新山口から2両編成の宇部線に乗って瀬戸内に面した港町・宇部岬駅に向かう。宇部市は明治時代に宇部鉱山を抱える炭鉱都市として栄え、戦後はエネルギー産業を主力とする臨海工業都市として発展してきた。人口は15万人を超える県内3番目の大きな街だ。宇部岬駅は小さな無人駅だが最盛期は、港にある工場まで貨物列車の専用線が伸びていた貨物鉄道の所管駅だった。駅前は静かな住宅地で民家を抜けて10分ほど歩くと開けた通りに出る。この通りは空港通りという街のメインストリートで、道なりに歩けば20分足らずで迷わず山口宇部空港に着く。電車の中にキャリーケースを持った旅行客が多かったのは、ひとつ手前の草江駅が空港の最寄り駅だからだ。東の空にちょうど着陸態勢の飛行機が見える。空港通りを挟んだところにある貨物の専用線だった跡地に建つショッピングモールのフジグラン宇部に、シネマコンプレックス『シネマスクエア7』がオープンしたのは1999年11月27日。「ここは宇部市の中でも端にある工場地域です。出来た頃の周りは草っ原で、地元の私ですらすごいところに作ったな…って思いました」と語ってくれたのは支配人の西本佳弘氏だ。運営する毎日興業(株)は、1919年(大正8年)に創業された徳山市(現在の周南市)を中心に複数の映画館を経営してきた老舗の興行会社である。山口県初のミニシアター『シネマ・ヌーヴェル』を設立するなど、メジャーからアート系まで多くの作品を提供してきた。1986年より隣町で『宇部有楽劇場』を運営していた毎日興業(株)は、シネコンとして入ってもらえないか?とフジグラン宇部から打診を受ける。創業から80年の節目を迎えるにあたって、従来の映画館とは異なる特定の配給系列に絞られない映像文化発信拠点を目指して『シネマスクエア7』の設立に乗り出した。

宇部市に初めてシネコンが出来る事から街の注目度も高かった。エスカレーターで2階に上がると映画館のネオンサインが目に飛び込んで来る。世界各国の幅広いジャンルの作品を上映するため、ロビーには派手な装飾は取り入れず、落ち着いたグリーンを基調としたデザインで統一された。場内の座席は段差のあるスタジアム形式を採用しているが、通路は体の不自由な方や年配者に配慮したスロープとなっている。また独自のサービスとして全国的にも珍しいチケットの電話予約を取り入れていた。利用者が電話で観たい作品の時間と人数を伝えると、オペレーターが予約番号を発行して当日に窓口で引き換えられるというシステムだ。当時、多くのシネコンではチケットは窓口でしか購入出来ず、せいぜい3日前から窓口で先行販売されるのが標準だった(それでもファンにはありがたかったのだが…)。まだ全席が座席指定ではなかった時代に、いち早く休日に限り指定席制を取り入れて電話予約を受け付けていたのは画期的なサービスだった。このサービスはネット購入が可能になる2014年まで続いていた。西本氏は当時の様子を次のように語る。「最初はアルバイトから始めたのですが、オープン時は”ミッションインポッシブル2”や”シックスセンス”に観客として来ていました。入社した年も”千と千尋の神隠し”や”A.I.”等のメガヒット作が続いて、ずっと忙しかったという印象です」今も記憶に残る作品は”ハリーポッターと賢者の石”だったと当時を振り返る。「1階にあった本屋さんから、ハリーポッターの本がすごく売れていると聞いていたのですが…実際に電話予約を開始すると、一斉に電話が掛かって来て、この時に初めて電話がパンクしてしまう事態を経験しました」


現在、編成も担当している西本氏は、今までと違う目線で作品に対して愛情を持つようになったという。内容が良いのに当たらない作品に出会った時は、何とか自分の声でお客様に届けようと試行錯誤を繰り返している。「私が選んだ作品ですから、公開初日から2、3日はお客様の反応が最も気になります。場内の後ろから観客の様子や予告編が解禁されたら必ず反応を見ますね。ブッキングした映画が入らなかったらどうしようと考えちゃいます」次々と新作が出てくる中で、時には内容が分からない状態でブッキングせざるを得なかったり、原題しか決まっていない作品やスチール写真だけで判断を迫られることもある。限られた情報の中から作品の良し悪しや集客の見込みを判断するのは長年培ってきた経験に伴う勘が重要な鍵になるのだ。

