気で大体は読めていたつもりでしたが、ただひとつ違うのは、両市とも県庁所在地なんですね」










つまり県庁所在地の街には国立大学や県立大学、美術館などの文化施設があるため利用者を考えると単純に住人の数だけでは計り知れないという。「だから同じ映画をやっても浜松より人口が少ない大分、金沢に数字で負けちゃう時がある。映画の場合は人口=動員数という数式は成り立たないという事です」

「ウチのお客様は、この映画をこの日に観ると決めて隣の県からもいらっしゃいます。観たいものには高い交通費を掛けても来られる…つまり価値観なんですよね。甘えてはいけないのですが、コチラが組んだ時間に合わせていただいているからこそ、せめて早目にスケジュールを組んでいるんです」前月の20日に翌1ヶ月分のスケジュール表を受付に置いた途端にもらいに来る常連さんが多い。ホームページでは4ヶ月先の告知までされる事もあり、ファンとしては予定が早くから立てられるので重宝されているという。だからこそ週末には朝から晩まで映画のハシゴをして一日中過ごされる方が多いのも納得出来る。こうしたハシゴをされるファンにとって嬉しいのが、ロビーに置いてある映画関連書籍。会員になれば無料で貸し出してくれるので、空き時間に読み切れなければ自宅で続きを…というのがありがたいサービスだ。大事なのは、今いるお客様の要望にどれだけ応えられるか…と語る榎本氏。ホームページを覗くと今日も朝10時から夜10時までギッシリと作品が詰め込まれている。相変わらず飛ばしているなぁ榎本さん…と、つい顔が綻んでしまう。「例え採算が取れなくても、その映画を楽しみにしてくれるお客様のために、他の映画で頑張ればイイんだよ」と笑う館主さんがいる映画館が街にある浜松市民が羨ましくなった。(取材:2014年9月)


【座席】 152席 【音響】SRD

【住所】静岡県浜松市中区田町315-34笠井屋ビル3F 【電話】053-489-5539

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