和歌山県の中南部に位置する田辺市は、紀伊半島最大の面積に人口7万人を有した和歌山市に次ぐ第二の都市だ。紀勢本線の紀伊田辺駅は世界遺産・熊野古道の最寄り駅のひとつとして季節を問わず多くの観光客が訪れている。駅のすぐ近くには味のある飲屋街があって夜の帳もふけると通りをネオンサインや看板の灯りが照らし始める。紀伊水道の入口に位置する田辺湾は海産資源の宝庫であり、特にヒロメという海藻は春の味覚として田辺市の特産品だ。その紀伊水道を流れる黒潮の影響で温暖な気候に恵まれ、紀州梅や南高梅の名産地として知られ、駅前には梅を専門に扱うお土産物屋がいくつもある。ちょうど取材に訪れた6月は梅の収穫期だという。「ここに住む人たちは梅農家の方が多く、ゴールデンウィークを過ぎると梅の収穫で7月まで繁忙期のため、映画館やボウリングなどの娯楽施設は閑散期になるのです」と説明してくれたのは、1996年10月24日にオープンしたショッピングモールのオークワ・パビリオンシティ田辺に入る映画館『ジストシネマ田辺』で支配人を務める分部慎司氏だ。「今の時季、梅農家は人手が必要で、親戚とか総動員…若い子も家の仕事を手伝わなくちゃならないため遊ぶ人はいなくなるんです。毎年のことなので、私たちもこの時季は、夏の準備をするようにしています」と笑う。

経営母体である(株)オークワは、近畿・東海地方を中心に160店舗以上のスーパーマーケットを展開しており、地元の和歌山県民からも「買い物をするならオークワ!」と言われるほど信頼度が高い地場企業だ。オープン以来、街に暮らす人たちとの距離感が近い地元密着型の映画館として、上映作品も時にはお客様のご意見に耳を傾けながら良質な作品を送り続けて来た。「ウチは3スクリーンしかないので、多い時には一日8作品くらい上映しているのですが、テレビスポットで流れている知名度の高い作品が中心になってしまいます。どうしても繁忙期には子供向けアニメや話題作が集中してしまうので、映画ファンの常連さんからは、単館系の作品もやって欲しい…と要望もいただきます。そんなお客様の気持ちには出来るだけお答えしたいので、繁忙期を過ぎてから、セカンド上映になってしまいますが可能な限り上映するようにしているんですよ」


「近年、和歌山県では数多くのロケ撮影が行われていて、公開規模は大きくありませんが、地元と共に映画で盛り上がろう!という機運が高まっているんですよ」と言われる通り、地元で撮影された映画にはジストシネマ全館を挙げて応援してきた。数年前に串本町で撮影された“海難 1890”の公開時には映画館だけではなく、遠方の学校に出張上映を行っている。「あの作品は、実際にあった日本とトルコの友好を描いた歴史の映画で県を挙げて取り組みました。とても素晴らしい作品だったので、県知事が県内の学生たちに観せましょう!と言われたのがキッカケです。出張上映であちこち飛び回りまって、振り返れば20回近く上映していましたね。私の人生で今まで一番観た映画となりました(笑)」最終的には“海難 1890”は県内で超ロングラン興行となり、興収も1億近くの大ヒットを記録した。「この作品からご当地映画に対する県の取り組み方が変わって来たと思います」

市内には学校が多いため中高生のお客様も多く、“劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急命令”といったドラマの劇場版にティーンの人気が集まる。また、興行の形態も“貞子”のようなホラーを土日だけ上映すると、夕方の回には多くの若者が来場して盛り上がるという。この海沿いのスモールタウンでは、ジョー・ダンテ監督のコメディ映画“マチネー/土曜の午後はキッスで始まる”で描かれていたマチネー興行が健在していることが嬉しい。また、毎年11月に開催されている若手映画監督のコンペティションをメインとした“田辺・弁慶映画祭”にも、近年『ジストシネマ田辺』として協力しており、この若手監督の登竜門とも言える映画祭も今年で13回目を迎える。昨年の映画祭でも上映された第8回田辺・弁慶映画祭グランプリを受賞した柴田啓佑監督の初長編作品“あいで、そいで、こい”は、地元田辺市で撮影されたこともあり『ジストシネマ田辺』でも上映された。


エレベーターで3階に上がると懐かしい親しみやすさのある映画館のロビーがある。入場すると目の前に所狭しとお菓子と関連グッズが置かれた売店があり、その先にはシートが赤・青・緑に色分けされた『CINEMA1・2・3 』がある。天井が高い場内は思ったよりも広く開放感があるのが特長的だ。今までは手売りされていたチケットも最近、販売機を導入した。まだ使い慣れていないお客様が多く、現在はスタッフが案内しながら操作をしてもらっているところだ。このように効率化を図る一方で、手作りも大切にされている。その顕著なものが奥の通路に貼っているスタッフお手製の作品紹介ポップだ。宣材写真をコラージュして手書きで映画の見どころを紹介している。「ウチは手作りのポップに一番力を入れています。どうしてもロビーが狭いので、大きなスタンディとかを置く事が出来ません。極力、限られたスペースで詳しく情報を伝えられるものを作ったのが始まりです。スタッフが空いた時間で、工夫しながら自発的に作ってくれています」こうしたポップも温かみがある…と、お客様から好評だ。

現在、2階のボウリング場も兼務されている分部氏。「早く映画館に着いてしまったから…と、始まるまでボウリングで時間を潰される方もいらっしゃいます。最近では、平日の昼間には、そんな元気なご年輩の常連さんも増えて来ました」まさにボウリングと映画が娯楽の中心だった世代にとって、ここは昔を思い出させる場所かも知れない。「観終わって、映画が面白かったとしてもつまらなかったとしても、それはそれで楽しいと思えるのが映画館だと思うのです。映画の内容まではどうにも出来ませんが(笑)せめて映画館が楽しかったという思い出を持ち帰ってもらいたいと思います」そして、もし映画がつまらなかったら「映画を観た人にボウリングの割引券を配っているので、そんな時はボウリングをしてスカッとして帰っていただきたい…」と、最後に付け加えられた。(2019年4月取材)


【座席】 『CINEMA1』159席/『CINEMA2』95席/『CINEMA3』79席 【音響】SRD

【住所】和歌山県田辺市稲成町新江原3229パビリオンシティ田辺C館3F 【電話】0739-24-0717

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