オープン当時は日に10から12作品の上映に留まっていたが、”アバター”よりデジタル映写に移行すると現在は上映本数も14から18作品に増えて、時には20作品を超えることもある。「今は多様化の時代なので、以前ならば家族みんなで同じものを観ていたのが、それぞれが好きな作品を観に行くという感じに変わってきました」こうしたニーズに応えるためにラインナップが必然的に増えてきたと西本氏は語る。「ウチは7スクリーンしかないので、どうしても全部を取りきれないという事情があります。ですので、バリエーションが複数ある作品は、吹き替え版だけとか、最初は全バージョンで翌々週からは1バージョンに絞り込んで取るようにしています」

公開から少し遅れて上映するセカンド作品は、その時に上映されているラインナップでバランスを見ながら公開日を決定している。「例えば洋画の封切り作品が多くて邦画が足りない時は邦画のセカンド作品を入れたり、作品が埋もれないように、洋画・邦画・アニメで組み合わせるなど調整をしています」こうした作業を行なっていると、西本氏は「観客と映画の出会い」には運を感じるという。「その作品を映画館で掛けるタイミングは配給さんがいつ出せるか?にもよります。映画館でひとつの作品がラインナップされるまでには色々なドラマ経てスケジュールに組み込まれるのです。だからその一本と出会えるのは奇跡と思ってもらえると嬉しいです」

どれだけ頑張っても年間に掛けられる映画は160本前後。それに比べて国内で上映されている映画の本数は1000本に及ぶ。多くの映画が上映してもらえる場所が見つからないままか、配給先すら見つからないで終わることもある。映画館の諸事情・空き枠・地域のニーズ・話題などが色々重なって選ばれた一本なのだ。だからと言って全てが思惑通りにお客様のニーズにピタッとハマるわけではない。「これは当たる!と自信があった作品が入らなかったり、ノーマークのものがヒットしたり…こればかりは何年やっても分からないです」上映する側として責任を感じつつ西本氏は映画館本位になるのではなく、お客様が観たいと思う作品をお客様と一緒に育てていきたいと述べる。だからこそ、スタッフとお客様との距離感が大切なのだ。


「今、山口県には4館のシネコンがあります。各館のラインナップを見ると、8割が同じ作品で2割が独自のセレクトになっています。その2割を合計するとかなりの本数が県内で観れるようになっていて、映画ファンにとっては良い環境だと思います」と西本氏は語る。その2割の作品で他館とどう差別化を図るか…そのためにはお客様からの声が重要な判断基準になっているという。「色んなお客様とお話ししていると、あの人も言っていたな…あの人からも聞かれたな…と、話題になっている作品が見えてくるのでコミュニケーションは大切です」そういった意味で『シネマスクエア7』のスタッフとお客様の距離は近い。常連さんの中にはオープン時から通われている方も多く、昼間のスタッフの中には10年から20年も勤めている方がいるので顔見知りになるのも当然だ。「皆さん仲良くなったスタッフと映画の話をしに来てくれているのです。スタッフも毎週来てくれる常連さんの趣味とか好みも全部知っているので、今度何が掛かるのかを教えてあげたりしています」時には観た映画の感想を書いて渡してくれたり、他館で見かけたチラシを持ってきてくれたり…ここまでくれば立派な映画館のサポーターだ。「ウチはそんなに広くはないので、自然と距離が近くなって、お客様も居心地が良いと思ってくれています」ちなみに、情報に限らずお土産を持って来てくれる常連さんもいるそうだ。

「ウチは常連さんで持っているところはあります」と明言される程、常連さんは毎週新作が掛かったら全て観に来られる熱烈な映画ファンの方が多い。盆暮正月や春休みに掛かる年に数回の話題作も大事だが、それ以外の大半を占める平常月に掛かる優れた小品をコンスタントに観てくれる常連さんの存在は重要なのだ。「少し落ち着いた月には話題になっていた作品を遅れてでも掛けるようにしています」むしろ、あまり宣伝費を掛けられないミニシアター系の作品は、少し遅れたセカンド上映の方が情報が行き渡ったタイミングでの上映なので都合が良いのだ。「都会でヒットした作品というお墨付きがついているので、お客様にとっても観賞する際の判断基準になってます」この地域のお客様は時間差による情報を自分なりに集めて、取捨選択するスタイルが性に合っているのだろう。何でも封切りのタイミングで早く公開するのが良いわけではないという事だ。



