「ウチのお地蔵さんやからね…」建物の横にひっそりと佇む小さな祠の水を入れ替えて手を合わせるところから、京都・七条駅からほど近い場所にある成人映画館『本町館』の一日が始まる。経営者・谷口彰氏がシャッターを開けて2階に上がると、今度は手際よく売店のショーケースにお菓子を陳列。エントランスとロビーにある神様にもパンパンと場内にまで響く柏手を打ち、床を掃き始める谷口氏の動きを見ていると清々しい気持ちになる。「成人映画館って、暗くて汚い…というイメージが皆さんあるでしょう?もっと気軽に安心して成人映画を楽しんでもらいたいんです」全盛期の頃は、休憩時間の掃除も手早く、少しでも早くお客さんを回転させていたが、今はそんな時代じゃない…と谷口氏は言う。「映画館は、やはりサービス業です。女性が一人で来場されても快適に観てもらえるように掃除は念入りにやってます」


前身は大正9年8月31日に開業した寶座株式会社が経営(近隣に寶座と蛭子館・後のヱビス館を運営)する900席を有する日活の常設館だった。その後10館近くの映画館を持つ京都土地興行に経営が移る。昭和17年には戦時統制が敷かれ、全ての映画が社団法人映画配給会社からの配給となり、紅系・白系の2系統に分けられて客席数も484席に縮小された。更に、昭和19年11月2日、大日本興行協会京都府支部の決定により、京都市内の映画館のうち『本町館』を含む11館が同日付で倉庫・雑炊食堂に転換することになり、戦後まで休館を余儀なくされた。再開したのは戦後しばらく経った昭和26年のこと。木造二階建、観客定員数400名で、映写機はローラー7号、音響機器はローラーアプファイヤーを使用。東宝・松竹・大映・日活・東映各社を扱う二番館・三番館の邦画混映館であった。経営を引き継いだのが綾部市に“栄楽劇場”という映画館を立ち上げていた谷口氏の祖父・谷口源蔵氏が代表を務める谷口興行社だった。引き継いだ当初は“京都東山本町劇場”と改名するも、すぐに『本町館』という館名に戻した。

「私自身は三代目になるんですけど…先代である祖父は元々別の場所で芝居小屋をやっていました。戦後、映画が娯楽の中心になった辺りから“伏見会館”や“伏見東映”といった映画館を次々と立ち上げていくなど、かなり手広くやっていたようですよ」谷口氏のお父様が二代目を引き継がれた頃は日本映画にも斜陽化が囁かれ始めた時代。それまで隆盛を極めていた大劇場も次々と縮小・効率化が急務の課題となり、2階席をテナントにして1階席のみを映画館に改装した。昭和40年代から昭和50年代には松竹芸能による演劇や漫才も盛んに行われていて、ゼンジー北京や正司敏江・玲司といったベテラン芸人が舞台に立ち客席を多いに湧かせていたという。『本町館』が成人映画館となったのは、ちょうどその頃…昭和46年に日活がロマンポルノ路線に方針を転換すると発表した年である。


「僕が小学生の頃は漫画映画とかやっていてお客さんも多かった記憶があるのですが、この近くの本町通りは昔でいうとメイン通りだったのですが、競争も激化してきた中、繁華街が四条や京都駅前に移って寂れてきたので、配給会社からいい作品が提供されなくなってきたんです」昭和57年には現在の鉄筋コンクリート造三層二階建に改築、客席数100席に縮小して現在の体制となった。昭和63年ロマンポルノ終焉以降は、新東宝映画、エクセスフィルム、オーピー映画を週替わり3本立で上映している。最近までフィルム上映だったが、2年前からデジタルに…。「昔からやってこられた映写技師は、高齢の方だったのでこれを機にデジタルにしたんです」デジタルになって楽にはなったものの、お客様の中にはフィルムの色が良かったと離れて行かれた方もいたという。そんな状況でもユニークな特集上映には根強いファンがついている。「お客様によって好みが違いますから、同じジャンルの特集にすれば、3本観れるというので大阪や滋賀県といった遠方から来てくれるファンがいるんですよ。嫌いな人だってちゃんと次の週に自分の好きな特集をやっていれば必ず来てくれます。だからウチの特集上映は人気があるんですよ」また、最近では昔の日活ロマンポルノ特集など作家性の高い作品を上映する時には、女性客も多くなってきたという。

普段は、昔から顔馴染みの年輩のお客様がメインとなっているが、最近は暇つぶしで来られるお年寄りが増えたという。「もっと若い人に来てもらいたいのですが、一度観ていただければ面白い作品がたくさんあるんですけどね。七条は京都駅から近いとは言っても辺鄙な場所になってしまったので、映画館で観る習慣が無くなった若者は益々、足を運ぶという行為が少なくなって来ています」だから、今一番大切な事は、現状維持であると谷口氏は語る。デジタル化されたばかりで、再映したくても昔の作品はフィルムばかりで現在は作品の種類が品薄状態というのだ。新作はともかく再映用の旧作をもっと充実させて欲しいと谷口氏は言う。「今が一番、作品数が少ないかも知れませんね。新作はともかく旧作が無さ過ぎて同じ作品をやる回転が早くなってますよ。日活ロマンポルノだって全部がデジタル化されているわけではない。逆に新東宝だとフィルムは無いけど古い作品はデジタル化されていたり…」逆に高橋伴明監督のピンク映画時代の作品といった希少価値の高い作品を上映される事もあるとか。「今は映画会社も映画館もデジタルを使い切れていない。デジタルが本格的になっていくのはこれからだと思います」

また、『本町館』の名物は、女優や監督によるトークショー舞台挨拶。ロビーには来場された女優さんのサインが飾られている。「トークショーをするとお客様も喜んでくれて…京都だと普段は女優さんとお目にかかる事がないので貴重な体験ですよね。これがキッカケでリピーターになる方もいらっしゃったりするので出来る限り続けたいと思うんですけど」コメディありサスペンスありと色々な要素が入り交じっているのが成人映画の面白さだから、とにかく一度体験して欲しいと谷口氏は言う。平成15年3月には出来るだけ最適な環境で観てもらいたいから…と、場内の座席を更に85席に減らして全てリニューアル。座席の間隔に余裕が出来て座り心地が良く、ふかふかの椅子に腰を下ろすと、つい長居をしたくなる。


「ちょうど椅子も傷んでいたところだったので、せっかく取り替えるのなら、今度はリラックスしてもらう劇場にしようと…」それまで成人映画館を敬遠していたピンク映画未体験の人たちに気軽に来てもらいたいから、快適な場内環境にする手間ひまは決して怠らない…と、谷口氏は語る。トイレも男女別々に設けているのも女性への配慮だ。「同じ観るなら綺麗な場内で気持ちよく観たいじゃないですか。どんどん女性の方もグループで来てもらいたいですね」ちなみに『本町館』ではゲイのお客様を完全にお断りしている。「関西にもそういう映画館がありますけど、そういった雰囲気が嫌だというお客様がウチに来てくれるし、映画を純粋に楽しみたいという常連さんが多いので、売り上げよりも今までのお客様を大事にしたいからお断りしているんです」場内で徘徊される方がいると報告があれば、谷口氏はすぐに注意をしている。あくまでも映画館は映画を楽しむ場所…厳しいと言われても映画館である以上は売り上げよりも大事に守って行きたいと谷口氏は力強く語ってくれた。(取材:2015年4月)


【座席】 85席 【住所】 京都府京都市東山区本町8-75 【電話】 075-561-4220


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