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北海道中南部に位置する室蘭市は製鉄の街として知られる北海道有数の工業都市である一方、近くには野生動物が生息する手付かずの自然が残されている。JR室蘭本線の特急列車では、エゾシカなどの野生動物との衝突を避けるため徐行運転をしていると社内放送が普通に流れる。また沖合はクジラやイルカの生息地として知られており、ハイシーズンには多くのウォッチャーが訪れている。中学二年の夏休み。室蘭本線の起点となる東室蘭駅にある父の実家に遊びに行った時、支線の終点にあたる室蘭駅まで足を延ばしてアーウィン・アレンが監督したパニック映画スウォーム≠観に行った。それが現在の『ディノスシネマズ室蘭』の前身である『室蘭劇場』だ。当時の室蘭駅は学校や商業施設が多く、駅前は今よりも栄えていて、4つの映画館が入る「須貝アミューズ会館」という須貝興行が経営するレジャービルがあった。このビルには映画館以外にもボウリング場やビリヤード場といった遊戯施設の他にサウナが入っており、店舗の構成としては札幌の「須貝ビル」と同じで、フロアによっては子供心にちょっと足を踏み入れにくい大人の社交場という印象が強かった。 『室蘭劇場』が室蘭市中央町に単独の映画館としてオープンしたのは昭和30年7月。須貝興行が近代的な洋画上映館を道内展開の足掛かりとする旗艦劇場だった。そして昭和37年には、北海道では札幌市、旭川市に次いで須貝興行が運営する3番目の70ミリ上映館となった。その後『室蘭劇場』を取り壊して跡地に「室蘭アミューズ会館」を昭和41年に設立。ビル内に356席の『室蘭劇場』の他に300席を有する洋画専門の『グランド劇場』と170席の日活上映館『ミカド劇場』をオープンさせた。ここで感心させられたのは時代の流行り廃りに合わせてビルのレイアウトを巧みに変更する須貝興行の営業戦略だった。ブームが去るとボウリング場だったフロアを映画館に改装したり、フロアを分割して小さな映画館を増やすなど緩急自在にビルの中身を改変していったのだ。平成7年には『室蘭劇場』を含む「須貝アミューズ会館」が閉館されて劇場の看板は姿を消すこととなり、市内における映画興行は東室蘭駅西口の繁華街・中島町にあった二つの映画館『シネマロキシ』と『中島映画劇場』を残すのみとなった。 |
それから4年後の平成11年11月20日。駅東口にワンフロアのロビーを中心に4スクリーンを有する市内初シネコン形式の映画館『室蘭劇場』が復活した。それが現在の『ディノスシネマズ室蘭(壁面に掲げている看板は室蘭劇場のまま)』である。「新しい形状の映画館ということでどんな館名にするか?社内で話し合っていたのですが、やっぱり古くから室蘭市民に親しまれてきた名前が良いということで館名を復活しました」と語ってくれたのは支配人の舩木孝麿氏だ。「ちょうど交代したばかりの社長が室蘭出身で、室蘭で新しい映画館を設立することに、思い入れが特に強かったのです」舩木氏が室蘭に映画館担当として赴任されたのは平成9年のこと。「ちょうどもののけ姫≠ェ公開された年で映画館も盛り上がっていました」正にこの時期はアルマゲドン∞踊る大捜査線 THE MOVIE≠サしてタイタニック≠ェメガヒットを記録していた頃だ。「おまけにポケモン<Vリーズが始まったわけです。これから映画は行けるぞ!という空気になっていました」そうなると当然のことながら広い室蘭市内に映画館が2館しか残っていない状況は、見す見す機会を見逃すことになる。「タイミング良く中島町に道路拡幅工事の計画があって、その計画上に位置する映画館を撤去すると保証金が入るということで、それを元手に新しい映画館を作りたいという社長の思いが合致したわけです」そこで目を付けたのが既に経営をしていたボウリング場(現ディノスボウル室蘭)に隣接していた駐車場だった。「それまでは駅を挟んで離れた場所にあった映画館をボウリング場の隣に設立することで複合レジャー施設として集約させることが出来ました」 |
