地下鉄御堂筋線と堺筋線が交差する“動物園前”駅からジャンジャン横町を入り通天閣を目指して歩く…小さな軒先にはスマートボールや衣料雑貨の店が建ち並び、一杯飲み屋には昼間から楽しげにお酒を飲んでいるオジさんたちが大声で談笑している。蛍光灯の明かりが、なんともノスタルジックな雰囲気を醸し出している街“新世界”。そして、いくつも横に走る路地をひょいと曲がると「えっ?こんな場所にあったのか?」というほど狭い路地の一角に日本映画の3本立て興行にこだわり続ける老舗の名画座『新世界公楽劇場』がある。外観は昭和の時代をそのままに残し、まるで自分がタイムスリップしてきたかのような錯覚すらしてしまう。劇場上に掲げられた看板には色褪せた手描きの看板が我々を出迎えてくれる。そこには寅さんや座頭市が描かれており、若干のディティールの違いが何とも良い味を出してくれている。「懐かしの映画は名画館へ」という文字が書かれた看板の文句が郷愁を感じさせ、下町文化がこんな一枚の看板にも残っているのだ。今では、最新の流行から置き去りにされてしまった街といった感の“新世界”だが、まだ通天閣が大衆娯楽の中心地だった昭和初期に“公楽座”という館名でオープン、東宝の封切り館から現在のような名画座スタイルに移行してして以来、昭和の名作を数多く上映して来た。東宝・東映・松竹・大映各社の名作…特に昔の任侠ものやアクション映画が中心だが、それらがてんこ盛りで楽しめるのは往年のファンに取ってはうれしい限り。毎回、喜劇と任侠、アクションがごちゃ混ぜになって一度に観る事ができる。最近では、どこも自動販売機化してしまったチケット窓口は今でも健在…昔から、この窓口を守って来たおばちゃんも変わらずチケットを手渡してくれる。3本映画を観る事が出来て大人1000円、シニア・子供が600円という格安の料金体制も時代がそのままストップしたかのようだ。





驚くのは、きれいに保存されている半裁の昔懐かしい縦長ポスターや映画の名シーンのスチール写真を作品が変わる毎に丁寧に掲示されている事。勿論、劇場がストックしているこれらの宣伝商材を映画ファンが見逃すはずも無く、上映が終わったら欲しいと望まれる方も毎回いるという。勿論、次回の上映時に使用しなくてはならないので丁重にお断りしているのだが、中には、こっそりと盗んで行く輩も少なくないという。支配人が語る通り往年のファンに取っては今でも高倉健や鶴田浩二、勝新太郎は大スターなのである。場内に入ると思った以上に広く2階席があるのが特徴的。上映前にはスタッフのアナウンスが流れ、映画への期待も自然と膨らんで来る。客層は、殆どが年輩の男性。映画を観るならココで…というリピーターがメインだ。それでも不況のせいか、最盛期に比べると日雇い労働者の方も激減しているという。通りを歩いているとスピーカーがら場内の音が流れており、それが映画のクライマックスだったりしたら、しばらく聞いて結局は場内に誘われるようにして入ってしまう。やはり、日本人は日本映画に戻ってしまうのだろうか?バネがお尻で感じられる古いイスに座ると何故かホッとしてしまうのだ。(取材:2003年7月)


【座席】 471席 【音響】 DS  【住所】大阪府大阪市浪速区恵美須東2-3-6 
2006年3月末日を持ちまして閉館いたしました。






“新世界”に、そびえる大阪のシンボル通天閣のお膝元…まさしくその真下に位置する華やかな一角に3つの映画館が入った雑居ビルがある。けばけばしいネオンサインと看板がひしめき合う…パチンコ、風俗店、カラオケ、芝居小屋…アヴァンギャルドな色調が広がる世界。映画を観終わった後、表に出ると映画と同じ様な世界が今でも残っている。東映の封切り館でありながら、ロードショウ作品よりも昔懐かしい仁侠映画やヤクザ映画を3本立てで上映している『新世界東映』。ここではお客様の反応が第一。東映の新作が掛かっていても“新世界”の住人たちに受け入れられなかったら、さっさと番組を変更して名画に切り替える潔さ…そう、ここでは映画館や配給会社の都合はまかり通らないのだ。だからこそ封切り館でありながら“仁義なき戦い”シリーズが今でもさかんに上映され、多くの観客が詰め掛ける。


場内には朝から訪れ、映画も観ずに横になって熟睡している客がいたり、作品のスピーディーな展開とは逆に、けだるく、まったりとした空気が場内を覆っている。1300円という格安の料金で何時間でも粘れる映画館。昭和30年代の息吹を今に残し、ドヤ街の住人たちから“新世界”をこよなく愛する年輩者に至るまで頼りにされている映画館だ。それはお隣の『日劇会館』も同様で東映・松竹・東宝・日活といった懐かしい名画を2本立1000円で観る事が出来る。看板には「明るく楽しい特選名画」と描かれているが、まさしく映画は大衆の娯楽であり本来は明るい気持ちにさせてくれるモノであった。

かなり使い廻されたフィルムを切貼りしているせいか、途中で意味不明な展開があるのも名画座の面白さ…観ている本人が辻つまを合わせるために自分の頭の中で自己流の解釈をするのが、また楽しい。場所柄か仁侠ものには多くのおじさんたちに人気があり、いつ何が上映されるのか売店で次のプログラムを聞いているお客さんの姿が印象的であった。

そして、一般作品に挟まれて新東宝作品を中心にエクサス、大蔵映画を週替わりで3本立て、毎日オールナイト興行を行っている『日劇シネマ』。一般1300円、学生1100円の二番館だ。オールナイトには、やはりゲイのお客が増えるのは他所と同じ。中には寝場所として利用している労働者も多いが比較的、観客が多い成人映画館である。“新世界”はある意味男の街である。ノスタルジックな昭和の雰囲気を一目見ようと若い女性の姿も見かけるが、やはり今一歩踏み込めない部分がある。そう、ここは残り少ない男の聖域なのだ。

数年前、“動物園前”駅にシネマコンプレックスがオープンしたが、実は“新世界”におけるシネコンの走りはコチラの劇場だったのではないだろうか。3館共通の映画サービス券を握りしめ…迫力と強烈と楽しさを求めて、今日も往年の映画ファンたちは、この映画館を訪れる。(取材:2003年7月)


【座席】 『新世界東映』136席/『日劇会館』95席/『日劇シネマ』56席 【音響】 『新世界東映』DS

【住所】大阪府大阪市浪速区恵美須東2-2-8 【電話】06-6641-8568


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