北海道南部に位置する函館市は、季節を問わず多くの観光客が訪れる道内屈指の観光地だ。青函トンネルが開通するまで北の玄関口で、青函連絡船と駅を結ぶ連絡通路では乗換えの乗客が大移動する光景が名物だった。その様子は昭和39年製作の石原裕次郎主演作夕陽の丘≠ナ描かれており、連絡船から大勢の荷物を抱えた乗換えの乗客が走る姿が収められていた。この映画で裕次郎が降り立つ函館駅は昭和17年に建てられた四代目の駅舎で平成15年に改築されるまで使用されていた。船をモチーフとした新しい駅舎に生まれ変わる1年半前の平成13年12月22日。函館初のシネコンスタイルの映画館『シネマ大門』がオープンした。1階がパチンコ店(現在閉店中)、6階に映画館、7階に飲食店がある複合ビルとして設立された。そしてビルの2階から5階までは駐車場になっており当時の映画館としては画期的だった。そして、平成17年には館名を『シネマ太陽函館』に改名して現在に至っている。 |
運営する太陽グループは、パチンコ店などのアミューズメント事業やリゾート・社会福祉事業など幅広く手掛ける北海道を拠点とする企業だ。そんな太陽グループが松風町に『シネマ太陽函館』を設立したのは、函館市から「駅前に元気を取り戻せる人が集まる場所を作って欲しい」と話を持ちかけられたのがキッカケだった。かつてこの界隈は戦後間もない頃から10館以上の映画館が軒を連ねる市内有数の映画街で、週末は人とすれ違うのもやっと…というほど賑わっていた。松風町までは駅から歩いても10分程度だが、せっかく函館に来たのだから市電に乗って向かう。飲食店や居酒屋が建ち並ぶ繁華街を過ぎると5分足らずで松風町駅に着く。昭和の時代に栄えた街も時代と共に映画館の数も減り続け、すっかり静かになってしまった。だからこそ函館市は道内各地で幾つもの事業を展開してきた太陽グループに街の立て直しを依頼されたのだ。そして若い時に松風町でトランペットを吹いていたという太陽グループ会長の東原俊郎氏は、思い出の場所に再び活気を呼び戻そうと立ち上がった。 エレベーターで6階に上がると『シネマ太陽函館』のロビーだ。取材で訪れた木曜日はサービスデーで、平日ながらも小さな子供を連れた家族やカップルなどで賑わっていた。ちょうど上映が終わったところで、お客さんが作品や出演者について話しながら場内から出てきた。ロビーでは男の子がお父さんにこれから観る映画の説明を熱心にしてる。そんな様子を見て感じたのは皆さんとても良い表情をされていることだ。この映画館は地元の人たちにとってかけがえの無い場所なのだろう。今年の3月に『シネマ太陽帯広』から赴任された支配人の柏浦亜紀恵さんも「面白かったよ」とか「楽しかったよ」と帰りがけに声を掛けられたり、「この作品を待っていたのよ〜!」と嬉しそうに入場券を購入されるお客様の顔を見るのがとても嬉しいと述べられる。「太陽グループに入社して24年。長年勤めてきた帯広と函館では地域性の違いを感じて戸惑うこともありましたが、函館って一度認めていただいたらものすごくフレンドリーになる土地柄なのです。ですから他所から来た私にも今ではとても温かく接してくれているんですよ」創業メンバーとしてアルバイトから現在の経歴をスタートした柏浦さんは、上映作品の選定も全て担当されている。「私は勿論、映画が好きですが、入社当時から変っていないのは映画館≠ェ好きということです」長年、柏浦さんとお客様の間をつなぐのはいつも映画館という場所だった。「せっかく貴重な時間を使って映画を楽しみに来て下さるのですから、お客様の思いに寄り添いながら現場に立っています」 |