駅から歩いて10分ほど。『室蘭劇場』は国道に面したボウリング場の奥にある。目に鮮やかな青の壁面に大きく掲げられた看板が目印だ。1階部分が全て駐車場となっており開場前から次々と車が吸い込まれて行く。そして階段を2階に上がって行くと広いロビーが現れる。チケット窓口を兼ねた受付と売店を中央に配置して対面には4つのスクリーンを配置。まだスクリーンごとに独立した映画館が主流だった時代でシネコンスタイルのレイアウトは画期的だった。「道内最大4スクリーン 迫力のデジタルサウンドが映画を変える!」と、大々的にオープンを告知するポスターを掲示して、お客様の反応も大きかったのでは?と思ったが「オープン当初は数字が上がらず大慌てでしたよ(笑)」と意外な答えが返ってきた。「結局、映画館はオープン時に上映する作品次第なんです。お客様も新しい映画館が出来たからといって、観たい映画が無いと来ないということがよく分かりました」こけら落としの作品はエントラップメント≠竍エリザベス≠ネど、正月興行の前だったこともあって、都内でも振るわなかった作品がラインナップされていたので舩木氏の言う意味は理解出来る。「それまではタイタニック≠ニか成績が良かった作品が続いていただけに目玉の作品が無かったというわけです」そんなオープン時の動員数は思わぬ苦境に立たされたものの、その後はヒット作が続き、中島町にあった『シネマロキシ』と『中島映画劇場』は平成12年に閉館して、市内には『室蘭劇場』の4スクリーンのみとなったが、その翌年にはハリー・ポッターと賢者の石≠竍千と千尋の神隠し≠ェ公開され、記録的な観客動員数を叩き出した。 |
舩木氏が須貝興行に入社したのは平成4年。一年は札幌のスガイビル1階のゲームコーナーで勤務し、翌年から帯広市のゲームコーナーを担当された。「ちょうどUFOキャッチャーブームが起こった頃でした。それからずっとゲーム担当でしたが、映画は好きだったので時間があったらよく映画を観ていました」映画館だけではなくレンタルビデオ店にも通って昔の映画を片っ端から借りまくっていたいたという。「当時よく話していた映画館の支配人が、そんなに映画が好きならば映画館に異動させてもらった方が良いんじゃないか?と、会社に掛け合ってくれたおかげで室蘭に来ました」当時はもののけ姫≠ェ大ヒットしている真っ只中で「立ち見なんて当たり前の時代で、とにかく入れられるだけ入れろ!っていう感じでロビーは大混雑でした(笑)」その後『室蘭劇場』のオープニングスタッフとなったわけだが、ようやく客足も上向きになった平成12年3月から舩木氏は再びゲームの担当となり『室蘭劇場』から離れることとなった。「この時の異動でもう映画館に戻ることは無いのかなって思っていました」ところが…平成29年にこちらの支配人の空きが出て、幹部の中で唯一映画館経験者だった舩木氏に白羽の矢が当たったのである。「17年ぶりに映画館に戻って来た時は環境が一変していました。映写機もフィルムからデジタルになって、売店からは既成のお菓子のショーケースが消えてフライヤーなど厨房機器が設置されていました。復帰してしばらくは慣れるまで大変でしたね」と当時を振り返る。 明治42年から鉄の街として栄えた室蘭は、現在も特定工業地区として北海道経済の柱となっている。「ただ…映画館がオープンした時から人口が2〜3割も減っており、街にパワーを感じられなくなったのも事実です」勿論、映画やカラオケのような娯楽はある程度の需要があるため景気に左右されることは無いが、近年はライフスタイルの多様化によって、大ヒットか全く入らないか…二極化が増えているそうだ。こちらでは映画のクーポン券や割引券を近隣の街に配るなど地道な営業活動をされており、それを持って来場されるお客様から、伊達市から登別市までの胆振地域の西側が商圏であることが分かった。客層はシニア層とファミリー層が中心で、ちょうど働き盛りの世代が抜けている状況だ。「市内には若者が求める仕事が無いので、その世代が外に出て行ったのです。