千葉市の中心部に位置する京成千葉中央駅の改札を挟んで東口と西口に二つの映画館が建っている。京成のグループ会社である「株式会社イウォレ京成」が運営する『京成ローザ10』のイースト館とウエスト館だ。千葉県民が映画を観るならば誰もが一度は訪れているであろう老舗映画館である。京成電鉄を母体とする興行会社「京成映画株式会社」が設立された翌年の昭和33年6月15日に、客席数692席を有する洋画の封切館として”カラマゾフの兄弟”と”武器よさらば”をこけら落しでオープンする。戦後間もなく大衆の娯楽として王道の位置を占めていた映画事業に京成電鉄が乗り出した1号館が『京成ローザ』だった。館名にある「ローザ」はイタリア語でバラを意味しており、京成グループが当時「バラ園」を経営していた事に依るものだ。昭和32年に設立された習志野市にあった「谷津遊園バラ園」には多くの市民が訪れており、会社のバラに対するこだわりが強かった事が伺える。元々、京成千葉中央駅は千葉中央公園にあったのだが、戦時中の千葉空襲で焼失したため、現在の場所に移転した。終戦から8年後…まだ周辺が野原だったこの場所に、突然地上4階、地下1階からなる京成千葉駅ビルが出現したのだ。

その後、『京成ローザ』をメイン館として、高度経済成長期に館数を着実に増やしていく。昭和36年8月8日には、駅東口に「京成ホテルミラマーレ」の前身である「千葉京成ホテル」が入る千葉京成会館を設立する。館内には、客席数400席を有する『京成サンセット』(館名のサンセットはビリー・ワイルダー監督の名作”サンセット大通り”から取られた)と、地下1階には邦画二本立てを主軸とした客席数200席の『千葉京成』がオープン。昭和42年12月16日に駅の西口高架下に客席数407席の『京成ウエスト』がオープンすると、国内でも珍しい駅を挟んで東西に映画館が建ち並ぶ場所(まだ日本にはシネコンという名称が存在しない)となった。アクセスの良さから、千葉で映画を観るならここ!という人たちが県内から集まっていた。ちなみに現在の駅名である千葉中央駅に改名されたのはこの頃で、当時はまだ京成千葉線の終着駅だった。。昭和62年7月25日にはスター(星)とアリオン(天馬)から付けた客席数150席の『京成スタリオン』がオープンする。ちょうどこの頃、私は駅の向かいにあるビルに務めていたので、いつも仕事帰りに映画を観て帰っていた。東京では一本立ての映画をここでは二本立てで観る事が出来たのだから理想的な職場だったと言える。更に駅のインフラ整備が進んでいた平成9年12月20日に『京成ウエスト』が4スクリーンを有する独立した映画館としてリニューアルオープンする。そして…東口にあった映画館は平成14年9月6日、ホテルミラマーレに建て替えられ、その4階にシネマコンプレックス『京成ローザ10』が誕生した。


4階に上がると6スクリーンを有するイースト館のロビーがある。自動券売機の隣には対面のチケット売り場もあり、機械の操作に不慣れなご年配のお客様に重宝されている。ちなみに年季の入った銀色の券売機は16年前から稼働しているネット購入専用の発券機だ(いぶし銀のボディが渋い!)。またスケジュール表はインターネットだけではなく紙でも用意されており、更新されるたびに持ち帰られる年配の常連さんも多い。(まだまだアナログも求められているのだ)コンセッションでは定番メニューの他に、何と!たい焼きが販売されている。映画を観ながら片手で食べられて手も汚れないので、これが意外と人気があるそうだ。更に、ありそうで無かったフライドチキンや原宿ドッグ…串に刺さった揚げもちまであるのは驚く。またコーヒーにもこだわっており、ヨーロッパ発祥のカフェブランドとして有名なコスタコーヒーを提供しているのが珍しい。

ロビーには地元のコミュニティFM「SKYWAVE FM」のサテライトスタジオがあり、ここでローカルアイドル・声優・俳優・文化人といった色んなジャンルの方が公開収録や生放送をされている様子を見ることが出来る。推しのゲストが出演する時は多くのファンが来場されるそうだ。スタジオ前の広場は日中ガラスの壁面から自然光が注ぐ多目的スペースとなっており様々なイベントも開催されている。