現在のお客様は小さいお子さんがいるファミリー層からシニア層まで幅広く、ご多分に漏れず他の地方都市と同様に函館も高齢化が進んでいるため平日の朝はシニア層をターゲットとした邦画を中心にプログラムを組んでいる。平日の夕方になると学校帰りの学生さんや仕事帰りの社会人が増えてくる。下校途中の高校生が友だち同士で立ち寄ってワイワイ言いながらスナックやドリンクを買う姿が見られる。珍しいのは観光客の姿を見受けられるところだ。「たまに中国やフィリピンから来られたという海外の方もいます。これは函館が観光地だからかも知れませんが、皆さん大きなバッグを持って来場されてますよ。残念ながらスタッフは英語が話せるものが少ないため、翻訳のアプリを駆使しながら対応しています」と語ってくれたのはスタッフの深江里歩さんだ。またアニメや韓国アイドル系の作品も強く以前BTSの作品を上映した時には、何回も通われたという根強いファンが劇場スタッフに「ありがとうございました!本当に楽しかったです」とお礼を言われたという。 昨年公開されたアニメの最新作名探偵コナン 100万ドルの五稜星≠ェ函館を舞台にしていたため、それを目当てに海外のファンが訪れた。「やはり現地で観たいというファンの方が多く、私も名探偵コナン≠ェ好きだったので、嬉しく思いながら対応させていただきました。皆さん英語の字幕がなくても観たい!という熱量でしたよ」今は聖地巡礼という新しい観光スタイルも確立され、市では観光名所のスタンプラリーや電車やロープウェイの車内アナウンスをコナンの声で案内するなど盛り上がりを見せた。こうした函館を舞台とした作品は昔から数多く作られており、ロケ地の宝庫と言っても過言ではない。異国情緒溢れる街だから日活の無国籍アクション映画にとって函館は格好の舞台で、前述の夕陽の丘∴ネ外にも小林旭主演のギターを持った渡り鳥≠熏られている。等身大の函館を描いて印象に残るのは降旗康男監督の居酒屋兆治≠セった。高倉健演じる小さな居酒屋の亭主の元には、毎晩多くの客が集まり観光地ではない潮の香りが漂う函館を描いていた。こちらが昭和の函館とするなら、平成の函館を描いた代表作は森田芳光監督のキッチン≠セ。吉本ばななの原作では特に函館と明記しているわけではないが森田監督は原作から掴み取ったイメージで舞台を函館に設定した。この映画の核となるのは街を東西に走る長閑な市電だった。原作の持つ透明感を求めてロケ地に函館を選んだ監督の狙いは充分に理解出来る。 |
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コロナが明けた以降も函館でロケ撮影をされた作品がますます増えており、上映が実現した作品はコチラで舞台挨拶を行っている。昨年公開された函館の中学校を舞台としたおいしい給食 Road to イカメシ≠ナは主演の市原隼人が舞台挨拶に登壇されて会場を盛り上げてくれた。こちらの作品に関してはテレビドラマ版から函館の中学校が舞台だったため公開前から既に密かに盛り上がりを見せていたという。話は変わるが現在の函館市長は俳優・大泉洋のお兄様ということで、函館市民も大泉洋が出演されている映画はヒットさせようと応援されているそうだ。シニア層を中心に根強い人気があり、映画のチケットを買う時も映画のタイトルではなく「大泉さんの映画を一枚」と購入されているのが微笑ましい。前述のようにロケ地の聖地巡礼をされる観光客も増えており、ここ数年は従来とは異なる映画の街ならではの新しい観光が誕生している。そんな現象も手伝って、最近は『シネマ太陽函館』に初めて訪れる方も増えてきた。「そんな方にもまた来たいと思っていただけるよう丁寧な説明を心掛けています」 |
スタジアム形式の4つのスクリーンは、迫力ある音響とキネット社製の椅子を導入して、映画館で映画を観る楽しみと素晴らしさを幅広い層のお客様に届けられるよう工夫をされている。チケット販売はネット予約と自動券売機を導入されているが、シニアのお客様も多いため完全にデジタル化はせずに対面販売でも対応している。そのおかげで顔を見ながら丁寧な接客が出来ているのでお客様も安心されているようだ。中にはスタッフよりも映画に詳しい常連さんがいたり、作品を決めずに来館後にスタッフと話をしてから決める方もいたりと、お客様も千差万別だ。「皆さんどこから情報を仕入れて来られるのでしょうか…とにかくよくご存知です。時々、作品の入り状況について聞かれることもあって、ひと通り質問されるとそうか…じゃあ入ろうかな≠ニチケットを購入されたりするんですよ」時にはチラシを持参されて「これを観たいんだけど」とリクエストされる方もいるそうだ。「とにかく皆さんの情報網はすごいですよ。そんな人たちが楽しみにして来て下さっているのはありがたいです」 |
