1月の終わり…筑後川を挟んで佐賀県との県境にある大川市に着いた時は雪だった。西鉄柳川駅から佐賀へ向かうバスに乗って20分ほど。大川は家具の街だ。昔は筑後川上流にある日田からイカダで運ばれて来た材木の集積地として栄え、やがて木工の街に発展。現在、廃線となった国鉄佐賀線の大川駅に降り立つと木の香りが漂って来たという。そんな街の中心に平成27年10月に設立された映画館『大川シネマホール』がある。運営されているのは、ここ大川を拠点として医療・福祉に力を注いでいる国際医療福祉大学・高邦会グループだ。明治43年に創業した高木眼科医院から始まり、現在は全国に医療・福祉・教育の各分野に40の施設と1万人を超えるスタッフを擁するまでに成長…街に大学が出来た事で学生も集まっていた。

ところが、国際医療福祉大学が学生にアンケート調査を行ったところ、「地元に映画館が欲しい」「書店や商業施設が少ない」「ファミリーレストランやオシャレなカフェを増やして欲しい」といった回答が多数寄せられた。しかも、約7割の学生が「卒業後はそうした施設の少ない大川市から転出したい」と考えていることが明らかになった。このままではいけない、今、地域に必要なのは若者も魅力を感じる文化の発信拠点であり、子どもから高齢者までが世代を越えて集い、交流出来る場ではないか…と、大川に生まれ、大川を愛する同グループの理事長・高木邦格氏は、100周年記念事業の一環として文化教養・医療・福祉の機能を備えた複合施設・おおかわ交流プラザの建設に着手した。更に同プラザは、社会福祉の発展に資するために、営利を目的としない公益事業として社会福祉法人を中心に運営されている。


おおかわ交流プラザは、一階にはカフェと書店、二階に認定のこども園と三階にデイケア施設、そして四階に映画館『大川シネマホール』が入り、子供から学生…お年寄りまで、あらゆる世代の人々が集う場所となった。とは言え映画館の運営は、グループでは勿論、初めてのことであり、戸惑うことも多かったようである。オープンから数ヶ月経過してもなかなか来場者が増えない状態が続いた。そこで、学生や地域の方々に集まってもらい、「おおかわ交流プラザ運営委員会」を立ち上げ、どうすれば一人でも多くの方が映画館に足を運んでもらえるのか…正直な意見を聞くことにした。そこでは、地域の皆で地元の映画館を盛り上げて行こうという思いが伝わる的確な意見やアドバイスが続出したという。これを受けてスタッフの地道な工夫が始まったのだ。

作品も一週間切り替えに変更、一日3〜4作品を上映するように見直した。また、草の根活動で、映画のチラシを一軒一軒近所のお店に置いてもらったり、市の広報誌に上映告知を掲載してもらえるよう交渉して、来場者も少しずつだが確実に増えてきた。子どもたちの休みシーズンが近づくと近隣の保育施設や小学校にチラシを配布したり、市が管轄しているコミュニティセンターや図書館などの公共施設には会報誌を置いてもらっている。毎月発行されている会報誌の“シネマホールだより”には一ヵ月分のスケジュールが細かく掲載されており、そのおかげで最近では、映画のハシゴをされる常連も増えてきた。年末近くなると、正月休みにお孫さんが帰って来るからスケジュールが欲しいという問い合わせが多くなり、わざわざ映画館まで取りの来られる方もいるという。こうした早めのスケジュールを提示することもお客様に寄り添ったサービスのひとつだ。またコチラでは会員制度も充実しており、5,000円コースには観賞券が5枚、10,000円コースには観賞券が11枚付いて、入場料の割引とポイント付与だけではなく、当日券の購入ごとにポップコーンかドリンクがサービスされる。

スタジアム形式の場内に入ると、何よりホールの広さに驚く。中央にはプレミア席(+300円で利用出来る)を設け、一般席でも座席の間隔が通常よりも広めに取っている。またミニ演奏会にも対応した最高の音響設備を備えているので、どこからでも快適に観賞が出来る。何より特筆すべき点は、車椅子スペースの場所だ。殆どの劇場が入口近くに設けているため、どうしても車椅子スペースは最前列が多く、それは決して理想的な観賞環境とは言い難い。コチラでは、そのままフラットに入れる入口がセンターにあるため、スクリーンが理想的な目線の位置にあるのだ。安心して観れるから…と介助者無しで一人で来られる方がいるほど、誰にも優しい設計となっている。



家具の街にある映画館らしく、ハイセンスな内装のロビーは目を見張る。中央には、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」の客室装飾を手掛けた木下正人による大川組子の壁面パーテーションと、前田建具製作所による立体組子という独自の細工が施されたテーブルが展示されており、これだけを見せて欲しいと来られる方もいるほど。奥の展示スペースでは、大川の家具職人が手掛けた作品を毎回テーマを変えて展示。取材時は、50人の家具職人と各界で活躍中のクリエイターがコラボした「大川のヒキダシ展」が開催されていた。また、ロビーと壁一枚で隔たれたご自慢のトイレは、木の温もりが落ち着くデザインで、手の込んだトイレの案内板も可愛いと評判だ。

設立から2年目…アンパンマンの着ぐるみを使ったイベントも開催して、撮影会と握手会には予想を遥かに超えるお客様が来場されて大成功のうちに終わった。勿論、本来の目的でもある学生の来場も増えており、一度来た学生はリピーターになってくれている。映画を観た後1階のカフェでゆったりと映画の余韻に浸る事が出来るのも贅沢な映画の観賞方法だが、今、『大川シネマホール』では遠方から来た人のために食事処マップを用意している。ハシゴの途中、近所の定食屋で食事をして午後の映画を観る。天気の良い日は川沿いの遊歩道をぶらぶら散策して腹ごなしするのも良い。何かのついでの映画ではなく、良い映画に出会った時こそ街を回遊して余韻に浸る…そんな贅沢な映画の観方を是非ここで味わってもらいたい。(2018年1月取材


【座席】 370席 【音響】5.1ch〜7.1ch

【住所】福岡県大川市酒見215-1おおかわ交流プラザ4F 【電話】0944-85-8002

本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street