波光きらめく紺碧の日本海と、吸い込まれそうな深い緑の山々に囲まれた鳥取県。県庁所在地・鳥取駅に降りるとロータリーの前には、知事のおかげで全国区となった、すなば珈琲が見える。駅周辺を散策してみると、意外と喫茶店が多い街なんだ…と気づく。駅前通りを真っすぐ進むと、手作り感満載のポスターが所狭しと貼られているひと際目立つビルの入口がある。市内に唯一残る映画館『鳥取シネマ』だ。ふと見上げるとビルの看板は“鳥取東映シネマ”となっている。そのままエレベーターで4階に上がると、静まり返ったロビーで大判出力したアニメのポスターをベニヤ板に貼る男性の姿があった。「ちょっと待っていてね。これやっちゃうから…」シュッシュッと手際良くカッターでベニヤに合わせて紙を切る音が響く。「ここで大きくポスターを出力して切るんです。人件費を掛けられないから何でも自分がやらないとならない」と語ってくれたのは、館主の中村俊一郎氏だ。

中村氏が代表を務める(有)世界館の歴史は古く、原点は何と!幕末にまで遡る。代々中村氏の家系は、江戸時代に武具の弓とか鎧などを扱っていたが、明治維新になりその商売が成り立たなくなってしまった。「そこで、武具を芝居の小道具として貸し出す商売を始めたんです。それが上手く行ったらしくて、芝居小屋を始めたのが、そもそもの始まりだったと聞いています」戦前は芝居と活動写真を交互に掛けていたが、戦後間もない昭和22年8月に、先代の中村俊晃氏が木造二階建て450席を有する大映・日活の上映館“世界館”を川端銀座に設立して本格的な映画興行に参入する。平成に入ってから“世界館”を分割して“シネマスポット フェイドインWEST(120席)・EAST(77席)”という館名で東宝洋画系の映画館としてリニューアルオープンした。平成12年に現在の場所にある東映の直営館の運営を引き継いで、館名も“鳥取東映シネマ1・2”から『鳥取シネマ』としてリニューアルオープンする。


“鳥取東映シネマ1・2”の前身は、昭和24年12月に創業した木造二階建て420席を有する“富士館”という松竹と東映の上映館だ。昭和35年に“鳥取東映劇場(客席380席)”と改名して、東映の直営館となった。やがて時代は日本映画の斜陽化に伴い、大劇場から小劇場へ…昭和55年に現在のビルに建て直して、266席の“鳥取東映劇場”と“鳥取東映パラス劇場”の2館体制で再スタートを切る。“鳥取東映シネマ1・2”と改名したのは平成11年。やがて、東映もシネコン事業への進出を計画。街なかにあった直営館の見直しを始めていた。「その時に鳥取県内でずっと映画興行をしてきたウチに引き継いでもらえないか?と相談されたんです」

その後、“シネマスポット フェイドイン”を閉館。最盛期には7館以上の映画館があった鳥取市内も現在は『鳥取シネマ』ただひとつ残すのみとなってしまった。「駅から徒歩5分という好立地と言っても、今は車社会ですからね…」と言われる通り、金曜日の夕方にも関わらずメイン通りには人通りもまばらだ。それでも子供たちの夏や春休みになるとファミリー向けアニメに多くの親子連れが訪れる。上映作品は、東宝・ディズニー・東宝東和をメインとして、少し遅れて松竹・東映のセカンド作品を掛けている。昨年大ヒットした“君の名は。”が、コチラで上映されたのは公開から1ヵ月半遅れにも関わらず、市内に住む若者たちはSNSで一斉に歓喜の声を上げた。待ちかねた多くの観客に整理券が配布される事態となった。「全国的に比べると、セカンドですから興収的には落ちますけど…それでもウチでは珍しいくらいに入りましたね(笑)」


『鳥取シネマ』があるのは、まるもビルの3・4階。エレベーターが開くとポップコーンの芳ばしい薫りが流れ込む。あと1時間ほどで夕方の回が始まるロビーは静まり返っている。30分前になるとエレベーターから4〜5人の女性グループがワイワイ言いながら降りて来た。お目当ては今夏注目作品の“昼顔”だ。近県の個人館で上映出来るのがコチラだけというのもあって仕事帰りのOLさんが多い。ロビーには明日から上映される“メアリと魔女の花”に向けてジブリポスターが飾られ、壁面には“ポケットモンスター”の大判ポスターが貼られている。

「私もいい歳ですが、出来るだけ続けたいと思っています」と笑う中村氏。先日、山田洋次監督がふらりと訪ねてくれた時の事を教えてくれた。「山田監督の亡くなられた奥様の御実家がすぐ近くなんですよ。以前も“東京家族”の時に突然来られまして…山田監督が口添えしてくれたみたいで上映出来たんです」山田監督は地方の映画館やフィルムを守ろうとしている方なので、頑張っている映画館があると応援したくなるのだろう。取材が終わって外に出ると、ポケモンのポスターを見る小さな女の子に母親が“今度来ようね”と話していた。そんな光景に出逢うと、街には映画館は必要なのだ…と改めて思う。(2017年7月取材

【座席】 『スクリーン1』208席/『スクリーン2』208席
【音響】DS


【住所】鳥取県鳥取市栄町606まるもビル3・4F 【電話】0857-27-1571

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