熊本県の南部に位置する工業都市・八代市。駅前から5分ほど歩くと水路に沿った路地に面して成人映画館『八代駅前東映』がひっそりと建っている。現在、86歳になる経営者、梅崎忠伸氏は「あと何年やれるかな…と思っとるですよ。でも辞めると老け込んでしまうでしょう?だから続けているようなもんですよ」とにこやかに語る。コチラの劇場が設立されたのは戦後間もなく、まだ映画が庶民にとって一番の娯楽であった昭和34年。ラバウルに出兵していた梅崎氏が復員した直後の頃だった。

「元々私の親父が、松竹の社員で、九州地区を担当していたんですよ。市内に東映(当時の東横映画)専門館“喜楽(きらく)館”という映画館を持っていて、私が復員してから『八代駅前東映』を立ち上げたというわけです。まぁ私も中学生の頃から親父に映画館の手伝いをさせられていたので、ある程度の基礎は出来ていたわけです」まだ、中学生だった頃、映画館を経営されていた先代のお父上から、映写の手伝いを命じられていたという梅崎氏。「やかましかったですからね親父は…(笑)休みの日は映写室に入れられたわけですが、フィルムを絡ませてしまったりすると“何やってんだ!”って大目玉喰らわされましたよ(笑)。当時は樽の中に水を入れて抵抗を作ってアーク灯を燃やしていた時代です」梅崎氏が、コチラの劇場を任されて間もなくお父上が亡くなり、しばらくしてから東宝の専門館“八代東宝”を設立。最盛期には市内に3館の映画館を有する程となった。

当時、時代劇や任侠映画といった作品で東映が盛況だった頃、連日多くのファンが『八代駅前東映』に詰めかけていた。また、当時は1本立ての再映を行うナイトショウ興行(入場料30〜50円程度)が人気を博して、毎日立ち見が出る程だったという。


また、ストリップなどの実演も男性ファンから好評で「八代神社のお祭りが7年に1度、土曜日に夜通しで開催されるのですが、その時期にストリップを行うわけですよ。その代わり、そういう時は昼間の興行は全然、お客さんが入らなかったですね。踊り子さんのマネージャーが昼間の様子を見て“大丈夫ですか?”と心配そうにしていましたよ(笑)」ところが夕方6時を過ぎると、ぞろぞろお客さんが集まり始めて最後には場内のドアが閉まらなくなる程の満員状態になったという。「舞台から花道を臨時に作ったりと、色々な事をやりました」という梅崎氏の当時のあだ名は“ストリップのおっちゃん”。「駅前を歩いていると“ストリップのおっちゃん”とよく声を掛けられました」と笑う。また、昔は阿蘇郡の方まで“八甲田山”や“岸壁の母”“南極物語”“ドラゴンへの道”といった作品を移動映写機とフィルムを車に積んで公民館などで巡回興行を行っていたという。

そんな『八代駅前東映』が成人映画に転向したのが昭和46年。初期の頃は昼間を東映の一般作品を上映して成人映画はオールナイトのみの興行だった。「三本立てで、洋画のピンク映画なんか、よう入っとったんですよ」勿論、東映でも製作されていた池玲子主演の“温泉みみず芸者”などのポルノ作品も人気が高く、当時落ち込みが激しかった映画界において年々興行収入が増加の一途をたどり、昭和54年度には成人映画専門館になってから最高記録を樹立する。


洋画ポルノの“ヒッチハイク”と“クライマックス”の二本立ては大ヒットとなり、ポルノ映画ではないが“世界残酷物語”も多くの観客を動員した。梅崎氏は、これら全ての作品のタイトルと上映年月日を事細かく台帳に記載しており、映画と共に歩んで来た劇場の変遷が集約されている。ただ、成人映画専門館となっても東映が配給した“ドラゴンへの道”(併映“ドーベルマンギャング”)は35日間上映を行い、記録的なヒット作となった。「当時のブルース・リーの人気は凄かったですし、宣伝に力を入れてテレビでかなり告知しましたから…でも普段はポルノ映画をやっていたから、まさかお客さんは“ドラゴンへの道”をやるとは思っていなかったらしく、ポスターを見たという方から結構、問い合わせがきましたよ」しかし、成人映画の人気もそう長くは続かず、昭和55年から少しずつ再び下降線をたどり始める。「夢よもう一度ですが、こういう事は二度とないですね…よく当時の松竹の支社長とかと“良い時代だったね”と話してましたよ」

最盛期には、プリントを送るのに、上映が終了した翌日に別の場所で掛ける…というのが多かったと当時を振り返る梅崎氏。「東映は、正月前に特別に九州で7本あったプリントを回してくれて、ただ正月が終わったらそれをすぐ大阪に送らなくてはならず。今みたいに送った翌日に到着なんで出来ないわけですよ。そこで国鉄の知り合いに頼み込んで、博多までプリント7本を持って行って急行列車に積めば、翌日大阪駅で東映の社員が待機していて引き取るといった事をしていました」





今は、昔から働いてくれているおばあさんと二人で細々と経営しており「夕方6時半までにお客さんが入らなければ閉めて、たまに常連さんがブラ〜っと来る時があるので、そんな時だけ上映しています。まぁ、趣味でやっているみたいなもんですよ。お客も“せっかく楽しみにしているんだから止めるなよ”と言ってくれているので皆で楽しくやっているような感じでしょうかね」。九州新幹線の停車駅が新八代になったおかげで、現在は、閑散としている八代の駅前。昔は八代駅に特急が止まるため、時間待ちの人が来てくれていたというが、今では観客の殆どが常連さんとなっている。「年輩の人が多いでしょう…最近見かけないなと思って新聞の死亡欄を見たら名前が載っていた…なんて事がたまにあって、お客さんは年々減る一方ですね」と語る梅崎氏。全国の成人映画館で起きている現象と同様の事がコチラでも起きているのだ。DV上映ではなく35mmのフィルム上映にこだわっている梅崎氏だが、今まで三本立てだったのを昨年から二本立て上映に切り替えている。現在は、大蔵映画と新東宝2社の作品を上映している。「本当は昭和50年代の良い時代に息子に跡を継がせるつもりだったんですよ。その時に、映画関係の友人から“今は良くてもこの先、どうなるか分からんばい”と言われ、もう私の代で終わりにしようと思ったわけです」と語る梅崎氏は最後に「今は確かに悪いけど、ポルノ映画で家が一軒建ちましたから…まぁ感謝せねばならないですね」と笑った。(取材:2010年5月)


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