京都からJR琵琶湖線新快速に乗って1時間足らず…滋賀県北東部に位置する琵琶湖畔の街・彦根市は、彦根城の城下町として歴史的建造物が建ち並び、多くの観光客が訪れている。観光業以外にも仏壇・バルブ・ブラジャーが主要産業として(その頭文字から3Bと呼ばれている)発展してきたが、近年は「映画のロケ地」という新しい側面も見せている。江戸時代初期には中山道の宿場町として栄え、戦時中も比較的空襲の被害を受けなかった事から昔の街並が当時のままの姿で遺っており、そこが映画人たちの目に止まったのだ。味わい深く落ち着いた街並は、時代劇は勿論、現代劇にも数多く舞台として使われて来た。そんな映画のロケ地として注目を集めている街に、平成8年4月26日より操業を続ける映画館『彦根ビバシティシネマ』がある。運営するのは、戦後間もない昭和28年より滋賀県内で映画興行を続け、最盛期には彦根城の近くでゲンゲキという愛称で親しまれていた『彦根映画劇場』を筆頭に、滋賀県下に複数館の映画館を展開していた(有)自由映画社だ。彦根駅の隣にある南彦根駅前に、湖東・湖北地域最大の売場面積を誇るショッピングモール・ビバシティ彦根の建設計画が立ち上がった時、施設管理者である平和堂から、映画館として入ってもらえないか?と声を掛けられたのが始まりだ。「その当時でウチは滋賀県で一番古い興行会社でした。もう単独の映画館の時代ではない…このお誘いをキッカケに既存の映画館を順次閉じてココに集約する決断をしたのです」と語ってくれたのは支配人を務める寺田忍氏だ。


設立当時は、商業施設と融合した先進の設備を備えたシネコン型の映画館は珍しく、県内では『彦根ビバシティシネマ』だけ。更に“タイタニック”や“アルマゲドン”などのハリウッド超大作から、社会現象を起こした“もののけ姫”や“失楽園”など日本映画もヒット作が続くという映画の当たり年が重なって、設立からしばらくは、連日、多くのお客様が来場されたという。「平日でも朝から夜まで殆ど満席という状態で、お客様の熱気は凄かったですよ」と当時を振り返る。「その頃、チケット販売は上映30分前から始めていました。時間になって窓口に行くと、知らないうちにお客様の列が出来ているんですよ。どうして並んでいるのですか?と聞いたら、そろそろチケットが売られる時間だと思って勝手に並んでいますって(笑)常連さんがまず最初に列を作ってくれていたのです。この映画館は並ばなあかん…と、勝手知ったる感じで。そこから列を作ってもらうルールが自然に出来ました」今では一週間前からチケットは購入出来るので、そのような事は無くなったが、常連さんの機転のおかげでスタッフが気づかされる事も少なくないそうだ。

こうした常連さんの中には、こんな映画やらないの?とリクエストされたり、やるんだったら少しくらいなら公開から遅れても待つよ…と言ってくれる方も結構いらっしゃるという。「4スクリーンしか無いため、全てにお答え出来ない事も多いので、本当に申し訳なく思います。でも嬉しいですよね…待ってでもウチで観ていただける常連さんがいるのは」お客様の層としては、駅から近い利便性から車を運転されない方がメインとなる。シニア層や小中学生と、お買い物のついでに映画を観に来られる女性グループが中心だ。休日にはお小遣いを握りしめた小学生が自転車で、平日の夕方には学校帰りの学生が友だちと来場される姿がよく見られる。

エントランスホールに立つと真っすぐ伸びるロビーの先にカラフルな売店が見える。そこを中心に左右均一にシアターが配置されているかと思ったら大間違い。縦横斜めにシアターが配置されており、かなり歪な形の敷地にも関わらず、最大限の座席数とスクリーンサイズを確保出来ている。導線と4つのシアターの配置が、機能性と遊び心を両立させて、無駄無く計算されているのがよく分かる。また、売店を中央に左右に配置されている休憩スペースは、エントランスから死角になっているため、映画が始まるまでゆったりくつろげる。創業時から変わらないアクリルの表示プレートが懐かしい切符売場でチケットを購入して入場すると、それぞれ独自のデザインと色分けが施されている場内に、映画が始まる前から何だか楽しくなってくる。

ロビー中央にある売店は狭いスペースにお菓子やドリンクなどをギュッと詰め込んだ映画館の名脇役として存在感を放つ。「お客様の声も参考にしながら人気のある商品だけを残しているのでコンセプトがバラバラかも知れません」オープン当時からスペースを広げていないため、お客様に喜ばれる商品だけを厳選してきた。現在は市内の洋菓子店で人気の手作りクッキーから、サーティワンやサブウェイのメニューも扱っている。中でも関西の映画館で2館しか販売していないカレースナックは、知る人ぞ知る人気の逸品。ロビー全体にほのかに漂うスパイシーなカレーの薫りがたまらない映画のお供だ。「一度は販売終了になりかけたのですが、美味しいと好評のメニューだったので、何とか製造会社を見つけ出して、直接仕入れています」カレースナックだけを購入する根強いファンがいるほどの味を興味のある方は是非体験していただきたい。ちなみに、これらの商品を購入された方は、プラス100円で腰まくらが付くリラックスセットにすることも可能だ(返却時に100円は返金される)。


