JR渋谷駅の南口からすこし離れた場所に桜ヶ丘という坂がある。センター街の雑踏とは全く違い、落ち着いた雰囲気が漂うオフィスビル街だ。その坂の途中に、多目的ホールとして1982年『ある道化師』でオープン、1985年公開の『ヴィデオドローム』より常設映画館としてスタートして以来、世界各国の埋もれた名画を数多く紹介してきたミニシアター『ユーロスペース』があった。24年間、この坂にひっそりと佇んでいた『ユーロスペース』は、ミニシアターブームの先駆者であり、単館系映画のジャンルとして“ユーロスペース・ブランド”を確立した程の影響力を持っていた。映画ファンは作品の内容を知る前に『ユーロスペース』で掛かる作品に絶対的な信頼を持ち、劇場の固定ファンとして、この坂を登り通ったものだった。

そんなミニシアターの老舗が桜ヶ丘24年の歴史にピリオドを打ち、2006年1月14日、渋谷駅を挟んでちょうど反対側に位置する円山町に新生『ユーロスペース』として再スタートを切った。


「ちょうどスペースが手狭になってきた頃に、Q・AXビルの話が持ち上がり、“ミニシアターのシネコンを作る”という構想にレントラックジャパン(同ビルQ・AXシネマの親会社)が賛同してくれたので、それじゃあ一緒にやりましょう!…と言う事で思い切って引っ越しをしたわけです」と支配人の北條誠人氏は語る。旧『ユーロスペース』では、いち早く、レオス・カラックスやアッバス・キアロスタミ、ミカ・カウリスマキ、ラース・フォントリアー(現在でこそ有名だが当時は全くの無名な監督たち)と、いったジャンルや国籍に捕われない作家性のある作品を日本に紹介してきた。“ココへ来れば何かやっている”というイメージを大切にした結果、多くの“ユーロスペース・ファン”を生み出すことにつながった。勿論、日本映画にもスポットを当てており、1987年にはドキュメンタリー映画“ゆきゆきて、神軍”が26週ものロングランヒットを記録し、社会現象ともなった。そして90年代に入ってからは日本の監督の特集上映を行い、ある意味名画座的な役割を担うようにもなっていた。そして2000年以降は“ぴあフィルムフェスティバル”に出品した若手監督たちにも門戸を広げる等、新旧日本映画の紹介に力を注いできた。「“旧ユーロスペース”を立ち上げた80年代に比べると、状況は全く変わっており…ミニシアターのスクリーン数は倍になりました。昔は、もっとお客様の顔が見えていたのですが、正直言って今は見えずらくなってきましたね。」その理由を映画を取り巻く環境が24年間で変わってきたからだと北條氏は分析する。

「昔に比べて情報量がハンパじゃなく溢れている…そのため志向の偏りが大きくなって、自ら楽しい事を選択する力が弱まっているのではないでしょうか?つまり、情報だけで完結してしまっている訳です。」確かに24年前に比べると映画を取り上げる情報誌は専門誌に限らずファッション誌にまで溢れかえっているのが現状だ。さらに大きく変わったのが、世界的な傾向として作家性のある作品が減ってきている事だという。

それでは、新生『ユーロスペース』では何が始まるのか?がファンにとって注目されている部分だが…「やはり、原点に立ち返って“お客様の顔が見えている”作品選びを行っていく事を一番に考えています。勿論、今まで紹介してきたようなアジアやヨーロッパの新人作家の作品を紹介する事も大切ですが、音楽・美術などの現場で活躍している人々がぶつけてくるような…我々が認識している映画という概念には捕われないような作品を集めて来ようかと考えています」と語る北條氏。その言葉からも想像がつかないような全く新しい映画に触れる事が近い将来、ココで実現できるかも知れない。また、最近特に元気のよい日本映画に対してもスポットを当て続け、同ビル4階にある“シネマヴェーラ渋谷”と役割を分担して今まで以上に幅の広い充実した作品群が期待できそうだ。

「新ユーロスペースは映画の教室みたいに…と、考えて作った劇場ですから、ロビーをワークショップとして使ったり、サイン会の会場として使用したりと、臨機応変に使って行こうと考えています。また待ち時間をゆったりと過ごしてもらいたいのでロビーは広くとりました」という言葉通り、コンクリートが剥き出しのロフト調のロビーは、あえて何も置かないシンプルなイメージを旧ユーロスペースより引き継いでいる。






壁面に設置された木製のベンチが心地よく、壁面には『ユーロスペース』で上映された映画のチラシが全て展示されており、劇場の歴史に触れる事が出来る。場内はスタジアム形式となっており、以前に比べて観やすくなった。しかもフロントスピーカーをスクリーン前の上下に設置したので、それまで籠りがちだった音響がクリアになり、さらにスクリーンに音を通す穴が無くなったため、映像を100%映し出す事が可能となった。

「映画の多様性を見せられる劇場にしたい…そのために、もっと映画と観客の距離を近づける事が必要」と語る北條氏。「今後、映画の教室としてティーチインを積極的に行う事で若手の作家にとってもお客様から何かを学べるような場所にしたいですね」映画が作家と観客の手によって向上して行く…ファンが観客という立場で映画製作に参加できる日が、すぐ近くまで来ているかも知れない。(取材:2006年4月)


【座席】 「ユーロスペース1」92席/「ユーロスペース2」145席 【音響】 DTS・DLP上映可能

【住所】東京都渋谷区円山町1-5 【電話】03-3461-0211

  

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