この階段の先は何があるのだろうか…あちこち歩き回りたくなる入り組んだ構造の映画館は楽しい。北陸の中核市・富山市の駅前から車で20分ほど、富山高岡バイパスの近くにあるシネマコンプレックス『富山シアター大都会』は、そんな楽しさに満ちあふれた映画館だ。窓口でチケットを購入してロビーに進むとフィルム時代の映写機が飾られている。中央階段を上がると、ショップと3つの劇場が…手前のコンセッションは昔の映画館のようなガチャガチャした雰囲気が実に楽しい。コチラでは軽食も販売されており、普通の映画館ではお目にかかれない焼き豚チャーハンや蝦ピラフ、焼きそばを場内に持ち込めるので映画の日にハシゴをしたいお客様から、シッカリとお腹を満たす事が出来ると、好評のサービスだ。勿論、時間に余裕がある時は、隣の喫茶店パピヨンでゆっくり過ごすのも良いだろう。


『富山シアター大都会』は、平成8年6月に『シアターワールド大都会』という館名でオープン。富山市に本社を置くアミューズメント企業の(有)新興商事が運営するパチンコ店・大都会に隣接する珍しいタイプのシネコンだ。「最初は2スクリーン(現在のシアター1と2)のビデオシアターからスタートしたのです」と、語ってくれたのは支配人の大森建治氏。「昭和62年からパチンコ店を経営していたのですが、この業界も過当競争が激化して…店舗を増やすか?と議論になった時、映画館を入れた複合館にして新しい集約を図ってはどうかという案が出たんですね」同じ時期、全国規模で展開していた遊戯施設が映画館を併設させるなど事業の拡大に成功していた事と、何よりも社長の金光景秀氏が大の映画好きであった事に端を発する。

「後から社長は周りの知人から、商売じゃなくてあんたの趣味で始めたようなもんや〜と、色々言われていましたよ(笑)」当時、富山県内には、駅前に東宝系と松竹系の他に2館の映画館と、高岡にシネコン1館があったが、スクリーン数としては比較的少ない地域だった。「ちょうど、その時にソニー・シネマチックさんからビデオシアターの話しがあったんです」当時、ソニーが中心となってソニー・シネマチック方式を採用したビデオシアターが全国で次々とオープンしていた時代だ。「オープンしたての頃は、こんなところに映画館があるんか?と言われたり、何度も場所を聞かれたり…と、なかなかお客様に認知してもらえなかったのですが…」転機が訪れたのはオープンから1年後、“スターウォーズ 特別編”の公開時だった。



「ルーカスフィルムから、“スターウォーズ”は、フィルムでの上映以外は許可しない…と言われたのです。そこで、フィルム映写機を導入して、そのタイミングで劇場も1館増やしました。元々、現在のシアター3がある場所は、ロビーを見下ろせる喫茶店だったのですが、そこを小さな劇場に改装して、フィルム専門館とビデオの専門館、そしてフィルム&ビデオ併用館という3館体制にしたのです」実はこの選択が正しかった。その夏に“もののけ姫”と、半年後の正月興行で“タイタニック”が公開されたのだ。「ちょうど3館にした途端にヒット作が連発したので認知してもらえたんです。実は、“もののけ姫”はラッキーで、市内にあった東宝の直営館『富山スカラ座』が“ジュラシックパーク ロストワールド”を選ばれたからウチに上映権が回ってきたのです。同様に、年末は向こうが“エアフォースワン”を選ばれたので、ウチに“タイタニック”が回って来て…両作品とも1年くらい上映してウチだけで興行収入が1億超えました」県内では独占状態だった当時の混雑ぶりは今でもスタッフの語り種だ。「毎日、チケット売場に長い列が出来て、これはいつ終わるのか…と(笑)夜になると疲れたスタッフがロビーに座り込んでいましたよ。でも今となっては、お客様が大勢いらして、バタバタしながら汗水流していた時のありがたみが分かります」と当時を振り返る。