作品で例えるとミッションインポッシブル/ファイナル・レコニング≠ヘ、字幕と吹替のどちらが好まれるかというと圧倒的に字幕なんですよ」つまり初期のミッションインポッシブル≠ゥら観てきた世代(洋画は俳優の生の声で観るべきという字幕にこだわる50歳以上の人たち)が主流なのだ。「そもそも若い人の中にはトム・クルーズを知らないという人もいるくらいですから(笑)逆にマーベル作品は若い人が多く吹替が好まれます」だから大ヒットと言われている程には若い人が来場していない…という報道と現場の間で乖離が起きているのだ。「今さらかも知れませんが映画館が最初の中島町のままだったら、もう少し若者の数字が上がった可能性もありますが、今のままではさすがにキツイな…と思いますね」つまり現在の室蘭は、大きな街にお店が点々と虫喰い状態になっているため若者が回遊しずらくなっているというのだ。「今の人口減少を考えるとどこまで出来るか分かりませんが、将来的にパワーセンターのようなイメージで街づくりを考える必要があると思います」 |
上映作品のセレクトは本部で行い一日のスケジュールは劇場で組み立ている。年配が多い平日の午前は邦画の人間ドラマ、休日はファミリー向けアニメを中心に構成している。4スクリーンしかないためどうしてもテレビで多く宣伝されている話題作が中心となるが、その合間を縫って単館系作品を挟んでいる。過去のヒット作は一位はダントツで劇場版 鬼滅の刃 無限列車編≠セった。「それまでコロナ禍で掛けられる映画が無かったので、ものすごいお客様でした。ここまで来ると年齢層は関係ないですね。全世代の人たちが観に来ていました。コロナに警戒する高齢の方も来られていましたよ。そうなれば興行収入が100億行くのだ…と思いました」それまでは行政からの指導通り座席を1席ずつ間引いていたが、全国興行生活衛生組合連合会(全興連)の会長が尽力してくれたおかげでこの映画から全席開放が実現した。「やっぱり発言力が必要なんだなぁと思いました。多くの映画館が救われたので本当にありがたかったです」 2位以降は千と千尋の神隠し∞ハリー・ポッター<Vリーズが続き、他にもワンピース≠竍名探偵コナン≠ネどファミリー向け映画に人気が集中している。意外なところで予想を裏切ってスマッシュヒットを記録したのはインド映画のRRR≠セった。「あの頃は会社の体制が変わったばかりで、どんな作品をやっていったら良いか模索していた時期でした。ちょうど他館で上映して話題になっていると聞いたので本部に問い合わせてみたんです」まだ近隣の映画館でも上映していなかったので上映したところ多くの観客が詰めかけたのだ。「ここから遥か120キロ西にある今金町からRRR≠上映していると聞きつけて観に来てくれた方がいたほどです。映画が終わると皆さんニコニコして出て来られて…あれは本当にやって良かったです」このように映画の内容に紐づいて来場されるお客様を予測するのは難しいが、どこまで多くの人たちに情報を届けられるかが映画館の課題だと舩木氏は述べる。「やっぱりやる以上は多くの人に観てもらいたいですからね」そして、観に来てくれた人たちに、観終わった後の余韻をどう提供して次に繋げられるか?も大切だと続けてくれた。「私自身も面白い映画を観た後は壁に貼っている写真を見て余韻に浸るので、ロビーの演出は重要だと思ってます。それを見たお客様がまた来たいと思ってもらえることを信じてやり続けています」と最後に思いを語ってくれた。(2025年6月取材) |
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【座席】 『スクリーン1』154席/『スクリーン2』126席/『スクリーン3』100席/『スクリーン4』100席 【音響】5.1ch 【住所】北海道室蘭市東町4丁目31番3号 【電話】0143-41-4232
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