昭和30年代―戦後間もない日本で、映画の最盛期を迎えていた浅草には、“国際劇場”“大勝館”を代表する映画館が30館近く軒を連ねていた。映画館だけではない、演劇、寄席、ストリップ等々…ありとあらゆる文化のごった煮…現在の渋谷なんか目じゃない。浅草からは様々な流行や文化が生まれていった。しかし時の流れは浅草を観光地化してしまい、浅草六区にあった映画館は次々と閉館。ロードショウ館は今年閉館した“浅草東宝”を最後に姿を消すことになった。しかし、浅草から映画の灯が消えたわけではない。現在、浅草には成人映画館を含め5館の映画館が現役で頑張っている。スクリーンで健さんがドスを片手に立ち廻り、藤純子が小太刀を抜いて悪人を切り倒したかと思えば、寅さんが見事にマドンナにふられトランク片手に旅に出る…ひとつの劇場でこれだけの映画が楽しめる映画館なんて、今の日本にどれだけ残っているだろうか。しかし、昭和30年創業の『浅草名画座』では現在も東映任侠映画を中心とした日本映画のプログラムピクチャーを三本立て興行を行っている。ちなみに、現在の三本立て興行となったのは、昭和40年代に、一時期成人映画を上映するようになり、名画座に戻ってからも、このスタイルはそのまま残したのだという。その隣…1階にある昭和25年創業の『浅草中映劇場』は、洋画専門のムーヴオーバー館としてアクション洋画専門の二本立て興行を行っている。

映画館が少なくなっても浅草に暮す人々は毎朝、劇場のシャッターが開くのを心待ちにしている。雨の中、シャッターが開くと同時に“この界隈も映画館が少なくなってしまったから寂しいねぇ。応援してるからさ、頑張ってくれよな”とスタッフに声をかけるお客さんの笑顔が印象に残る。「年輩の方に取っては浅草は興行街のイメージが強く残っているんです。ウチではアンケートを取っているのですが“無くさないで…”というメッセージを多数いただいて…ですから今のスタイルは崩さずに、頑張っていきたいと思います」と語る支配人の鈴木一由氏。今でも、お盆と正月は立ち見になるほど大勢のお客様が詰めかけるという。「立ち見でも観てくれるのは嬉しい事ですね…寅さんを観ているお客様の笑い声がロビーにまで聞こえてきますよ」昔のように映画館の熱い雰囲気を味わいたいなら是非、足を運ぶべきである。

地下にある『浅草名画座』は東映の任侠映画を中心にプログラムを組んでおり、常に年輩のお客様が当時を懐かしみながらスクリーンを食い入るように観ている。「お客様は、地元の方が8割でしょうか…大体同じ顔ぶれですね。そのため一日の動員数は午前11時までの入りで大方決まりす」と言われる通り、顔見知りとなった常連さん同士、映画そっちのけでロビーで談笑されたり、売店のおばちゃんと仲良く話しをしたりと、映画館のロビーは社交場となっている。


土日は場外馬券売り場が向かいにあるため、競馬の途中で映画を観にくる方も多く、売店ではラジオで結果を書き取って、ロビーに貼り出すサービスも行っている。「年輩の方が多いので、どうしてもアクションや任侠モノが強いです」と言われる通り、作品のラインアップは東映の任侠、実録ものがメイン。 その間を縫うように“男はつらいよ”など松竹の喜劇や東宝の戦争映画が並ぶ。隣接する系列館“浅草新劇場”は日活と大映アクションを中心にプログラムを組んでいるため常連さんは自分なりのスケジュールを組んで一週間、劇場を廻っているという。「最近は、ミニシアターに劇場のチラシを置かせて頂いていているので、若いカップルやご夫婦連れが多くなってきました」ちなみに、チラシやホームページは全てスタッフの手作り。チラシに書かれている紹介文は実に読み応えがあり、ロビーでは手に取って待ち時間熱心に読まれているファンをよく見かける。入り口やロビーに貼ってあるポスターは公開当時からストックされているレアものばかり。(譲って欲しいと要望されるコレクターが後を絶たないという)ロビーでの待ち時間、ポスターを眺めているだけで昭和の時代へタイムスリップしてしまう。オープン当時から洋画専門館として数々の名作を送り続けてきた『浅草中映劇場』だが、現在は数少なくなったムーヴオーバー館としてアクション、サスペンス、社会派ドラマを中心としたプログラムで一週替り興行を行っている。


場内は、現在は珍しい2階席のある劇場でワンスロープの1階に対して、スタジアム形式となっているため前列の頭が邪魔になる事なく観賞ができる。さらに数年前に座席をリニューアルし、座り心地は抜群。後方にはレディースシートやペアシートを設置しているので以前に比べても安心して女性が訪れ易い環境を作り上げている。ロビーの喫煙所にはリニューアル時に余ったシートが置かれているのがご愛嬌だ。常連のお客様が多いコチラの劇場は毎週火曜日が初日となっているが、地下の『浅草名画座』は毎週水曜日が初日と微妙に初日をずらしている。「実は、常連さんが多く、殆どの方が毎日劇場を変えて観に来られるのです。そのため初日をずらしてまんべんなく観ていただけるようにしているわけです」と、言われる通り、浅草に残っている映画館は地元密着型の地域の人々に支えられ指示されている名画座なのである。だからこそ、劇場サイドもお客様が何を望まれているか理解しているし、お客様もルールを守りつつ劇場を娯楽と社交の場にして、共存しているのである。映画そっちのけで話しに興じるものやロビーで終日競馬新聞とにらめっこするもの…喫茶店で一日過ごすよりも映画館で一日(例え映画を観なくても)過ごす方が粋ではなかろうか。両館共に途中外出は可能で受付や売店で申し出れば一時外出証を渡してくれる。朝観てお昼ご飯を食べに外出して午後に二本目を観る事だって可能なのだ。今の若い方はシネコンのシステムに慣れてしまったためか途中外出や入れ替えなしで観る事が理解できないらしい。自由に自分のスタイルで映画を楽しむ事をコチラで体験してみてはいかがだろうか?(取材:2006年9月)


【座席】 『浅草中映劇場』394席/『浅草名画座』262席 【音響】 DS

【住所】東京都台東区浅草2-9-12 2012年10月21日を持ちまして閉館いたしました。

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