前述の通り、彦根では数多くのロケをされているためご当地映画が多い。昨年のロケ作品を挙げてみても、長期ロケが行われた岡田准一主演の時代劇“関ヶ原”は、近隣の米原市と長浜市も協力したおかげで予想以上の来場者数となった。琵琶湖で開催される鳥人間コンテストの会場である事から同じ時期に合わせて撮影が行われた“トリガール”などに多くの観客が来場された。近年、時代劇だけではなく街並の美しさから現代劇のロケ撮影も多くなって来ており、小栗旬主演の“君の膵臓を食べたい”の公開後には、多くの若者たちがロケ地巡りに訪れたという。こうした街の資産を活用しようと、地元の有志で立ち上げた「彦根を映画で盛り上げる会」に寺田氏は参加されている。

「以前、彦根で撮影された三池崇史監督の“一命”の公開時に、街を挙げて応援させていただきました。旅館の経営者やお医者さん、陶芸家、ガソリンスタンドのオーナーと…色んな職業の方がボランティアで集まって、宣伝するための作戦会議をしたのが始まりなんです」やがて映画がヒットする事で、ロケ地巡りに訪れる観光客が増えて、その結果、街も活性化するという効果が表れた。「それだけではなく、街で映画を支援していると、新しく映画ロケの話しもいただけるようになりました。撮影には多勢のスタッフさんが来られるので、食事や宿泊…そういうところでも街にとって大きな利益になったのです」撮影時には会のメンバーが中心になって、炊き出しやお弁当を手配したり、人手が必要ならば地元の学生をあっという間に集める機動力を発揮する。「映画館の中にいると、お客様以外に地域の皆さんと交流する機会が無いので、酒を飲みながら皆で色んな話しをしていると色々勉強になることが多いんです」


寺田氏は他にも昨年11月下旬に開催された「滋賀国際映画祭」を立ち上げから協力されている。この映画祭は、聖泉大学と東近江市・彦根市が主体となって、世界中からエントリーされた短編映画をコンペ形式で上映。最優秀作品には10万円の賞金が授与される。東近江市は黒澤明監督作品で数多くの名作を手掛けて来た脚本家・小国英雄が亡くなる直前まで映画塾をされていた場所で、その時に生徒だった方から「小国さんから教えられた事や未発表の脚本を発表出来る場となる映画祭をやりたい」と相談を受けた寺田氏が、何とかその熱い思いを形にしようと協力して実現に至ったのだ。「こうやって、映画館から外に出て行って彦根だけではなく滋賀県を盛り上げて行けるフットワークの軽い地域密着型の映画館でありたいです」

ちなみに、昨年、日本全土を笑いと涙で席巻した“カメラを止めるな!”の上田慎一郎監督と鈴木伸宏音楽監督は、何と!滋賀県長浜市木之本町出身。学生時代に電車で1時間掛けて観に来ていた常連だった。8月末の舞台挨拶は正真正銘の凱旋上映だったのだ。「学生の頃に観に行った映画館で舞台挨拶が出来るなんて…と、ツイートしてくれたのが嬉しかったです」と顔を綻ばせる寺田氏も以前は脚本家を目指していたそう。「身体を壊して地元に戻ったので、映画を観ながら脚本の勉強が出来たら…と思い、先代の支配人にお願いしたら、だったらウチに来るか?と言ってくれたんです。作り手ではなく映画を提供する側になって、どっちが水に合っていたかは分かりません。ただ映画館という最前線にいるおかげで、お客様の反応を直に見られることを醍醐味に感じています」映画館を自分のフィールドに選んだ結果、今まで出会う事がなかった人たちとの繋がりも出来た。映画が終わって帰りがけに「面白かったよ」と常連さんから声をかけられることなんてしょっちゅうだ。自信があった作品を褒められると自分ごとのように小さくガッツポーズをする。「そうした地域の皆さんとお付き合いするのが自分の本心に近かったと思います。長い道のりでしたけど…脚本家にならなかった事を悔やんではいないです。今が一番幸せかな…と思いますね」(2018年8月取材


【座席】 『シネマ1』106席/『シネマ2』110席/『シネマ3』131席/『シネマ4』208席 【音響】DTS・SRD

【住所】滋賀県彦根市竹ヶ鼻町43-1ビバシティ彦根3F 【電話】0749-26-1002

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