創業昭和28年、日本映画の最盛期を経て数多くの名作を送り続けた『浅草新劇場』は、東宝、日活、大映、松竹の旧作をごった煮の三本立が魅力だった。お隣の同系列館『浅草名画座』が東映、松竹作品を上映していたので、朝から両館をハシゴして日本映画6作品イッキ観なんて事もした。


ユニークなのは上映作品が統一感を無視した番組編成だ。例えば、取材時に上映されていたのは犯罪ドラマ“男と男の生きる道”(日活)と喜劇“喜劇・女は度胸”(松竹)そして時代劇“大阪城物語”(東宝)。このように上映作品は、ものの見事にジャンルも会社もバラバラ。これが週替わり興行で提供されていたのだから映画ファンにとっては貴重な映画館だった。三本立で一般入場料1000円、入れ替え無しの途中入場あり。勿論、営業中は朝から晩までずっといても文句を言われない…正に昔ながらの名画座だ。しかも午前中と夕方に入場すれば一般料金1000円のところ800円で観賞出来るリーズナブルな料金形態も嬉しかった。作が上映されてきた。エレベーターで最上階まで上がると目の前に劇場のエントランス。余計な飾りは一切排除したシンプルな作りは、正に映画を楽しむ…ただそれだけに特化した空間だ。

向かいにJRA場外馬券場があるので馬券を購入するお客さんが結構流れてきており、劇場の2階ロビー喫煙所にはテレビを設置して競馬の中継を放映してくれる。だから映画が始まっているにも関わらず土日の夕方まではロビーは大繁盛。そこに常連客が世間話に興じているものだから映画館とは思えない珍しい光景が繰り広げられている。結構、一般の映画館には珍しく、女装趣味のお客さんが多かったのもコチラの特徴のひとつ。


常連の男性客に混じって女装のお客さんがいるのはかなりシュールだった。ある意味、こうした偏見が無いところが下町らしさ…とでもいおうか。2階席はスタジアム形式でスクリーンを見下ろす格好になるが映画全体のディテールを観たいという方には最高の場所なのだが…。後で判った事だが、どうやら2階席を利用するのはゲイのお客さんらしく1階席に女装の方が殆ど見当たらなかったのは、そうした暗黙のルールが存在していたからだ。どうりで上映中も慌ただしく席を頻繁に移動する輩が多かったのはお相手を物色していたらしい。列の最後尾で壁ぎわにズラッと立っている男性客も勿論、御同輩の方々だった。

自動券売機でチケットを購入して入口をくぐると、受付と売店のみの簡素なロビーがある。ロビーには上映作品の懐かしいロビーカード(しかも人口着色のレアもの)が貼られており左右の通路から場内に入るとワンスロープの1階席。2階席を有する場内は天井が高く、スクリーンも昔の映画館ながらの大きさで迫力ある映像を堪能出来る。しかもコチラで掛かる作品はどれも大スクリーンで観る事が困難な作品が多く(一部DVD化されていない作品も)、それだけに今回の閉館は日本映画ファンにとっては大きな痛手だ。閉館後、映画館として再開する公式な発表はされておらず、タイミング的にもフィルムからデジタル上映へと移行する時期が重なった事からフィルムでしか現存しない昔の作品をメインとする『浅草新劇場』は簡単には決断を下せないのだろう。遮音設備が昔のままなので音が割れたり響いたりするため神経質なファンには向いていない映画館だったが、この音響こそが子供の頃に観た映画館そのもの。映画の終わり間近だろうがお構いなしに入ってくる入場者に対して不思議と怒りを覚えなかった。土曜の夜はオールナイト上映も行われておりマニアックなラインナップが嬉しかった(ただし痴漢も多かった)。










映画を楽しむというよりも映画館を楽しむ劇場だった。残り僅かとなったところで、いつもは「適当に選んでいるのではないか?」と思っていたプログラムに、支配人お薦めの映画“男の代紋”や“復讐の牙”といった作品をさり気なく潜ませていた…という事実に思わず胸が熱くなった。(2012年9月取材)

【座席】 329席
【住所】東京都台東区浅草2-9-11
2012年10月21日を持ちまして閉館いたしました。

 
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