福島県いわき市にある小名浜港は外国貨物船が入港する県内最大の港で、工業生産出荷額は東北管内において1位を誇っている。「ここは片道4車線もある広い道路だから圧巻でしょう」湾岸沿いの臨港道路1号線を車で走らせながらそう語ってくれたのは、戦前からいわき駅前で映画館を続けてきた興行会社「株式会社名画座」の代表取締役を務める鈴木修典氏だ。「震災の時はこの道路を寸断するように大きな船が横たわっていたんです。とても現実の光景とは思えませんでしたよ」2011年3月11日に発生した東日本大震災は、いわき市を含む東北地方の太平洋沿岸に甚大な被害をもたらした。宮城県牡鹿半島の金華山沖を震源とするマグニチュード9.0の地震によって発生した津波は小名浜を襲った。リアス式海岸のような押し寄せてくる津波とは異なり、海面が隆起する種類の津波だったことから、盛り上がった潮が引くと道路に何隻もの船が横たわる信じられない世界が広がっていたという。そして…その後、津波によって電力を失った福島第1原発の1号機から4号機が水素爆発を起こして、放射性物質が市内へと流れ込み多くの住民が市外への避難を余儀なくされた。

鈴木氏は家族を長野県へ避難させたが、平商店会連合会の会長を務めるご自身は「ここに残る人たちを相手に商売を続けて行く」と市内にとどまることを決意。そして、人がいなくなった駅周辺の商店街から「映画館ぐらいは開けておいてほしい」と要望を受けて3月29日に『ポレポレいわき』を再開したのだ。震災から2週間という早さで映画館を開けたというニュースは、震災以降、地域に住む人たちにとって明るい話題となり、多くのお客様から感謝の言葉や「頑張ってください!」という励ましの声が多く寄せられた。かく言う筆者もこのニュースを見て、居ても立っても居られず高速バスに飛び乗った。こうして初めて『ポレポレいわき』を訪れたのは4月下旬のことだった。当時はまだ全スクリーンが復旧しておらず、4スクリーンのみでの再開だったが、チケット売り場には中高生や家族連れなど多くの人たちが列を作っていたのが印象的だった。あれから15回目の春を迎えるいわき市は一歩ずつ着実に復興への道を進めていた。


今までTOHOシネマズの前身に当たる企業で関東甲信越各地の映画館に赴任してきた鈴木氏にとって、長年の経験から弾き出される数字に対しては確固たる自信があった。またそれは、祖父が創設した映画館で生まれたDNAから来るものだったのかも知れない。「実は震災前に市内にシネコンを作ろうかな…と下調べをしていたんです」という鈴木氏。8スクリーンのシネコンを想定して設備投資など費用の計算をしていたところにイオンモールから話が来た。計画が具体化すると金融機関からの融資も決まりシネコン建設も進み始めた。

福島県は原発の問題を抱えながらの復興だったため、道のりは決して平坦ではなかった。工場のインフラ整備を早急に進めながら街としての機能を回復させて震災前の日常をいち早く取り戻す必要もあった。更に2015年過ぎから小名浜の復興と同時に医療センターの建替え工事も始まり、建設費や電気・水道の工事費が軒並み当初より上がった。また避難場所に指定されている映画館には場内に1300人が避難出来るように設計されていたため一般のショッピングモールより建設費が高騰するなど、難題が次々にふりかかってきたため、交渉だけで7年近くを要した。そして遂に、2018年6月15日にオープンを迎えた『ポレポレシネマズいわき小名浜』。舞台挨拶に登壇した鈴木氏は、この7年を振り返り思わず涙を流した。「その時、完成まで色んな事があった…と思い出していました。共に苦労した仲間たちも一緒に泣いていたそうです」最初は動員数も多くなかったが、7月以降は夏の1ヵ月だけで平東宝の邦画1年分を稼いでしまった。

福島臨海鉄道の貨物線「小名浜駅」の跡地に商業施設「イオンモールいわき小名浜」が新設されることとなった。「私はイオンモールが小名浜に来るということは、震災復興のために良いことだと思いましたが、何よりイオンモールの村上教行会長が、その時言われた言葉に、商売人としてカッコイイ!と感銘を受けたんです」と鈴木氏は当時を振り返る。その内容は「震災復興で街づくりが必要になる時はイオンモールも参加する。また津波の被害を受けた時のためにイオンモールの中に避難スペースを作り、その周りに街を形成していく」というものだった。まさに社是として掲げていた「商業を通じて地域社会に奉仕する」を体現してみせたのだ。