高架下を潜って駅の西口に出ると、昔の映画館の雰囲気が残る4スクリーンを有するウエスト館がある。エントランスに掲げられているコルトン看板が懐かしい。通りに面したショーケースに掲示されているポスターやスケジュール表をしばらく立ち止まって見ている方も結構多い。そんな様子を見ていると昔はこのショーケース前が、待ち合わせ場所の定番だった事を思い出す。まずはエレベーターで受付のある2階に上がるのだが、まだ自由席だった時代は、手前にある非常階段に長い列が出来ていた。スクリーンは2階と4階にあって中間の3階に化粧室があるのも昔のままだ。化粧室の案内表示が大きいのもフロアが異なるための配慮だ。


『京成ローザ10』は、シネコンスタイルを取りつつ、古き良き時代の雰囲気をそのまま残している。昔から通う年配から映画館デビューをする子供まで幅広い層が訪れる映画館だ。「私が生まれる前からある映画館ですから、子供の時にここで映画を観ていたんですよ」と語ってくれたのは支配人の堀川博史氏だ。その時、1時間以上も並んで観た”E.T.”の記憶が鮮明に残っているという。「子供の頃ってしょっちゅう映画館に来られないですよね?それこそ夏休みとか冬休みとか…休日、両親に連れて行ってもらうのを楽しみにしていたので、お客様にも同じ思いを体験してもらいたいのです」長い歴史を持つ映画館だけに、堀川氏は中学生の時に観た”マクロス”を今度は自分のお子さんと新作を観た事が貴重な想い出となったそうだ。

創業から今年で65周年を迎えて常に新しい仕掛けを繰り出す『京成ローザ10』が力を入れているのがアニメだ。アニメは作品数の割に上映館数が少ないため遠方からも来るファンが多い。「15年前は深夜アニメは、一部のファンにしか受け入れられていませんでした。でも劇場版になる程の作品にはしっかりとファンが付いていて一定の集客が見込めたのです」と語ってくれたのは番組編成室長の有村陽介氏だ。まだアニメと言えばジブリやガンダムという時代にいち早く深夜アニメの可能性を見出した。「その時に世間一般に認知されていない作品だとしてもブッキングするという方針に切り替えました。だから県内ではウチだけしか上映していない作品も多いんですよ」最近特に力を入れているのは”劇場版 黒子のバスケ LAST GAME”だ。公開の翌年から毎年4月に周年記念上映会を開催して、全国から多くのファンが来場されている。断っておくが新作ではない。10年前に公開された作品を毎年上映して全国からファンが集まっているのだ。その時期が近づくと、そろそろやる頃だよね…とファンの間でネットがざわつく現象に映画の観方も多様化していると感じる。


現在では『京成ローザ10』の年間ランキングで、ほぼ上位をアニメが占めるまでになった。ひとつの作品を大切に上映してくれる劇場の姿勢をアニメファンが高く評価してくれているのだ。コロナ禍で公開した”劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン”は半年以上ロングラン上映を行なった。これがファンの間で話題となったのだ。「その投稿を見た人が、どんな映画なんだろう?って興味を持って来場される。長く上映する事で作品を大事に扱っている映画館と評価してくれたんです。こういう現象が起こるのがアニメの面白いところでもあるんです」と堀川氏は分析する。少し前まではハリウッド映画一強の時代もあったが、今やアニメの動員数におけるシェアは、洋画と邦画に肩を並べられるまでに拡張されている。例えば、アニメではヒットしなかった作品でも一定の動員数が確保出来ているというのだ。それだけそれぞれのアニメにはある意味、不動のファンが付いているという事だろう。また、ここでしか販売していないコラボメニューや特典を付けるキャンペーンを行うと、遠方からもわざわざ特典を求めて来場されるのはアニメならではと言えるだろう。