平成13年にはロビー奥にあった社員寮を取り壊して新たに2館増やして(現在のシアター4と5)5館体制となる。またソニー・シネマチックがビデオシアター事業から手を引く事となり、全館フィルム映写機となったのを機に館名も『富山シアター大都会』と改名。「オープンから少しずつ継ぎ足して増館して来た様なもので、映写室もてんでんばらばら…スペースが勿体ない作りなんです。最初からひとつのシネコンとして作っていれば、スタッフの動きやすさを考えて、コンセッションとショップを集約したり出来たのですが」映写室も各シアターにあるため、フィルム時代はフィルムを乗せた円盤をスタッフが持ってロビーを運び回っていたそうだ。「今はデジタルだから、そんな事はありませんが、あの時はフィルムを縦にしたり横にしながら運んで…本当に苦労しましたわ(笑)」また、この時期は富山市街にあった従来の映画館が閉館。コチラでは『富山スカラ座』を引き継ぎ、『富山ニュースカラ座』として再オープンして一時期は合わせて6館体制だった事も。「駅前に映画館が無くなってしまうと、市内で車を使わない人が映画を観られなくなってしまう…と、オーナーが跡を継いだのですが、どうしても東京や大阪と違って富山の夜は早いですし、街の中だけで人を集めるのがなかなか難しくて5年の契約が切れた時点で断念したんです」


ちなみに現在の上映作品は、ソニー・シネマチックの社員だった人たちが会社を興してそのまま番組編成を継続している。「その人たちがおらんかったらウチもどうなっていたか分かりません。私が現場を見ながら番組編成なんて無理だと思いますから。今、東宝や松竹の作品を当たり前のようにやっていますけど、ゼロからやろうと思ったら出来なかったでしょうね」と大森氏は感謝の気持ちを述べる。

お客様に優しい劇場を理想に掲げている『富山シアター大都会』。オープン当時はパチンコ店の隣という事で、抵抗を感じるお客様も少なくなかった。「どうしても昔のパチンコ店は汚い暗い怖い…というイメージでした。その隣の映画館ですからね。でもコツコツと他のシネコンには無い接客を心掛けて来たおかげで、今ではすっかり変わったと思いますよ」子供やお年寄りが多いため普通のシネコンより明るく設定されているロビーではお客様とスタッフが気軽に話す光景がよく見られる。“ワンピース”の上映時には男子中高生が汗をかきながら自転車で来たり、中には、元気〜?と声をかけ、小銭に困っていない?と小銭をたくさん持って来る常連さんもいらっしゃるとか。チケット窓口も自動券売機ではなく対面販売にこだわっているのも年輩のお客様への配慮。「ただチケットを売って、モギる時にいらっしゃいませ…と言うだけじゃ取り柄がないですからね。世間話をしながらお客様に居心地良く感じてもらえたら嬉しいですね」

パチンコ店を始めた当時、まだ周りは田んぼだらけだったが、敢えて大都会という名前で店舗を構えて、その10年後に出来た映画館には、映画を観るならココじゃなきゃ…という根強いファンも増えて来た。「ウチの社長は本当に映画が好きなので、だからこそ今まで続けて来れたと思います。もし、商売としてしか映画を見ていなかったら、ビデオシアターから撤退するとなった時に手を引いていたでしょうね」経営者の映画に対する思いが社員やアルバイトにまで伝わっているからこそ、繁忙期に休みが少なく汗ダクになっても皆、長く続けていられるのだろう。(勤続10年以上というベテラン社員さんもたくさんいるとか)「時間が出来たら、スタッフから私に、あれやらんがですか?これやらんがですか?って、言ってくるのですから本当に映画好きばかりなんです」ひとつのパチンコ店から始まった映画館に人が集まるのは、映画に対する熱い思いを抱いた人々の情熱と愛情が創業時からブレていないからだ。(2016年8月取材)



【座席】 『シネマ1』153席/『シネマ2』175席/『シネマ3』85席/『シネマ4』108席/『シネマ5』108席
【音響】 デジタル5.1ch

【住所】富山県富山市飯野19 【電話】076-451-8219

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