「その時イオンモールから、中のシネコンを社長のところでやりませんか?ってお話をもらったんです」震災復興としていわき市に作るイオンモールだから地元の映画館から優先的に…という方針が打ち出されていたため真っ先に声が掛かったのだ。「ところが出店を決めると周りから色んなことを言われたんだよ」それまで小名浜という場所がシネコンには適さないという考え方が主流だったからだ。しかし、長年この地で興行に携わってきた鈴木氏には、経験上の勝算が充分にあった。「東京にいる人たちは興行上の売上をいわき市を小さい街として計算していたみたいだけど、いわき市は人口が34〜35万人いるし、小名浜から車で1時間の商圏人口として考えたら45万人いる…という計算で私は動いていたから売上はしっかり取れると言ってたんだけど、なかなか理解されなかったね」


エスカレーターで4階に上がると、ハイビスカスの花をモチーフとしたデザインをあしらったロビーが広がる。「せっかく地元の企業がシネコン作るんだから…いわきと言えば、スパリゾートハワイアンズでしょう?だったらハワイみたいな映画館作っちゃおう!というノリで作ってしまいました(笑)」鈴木氏は東宝に入社して幾つもの映画館に配属されて培ったノウハウを『ポレポレシネマズいわき小名浜』の運営に活かしていた。「家でも映画を観れるのにわざわざ映画館まで来てくれるお客さんに対して何がアピール出来るか?って言ったら、やっぱり非日常空間の創出だと思う。私はそういうところで他の映画館とは違うっていうのを一番に考えたんです」そこで映画館だけのデザインを考えるのではなく、ショッピングモール全体の中で、そこに入る映画館をどんなデザインにしていくか?ということも積極的に進言した。モール全体のイメージから切り離すのではなく、鈴木氏はエスカレーターがある共通通路まで映画館と同じ柄のカーペットを伸ばしてもらえるようイオンモール側に働きかけた。そのおかげでフロアが日常から非日常空間へと移り変わって行く空間演出を打ち出すことに成功している。昨年は全国各地の風景を温かみのあるタッチで描く「ふるさと画家」として知られる上野啓太氏が描き下ろした小名浜をモチーフとしたイラスト入りTシャツやマグカップを販売したり、スタッフがデザインしたTシャツも合わせて販売されるなど、楽しそうなことなら何でもやってみよう!というコンセプトが随所に表れている。


『ポレポレシネマズいわき小名浜』は音響にもこだわっており『スクリーン1』にはヨーロッパの映画館で多く取り入れられている3D音響と呼ばれる立体的な音の響きが特徴的な音響方式のAURO-MAXを採用している。「昔はレコード会社に勤めようとしていたぐらいだから、音は嫌いじゃなかったので、こだわって場内に4000ワットのサブウーハーを4発入れたんです」これについては、ちょっとやり過ぎちゃったと鈴木氏は頭を掻く。「あまりに重低音がすごく2フロア下まで響いてしまうので、爆音上映をする時はモールの営業が終わってから夜9時以降のみの開催となってしまいました」オープン翌年にボヘミアン・ラプソディ≠フ爆音上映を行なったところ、その評価を聞きつけたファンで日曜日の最終回にも関わらず満席となった。その時は音響に加え興奮した観客の振動が建物全体に響き渡った。

こうして『ポレポレシネマズいわき小名浜』は、僅か2年目で大方の予想をはるかに上回る興行収入(本社の提示した予測は3億5千万だった)を実現するという偉業を成し遂げた。しかし…いよいよここから本格的な復興に向けて動き出そうという矢先に再び試練が訪れる。2020年に全世界に猛威を振るった新型コロナウィルスの蔓延である。緊急事態宣言を出された映画館も先行き不透明な状況が続いた。そんな映画界に光を差したのが言うまでもなく劇場版 鬼滅の刃 無限列車編≠セった。「コロナ禍の年間興行収入が3億5千万だったんだけどそのうちの3分の1は鬼滅の刃≠ナしたからね」前評判から既に盛り上がりを見せていたためイオンモール側からも当然、懸念する声が上がっていた。まだコロナも収束の見通しが立たない中「社長のところはどういう感じで上映されますか?って、担当者から問い合わせてきたんです」イオンモール側からすると心配するのも無理は無い。「私だって隣に見ず知らずの人に座られるのは、まだまだ怖かったですから…だから1席間隔で空けてようと考えていますと言ったんです」それで安心された重役が「一番その言葉が欲しかったのです」と言って色々と便宜を計ってくれたという。「この15年間で色んなことが起きました」と鈴木氏は振り返る。コロナ禍で時間がストップしてしまったが、震災から15年が経った今年こそが、本当の意味での復興が始まったのではないだろうか。これからこの映画館がどのように変わって行くのか楽しみだ。(2026年2月取材)


【座席】『スクリーン1』321席/『スクリーン2・3・4・5』95席/『スクリーン6』173席/『スクリーン7』163席
    『スクリーン8』75席/『スクリーン9』215席

【音響】『スクリーン1』AURO MAX 3D音響/『スクリーン2・9』7.1ch 3D方式/『スクリーン3・4・5・6・7・8』7.1ch

【住所】福島県いわき市小名浜字辰巳町79番地 イオンモールいわき小名浜4階 【電話】050-6861-5588

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