![]() ![]() |
「日の立ち昇るところ領内一」水戸黄門として知られる徳川光圀公が、この地を訪れた時に見た海から昇る朝日の美しさを称えた言葉だ。茨城県北東部に位置する「日立」の地名は、その故事に由来すると言われている。JR常磐線で日立駅に降り立つとホームから見える太平洋の景色にその言葉の意味が理解できる。日立市は「この木なんの木、気になる木…」で有名なCMソングの日立鉱山と日立製作所を中心とする日立グループ発祥地で企業城下町として栄えてきた。そんな街に「日の立ち昇る」から名付けられた映画館『シネマサンライズ』がある。駅から車で15分ほどの場所にあった市が運営する公設市場の跡地に、令和2年3月19日に設立されたショッピングセンター「シーマークスクエア」内に同時オープン。「当時の街にはショッピングセンターが無かったので、地元の人たちがお買い物ついでに気軽に立ち寄ってもらえる映画館を目指して設立しました。スクリーンがひとつしかないのでシネコンとは違うお客様との距離が近い温かみのある映画館でありたいと思っています」と語ってくれたのは支配人の成田恵美さんだ。 日立市は20年もの間、映画館が無い街だった。街には市民から「映画館を作って欲しい」という声が多く寄せられていただけに『シネマサンライズ』への期待も高かった。「地域の皆さんの期待を背負ってのオープンだったので、映画館が出来たことを大きく宣伝して、ショッピングセンターもイベントを計画して盛大に盛り上がる予定だったのですが…」そんな矢先にコロナが猛威を振い始め、オープン翌月から1ヵ月もの休館を余儀なくされた。そんな状況下で成田さんたちスタッフが行ったのは、何はともあれ映画館が始まったことを周知してもらうことだった。「あの時は、ほぼマイナスからのスタートでした。ショッピングセンターにはポスターの掲示場所を増設してもらい、市役所や駅、市内の企業にポスターを貼らせてもらえるようお願いに回りました」地元のケーブルテレビやコミュニティFMに、成田さん自ら出演して上映作品の宣伝をするなど地道な活動を続けると少しずつ市民の間にも認知されてきた。 『シネマサンライズ』に転機が訪れたのは劇場版 鬼滅の刃 無限列車編≠セった。ファースト上映から遅れての公開だったにも関わらず連日多くの市民が訪れたのだ。「コロナ禍では新作も公開されず単館系の作品が中心でした。ですから初めてのメジャー系アニメだったので、これだけのお客様が来るとは想像していませんでした」ずっと観客が少ない閑散としたロビーを見て来た成田さんは入場の列が出来る光景を見て「やっと映画館らしくなってきたなぁ…」と感慨深く感じたそうだ。来場されたお客様の中には「ここに映画館があったんだね」と初めて知った方も多く「映画館が近くに出来て嬉しい」という声も多く寄せられた。ある意味この日が『シネマサンライズ』第二の出発点と言っても良いかも知れない。現在の客層はファミリーとシニア層がメインとなっており、平日午前中はシニア世代の姿が目立つ。駅で言えば二つ隣の近郊にお住まいの方が多く、最寄りのシネコンまで車での移動が困難な高齢者にとって、徒歩圏内の映画館はありがたい存在となった。実際に日立市の高齢化率は全国平均よりも高めの3割を超えており、親子三代で楽しんでもらえる作品を提供したいと考えている。「スクリーンがひとつなので最新作は難しいのですが、お客様から2〜3ヵ月待つから上映して欲しい…と、嬉しいお言葉をいただいています」 |
コロナも収束の兆しが見えた令和4年。成田さんは地元企業の方からある映画を教えてもらった。それが昭和34年に製作された石原裕次郎主演の日活映画今日に生きる≠セった。当時は正に裕次郎フィーバー真っ只中。何と本作は日立でオールロケされており、ポスターにも裕次郎の背後にある日立鉱山に立つ大煙突が確認出来る。ラストシーンで街を去る時にトラックの荷台に乗る裕次郎が「山の煙突が見えなくなるまでここでお別れだ」というセリフで映画は終わる。「企業城下町である日立市の人たちにとって、この大煙突と日立鉱山、日立製作所、日立セメントは特別な思い入れがあるのです。だからこの映画を上映したら面白いのではないかとお話をいただいたのです」大正3年12月20日に完成した当時世界一の高さを誇る大煙突は、市内のどこからでも見える街のシンボルだった。映画の中で裕次郎が働く運送会社の背後にそびえ立っており、街に蔓延る悪事から幸せな家庭を育む家族を見守る存在として描かれていた。だからラストシーンの裕次郎のセリフが効いてくる。また、令和元年には大煙突が出来るまでの道のりを描いた映画ある町の高い煙突≠ェ製作されている。 そこで今日に生きる≠7月から1週間特別上映を夜の回のみ行ったところ「これがシニアのお客様を中心に大ヒットしたんです」と成田さんは驚きを隠せなかった。何と数ある新作の動員数を大きく上回ったのだ。「お客様から感謝の言葉とともに、裕次郎を見たくて学校をさぼったお話や、家の近くに泊まっていたので遊んでもらったという素敵なエピソードを聞かせてもらい、とてもうれしかったです」思わぬ反響を呼んだ本作では、シニアの方から「夜は出歩くのが難しいので昼にも上映してほしい」という声が多く上がったため、2ヵ月後にお昼の時間帯でアンコール上映を行った。「これも大反響でした。その時の1日の平均動員数は今でも当館のギネスとなっています」昔の映画はシニアの方には懐かしく、若い方には新鮮に感じたのではないか?