西本氏は近年の作品の傾向について次のように述べた。「日本映画が以前に比べて圧倒的に増えました。邦画が7割・洋画が3割という割合です。洋画に関して言えば、以前なら200館とか300館規模で公開されていたような作品でも全国30館というケースがあるのです。今までのような拡大ロードショーは少なくなっていますね」その一方で確実に動員数を増やしているのはアニメだ。この状況は”劇場版 鬼滅の刃 無限列車編”から変わったという。コロナ禍で延期の末に公開された時の爆発的な動員数は過去の名だたるヒット作を大きく上回った。フィルム時代に公開された”千と千尋の神隠し”は、せいぜい1日7回の上映が限界だったのに対し、1日に24回も上映出来るようになったデジタルの威力を再認識させられたという。フィルム時代はロングラン興行が多かったが、今では短期集中で効率よく興収を上げる時代に変わってきたようだ。確かにコロナ禍で、座席の間引きや時短営業という制約の中で400億円という数字を叩き出したのはデジタルの威力と言ってよいだろう。そして、もうひとつ変わったのがアニメを観るお客様の層だ。「今までアニメは子供向けのファミリー映画という位置付けでしたが、最近は年配の方だけで普通に観賞されています。既にアニメは子供向けというイメージが無くなっていますよ」更にマニアックな内容の作品も普通に受け入れられており、アニメの本数は確実に増えているそうだ。


2020年4月。コロナによって緊急事態宣言が出された時、初めて休館を余儀無くされた。「映画館は年中無休が当たり前と思っていましたので信じられませんでした」作品も次々と製作が延期となり、西本氏はタイムテーブルを組みながら「いよいよもう無理だ」と思った。再開されてからも新作を上映出来る見込みがなく、幾つもの配給会社に電話を掛けまくったそうだ。そんな映画館の窮地を救ったのが旧作上映だった。”鉄道員(ぽっぽや)”等のデジタルリマスター作品やスタジオジブリの旧作が提供された。他にも日本での上映権が切れる寸前の”遊星からの物体X”など、通常の興行では観る事が出来なかった作品が上映されたのだ。「あの時は映画館を再開しても掛ける作品が無かったので本当にありがたかったです。あんなラインナップは、コロナ禍じゃなければ出来なかった。全てが悪い事ばかりじゃない…名作を改めて観直す良い機会だったと思います」

現在は通常の興行に戻っているが、それでも全世代で入場者は若干数減っているようだ。コロナ禍に配信で映画を観られる環境に慣れてしまった人たちがまだ一定数いるのだろうか。これからは様々な趣味嗜好の人たちにも映画館に足を運んでもらえるように、ライブビューイングや応援上映などのイベント上映を行って新しいニーズを掘り起こしていきたいと西本氏は語る。「今回の”ONE PIECE FILM RED”の再上映にしてもDVDや配信で観れるのに、ファンからの要望で実現して多くの方がいらっしゃいました。何度も観ているのにお金を払って観賞するのはコト消費を求めているのでしょうね」モノではなく、その時間の過ごし方に対価を払う。今、従来の映画観賞から皆で同じ体験を共有する観賞スタイルに変わりつつあるのかも知れない。

「地元の人に自慢してもらえる映画館を目指したい」と述べる西本氏は、この映画館がお客様の思い出に残る場所になるため、最高の一本を日々探している。ラインナップの中には西本氏が、どうしてもお客様に観てもらいたい…と選んだ作品もある。だから帰り際に”とても良かった”と声を掛けられるのが何より嬉しいと顔を綻ばせる。「お客様にとって1回の映画観賞には色々な意味があると思います。仕事帰りのリフレッシュだったり、デートだったり…。私たちはお客様が良い思い出を持ち帰ってもらうお手伝いをしていきたい」と取材の最後に思いを述べてくれた。(2023年11月取材)


【座席】『Cinema1』91席/『Cinema2』104席/『Cinema3』94席/『Cinema4』188席
    『Cinema5』67席/『Cinema6』94席/『Cinema7』83席
【音響】『Cinema1・2・3・5・6・7』DTS・SRD
『Cinema4』SRD-EX・SDDS・DTS・SRD

【住所】山口県宇部市明神町3-1-1 フジグラン宇部2F 【電話】0836-37-2525

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