コロナ禍では二ヶ月の休館を余儀なくされ、条件付きで再開しても新作が無い…という状態がしばらく続いた。「映画館としてかつて無い出来事だった」と堀川氏は振り返る。その時に生まれたのが映画館でライブ行うという発想だった。「作品を待つだけではなく、自分たちでも売りものを作らなくては駄目だと気づいたのです。本当に大変な3年でしたが、その経験で新たな一歩を踏み出せたというプラスもありました」このライブ「ちば缶」は「SKYWAVE FM」と協賛してサテライトスタジオに出演されているアイドルやアーチスト、お笑い芸人の方たちに、空いているスクリーンのステージでパフォーマンスしてもらおうという事からスタートした企画だ。今年で8回目となるライブは総勢8組のアイドルが集結した対バンライブとなった。


時代によって多様化する観客の趣味嗜好に合わせて柔軟に対応してきた『京成ローザ10』だが、長年変わらずに続けている事業もある。それが定期的に行われている出張上映だ。房総半島の木更津から先の映画館が無い街(勝浦・東金・君津・館山)をデジタル映写機とサーバーをタウンエースに積み込んで、各地域のホールで上映会を行なっているのだ。「そこの地域に住んでいる方たちは映画を観に行くにも車で片道1時間も掛かってしまう。若い人たちなら問題ないでしょうけどお年寄りや小さいお子さんがいる家庭だと映画が遠い存在になってしまっているのです。出張上映はそんな街の人たちに大スクリーンで観てもらいたい思いから始まりました。お年寄りには映画を観て元気になってもらい、子供たちには映画の良さを知ってもらう。子供たちが大人になったら映画館に来てもらえたら嬉しいですね」と語る有村氏も地元は正に出張上映で巡っている地域だ。コロナ前は色んな街に出向いて年間で40回くらい上映会を開いていたという。だから作品もシニア向けか子供向けがメインで、CMで露出が多い誰もが知っている作品を選ぶ。小難しい映画はここではウケないのだ。フィルム時代は移動用のポータブル映写機で一人で持ち運びも出来たが、今は映画館で使っているものとほぼ同じ(重量60キロもある)映写機なので二人掛かりの作業だ。「それでも上映会場に行くと皆さんに喜ばれて、次は何を持って来てくれるの?と聞かれたり、いつもありがとうってお礼を言われると嬉しくなって、必ずまた来ますねって話になる。先日の上映会でも今やっている吉永小百合さんの映画を観たいのよってリクエストされました(笑)」重たい機材を持って苦労をされてでもこうした言葉をもらうとまた行きたくなると言う有村氏。「その時は私も少しは地元に貢献出来ているなと思えるんです」


最近ようやくコロナも落ち着き、少しずつ来場者も増えつつある。それでも年配の来場者が以前の6割程度に止まっているそうだが、秋に公開された”こんにちは、母さん”には、久しぶりに多くのシニア層が来場されてロングラン上映を更新中だ。人気のある午前十時の映画祭のような旧作上映やコロナ禍で休止していた舞台挨拶もこれから順次復活していくそうだ。「非日常を感じてもらえる映画館を目指しています。『京成ローザ』に行けば現実を忘れられると言ってもらえる存在になりたい」と有川氏は思いを述べる。「スマホで映画を観られる時代になっても映画館で映画を観るコト消費を大事にしたい」と言われる通り、映画館に来て見知らぬ人と一緒に同じ空間で同じ映画を観て感動する…間違いなくこれはスマホでは得られない体験だ。「映画の出来はどうにもなりませんが、空間や体験の部分は我々スタッフがしっかりお客様目線に立ってやっていきたいと思います」と最後に述べてくれた言葉が印象に残った。(2023年9月取材)


【座席】 『イースト1』91席/『イースト2』87席/『イースト3』73席/『イースト4』88席/『イースト5』239席
     『イースト6』238席/『ウエスト1』195席/『ウエスト2』116席/『ウエスト3』180席/『ウエスト4』130席
【音響】 『イースト』5.1ch・7.1ch
/『ウエスト』5.1ch

【住所】千葉県千葉市中央区本千葉町15-1 【電話】050-6875-7611

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