と成田さんは分析する。「その時に感じたのが、映画館はただ映画を流すだけの場所ではなく、同じ映画を観た人と人が触れ合ってお話が出来る場所なのですね。この映画は私自身の励みにもなって、この仕事を続けて行こうと思ったのです」 この興行の成功と昔の名作を映画館で観たいという要望を多くいただくようになり、『シネマサンライズ』の看板番組である「お昼の昭和名作劇場」につながる。今では毎月1回1作品の1週間特別上映は、今年で30回目を迎える名物企画となった。石原裕次郎を中心に、赤木圭一郎や吉永小百合など昭和を彩ったスターの作品を大スクリーンで観られるということで毎月楽しみにして来場されるリピーターも増えた。「来月は何をやるの?って、お客様からもよく聞かれるんですよ」通常興行よりも比較的男性のお客様が多いのが「お昼の昭和名作劇場」の特徴で「あの当時は働いていて映画を観に行く時間なんて無かったんだよ。だから今はこうやって昔の映画を観られて嬉しい」と喜ばれる方が多いという。 |
![]() ![]() ![]() |
現在はロビーにアンケートBOXを設置して作品のリクエストが出来るようになった。現場から上がってくるお客様からの生の声を可能な限り吸い上げてくれている。「チケット販売を対面でも行なっているので、結構お客様と触れ合う時間が多い映画館なのです。当日券を購入される際にお客様から、この映画はやらないの?と聞かれることが多いので、そうした声やアンケート結果を大切にしています」また、中高年世代以上のお客様から要望が多いのが意外にもミュージック系という。やはり1970年代に流行っていたフィルムコンサートに慣れ親しんできた世代だからだろうか「エリック・クラプトンやその時代の作品を上映すると結構シニアのお客様がお見えになるんですよ」シネコンではライブビューイングが若い世代に人気があるが、洋楽やニューミュージック等じっくり聴かせるアーチストだと数字的に弱い傾向にある。そこを逆手に取って中高年からシニア層が多いコチラではミュージック系を積極的に上映しているというわけだ。「以前、中島みゆきさんのライブフィルムをやったところ反響が良かったのです。やはり50〜60代の方が多く最近は固定のお客様も増えてきました。新作の情報を入手した常連のお客様は、いずれウチでやると先読みして待たれる方もいらっしゃいますよ」 「シーマークスクエア」の床にはエントランスからフィルムがデザインされたシートが映画館まで続く。隣接するゲームコーナと映画館が一体化したアミューズメント空間となっており、床のフィルムに導かれて進むと気分が自然と盛り上がってくる。「私が映画の仕事に携わったのは、ここが初めてでしたので、しばらくは手探り状態で仕事をする日々を過ごしていました」映画が好きだった成田さんが映画館を担当出来たのは嬉しいという気持ちと共に期待値も大きかった。「コロナ禍というマイナスからのスタートだったので、私も映画館と一緒に成長して行けたらと思います」と続ける。そんな成田さんも2年前から責任者として運営を任されるようになった。映画が終わって出てきたお客様から「この映画すごく良かった」とか「ここでこの映画をやってくれたから観に来たんですよ」などと声を掛けてもらうことが日々の糧になっていると語る。「時々ゲームコーナーを利用される家族で、ポップコーンだけ購入しても良いですか?と恐縮して買いに来るお父さんがいらっしゃいますけど、ゲームコーナーと映画館が互いに相乗効果で盛り上がれば良いと思っています」 |
![]() ![]() |
『シネマサンライズ』特長は何と言っても700インチの大スクリーンと座席数350席という開放感のある広い場内だ。両サイドが湾曲している大スクリーンは、どの席からでも迫力ある映像を堪能出来ると評判だ。「お昼の昭和名作劇場」で上映される昔の映画を大スクリーンで観ることが出来るなんて、唯一無二の贅沢な映画体験が出来る映画館なのだ。「年配のお客様からは懐かしいという声と共に大きなスクリーンは迫力があって見応えがあると喜んでいただいています」家庭のテレビやスマホでは得られない大スクリーンの迫力を若い世代にも伝えていきたいという成田さん。今後は映画だけではなくeスポーツなどのイベントにも挑戦していきたいという。 そして新しい活動として行なっているのは、今年で3回目の「ひたち映画祭」だ。豊かな自然環境を全国にアピールすると共に日立を映像クリエーターの発信拠点にしたいという思いでスタート。クリエーターからテーマに沿った15分程度のショートフィルムを募集して当日グランプリを決定する。昨年は「平和へのあこがれ」をテーマに映画監督・錦織良成氏や女優・宮崎美子さんらが審査を行った。入場料は無料で応募46点の中から8作品を上映、全席が完売される大盛況となった。また普段は近隣の高齢者施設から団体予約を受付ており、入居するお年寄りが映画観賞をされている。映画館で映画を観ることに慣れ親しんできた世代のお年寄りにとって、懐かしい映画を観賞して語り合う機会を提供するのは素晴らしい活動だ。「こうした高齢者施設や子供会といった団体のお客様に映画館に来て楽しんでいただける働きかけをもっとしていきたいと思います」(2025年5月取材) |
【座席】 350席 【音響】7.1ch 【住所】茨城県日立市東滑川町5丁目1-3 シーマークスクエア内 【電話】0294-32-5805
|