最近はようやくコロナも落ち着きを見せて、函館市内でも以前の日常を取り戻しつつある。今、改めて振り返るとコロナ禍で体験したことは忘れられないと深江さんは語る。「中でもコロナ禍で公開された劇場版 鬼滅の刃 無限列車編≠ヘ忘れられません。ずっと家にこもっていた皆さんが、久しぶりに大きなスクリーンで観たい!と思って来ていただいたのに、席を間引いての販売だったので、観られないお客様がたくさんいらっしゃいました」時には厳しい声を投げ掛けられたこともあったという。映画館が再開したのは喜ばしいが、裏側ではこうした混乱が続いて厳しい対応が迫られた事実も見過ごしてはならない。「そんな中でも皆で頑張ろうね!と励ましあったことは今後の役に立ったと思います」お客様の中には優しく気遣ってくれたり、感謝の言葉を掛けてくれたり、これが何よりも励みになったという。「当時は確かに大変でしたが、そのおかげでどんな状況でも対応出来る…という自信に繋がったと思うのです」コロナが明けて現在の状況は、意外にも自然に以前の日常に戻っているようだ。ただ完全に元に戻ったのではなく、総体的に見て以前よりも入場者が減っているように感じるという。レイトショーやモーニングショーといった割引される時間帯に来ていたお客様が少なくなった…というよりも割引の有無に関係なく、自分たちの観たい時間に来場される方が実は以前から徐々に増え始めていた。それがコロナ禍によって拍車が掛かったのかも知れない。外に出られなかった時期に自宅でも快適に過ごせるよう環境を整えたことも要因のひとつと推測される。 しかし、映画館の良さは大きなスクリーンと大音響だけに留まらない。いくらDIYやサブスクで自宅の環境を充実させたとしても自宅の部屋で過ごす限りは、所詮いつもの日常でしかない。映画館で映画を観るという行為は「コト消費」だ。わざわざ着替えて家を出るところから非日常体験は始まっている。エレベーターに乗って、チケットを買って、お菓子やドリンクを買う。ざわつくロビーに気分も高まり、それからいよいよ場内に入る。映画が終わっても非日常体験はまだ終わらない。映画の感想を話したりしながら次は何を観ようか?なんてポスターやチラシを眺める。そんな映画が終わって場内から出てくるお客様の表情を見るのが何よりも楽しみと柏浦さんは言う。「例えば、入る時は元気がなかった方が出てくる時はサッパリされていたり…ちょっと納得いかないお顔をされていたり。この数時間で人生観が変わったとか、楽しい気持ちになったという表情を見るのがすごく好きなんです」こうした映画館の体験は子供たちにとってもかけがいのないものになるはずだ。仮面ライダーの映画を観て強くなったような表情を浮かべる男の子やプリキュアを観てお姫様みたいにクルクル回る女の子たちが上映後のロビーのあちこちで見られる。「そんな様子を見るとやっぱり映画館ってイイなって思います。お客様にそういう顔になってもらうには、どのような接客をして安心安全な環境を作っていけるかを私たちは考えます」そして最後に柏浦さんは次のように続けてくれた。「映画を観た後は皆でおしゃべりをしながら笑顔で帰ってもらえる映画館を目指します」(2025年6月取材) |
【座席】 『シネマ1』102席/『シネマ2・3』90席/『シネマ4』63席 【音響】デジタル7.1ch 【住所】北海道函館市松風町2-8大門ビル6F 【電話】0138-22-2021
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