鹿児島市内でレンタカーを借りて桜島フェリーで大隅半島へ渡る。所要時間はわずか15分ほど。それでも船内で行列が出来るほど美味しいと評判のうどんを大急ぎで食べる。鹿児島県最南端の大隅半島は、年間を通して温暖な気候に恵まれた農業と畜産が盛んな地域だ。かつて半島には2線の国鉄があったが、30年前に廃線となり、交通は鹿児島中央駅から出ている直行バスが早い。桜島から紺碧の鹿児島湾を右手に見ながら溶岩道路と呼ばれる国道を1時間ほど…桜島のお膝元だけあって道沿いには日帰り温泉が立ち並ぶ。温泉街道だ。そこから少し内陸に入ったところに、大隅半島の中核市となる鹿屋市がある。


さすが県内でも3番目の人口規模を有する都市だけに、鹿屋市の中心部に近づくと人通りも交通量も賑やかになってくる。古くから街の歓楽街として賑わっていた大手町界隈も一時期は行政機関や大型商業施設が郊外に移り、商店街はシャッター通りと化して空洞化が進んでいた。そんな時代の流れによって衰退している中、官民一体となって市街地再開発事業が行われた。それが、鹿屋市市民交流センターを有する複合交流施設・リナシティかのやだ。1階には商業施設やコミュニティFMスタジオ、バス待合所(ここから鹿児島市内への直行バスが出ている)などが、2階は芸術文化学習プラザや福祉プラザ、3階は健康スポーツプラザやホール、そして街に唯一の映画館『リナシアター』がある。オープンしたのは施設の開業と同じ平成19年4月1日だ。

壁面が大きなガラス面となっているロビーには、日中は柔らかい自然光が注がれて心地良い空間だ。この広いロビーで読書をしながら過ごすのもよし、晴れた日は市街を見渡せる抜けの良いテラスでお弁当を食べたりして上映までの待ち時間をゆっくりと過ごせる。珍しいのは、こうした公共の施設であるにも関わらず、受付カウンターではドリンクやお菓子などが販売されているところだ。「普通の常設映画館である事が求められていました。だからロビーには売店があって場内も飲食自由じゃなきゃダメだったと思います」と語ってくれたのは、指定管理者として、映画館の運営を委託されている(株)まちづくり鹿屋の小松嘉永氏だ。中心市街地の賑わいを取り戻すために鹿屋商工会議所と地元商店街の人々と市が官民一体となって出資して設立したのが(株)まちづくり鹿屋である。「実際に再開発ビルを建てるという事になった時、どういった中身にするのか…が最重要課題だったようです」当初は大型ショッピングモールを誘致しようといった案も出されたというが、最終的には、市民が集い交流出来る施設にしようというコンセプトに落ち着いた。「じゃあ、具体的に何をすれば良いか?となった時に市民の方から、“是非、映画館を作って欲しい”という声が上がってきたんです」


かつて、本町界隈には4つの映画館があった。すぐ近くの旭町に大隅半島最大の歓楽街があった事から、ここが娯楽の中心地でもあったのだ。昭和40年代後半から日本映画の斜陽化と共に映画館の閉館が続き、最後まで残っていた“テアトル文化”が閉館して以来、20年以上もここは映画館の無い地域だった。しかし市民は映画館で映画を観る事を強く求めていた。平成14年には、“鹿屋に映画館を作ろう会”という有志の会が発足され、地道に活動を続けていたのだ。「会の皆さんが積極的にアプローチされたんです。色々とリサーチや告知活動をしてくれたおかげで具体的に計画が動き始めました」

「ただ…さすがに映画館をどうやって運営すれば良いのかなんて全く分かりませんからね。オープン日だけ決まって、どうしようと悩んでいました」そこで(株)まちづくり鹿屋は、鹿児島で長年、映画興行に携わっている有楽興行に相談を持ちかけた。「まず興行組合に紹介していただいたのです。そこで事情を説明したところ、鹿屋にまた映画館が出来るなら…と、組合の方が全面的に協力してくれたんです」まず映画館で働いた経験がないスタッフを自社が運営する“鹿児島ミッテ10”で研修させてくれて、接客から映写の技術、売店での飲食販売のノウハウに至るまで教えてもらった。「同時に実際に作品を借りなくてはならないので、有楽興行さんは一緒に福岡や大阪の配給会社さんに挨拶回りをしてくれたんですよ」勿論、初めて興行界に参入する映画館に対して簡単に映画を貸してくれる会社は決して多くはなかった。「出来たばかりで実績も信用も無いわけですからごもっともな話しですよね。実績を積んでから、またご相談させていただきますと言って戻って来たんです」


オープン当時は、家でもそこそこ大きな画面で映画を見れるのに、客席が70席にも満たない小さな映画館なんて、ホームシアターとどこが違うの?ましてやメジャー系の大作や話題作を借りる事が出来ないなんて…と厳しい意見が出るなど市民の間でも賛否両論だった。「でも、鹿屋に映画館が出来たんだ!という喜びの方が大きかったです」お客様から、映画館が出来て良かったね!と、声を掛けてもらえたのが励みになった…と小松氏は振り返る。「長らく映画館が無かった地域なので、映画館で映画を観賞するという文化が結構途絶えていたんですよね。だから単館系の作品でも、せっかくだからと…日頃映画を観ないような方も来場されました」しかし、最初は物珍しげに来ていた人たちも少なくなって来た矢先に転機が訪れる。「松竹が作品を出してくれるようになったんです。しばらくして東映、東宝作品も掛けられるようになって…セカンド上映ですが邦画メジャー3社の作品が出来るようになったのは嬉しかったですね」上映本数も年間15本から24本、平成25年7月18日にはデジタルを導入する。入場者数も年平均14,000人となり、お客様からも最新作を封切りで観たい!という声も上がるようになってきた。東宝東和から“レッドクリフ Part2”や“ジュラシックワールド”など新作を出してもらえるようになり、御当地映画の“はやぶさ 遥かなる帰還”や“チェスト!”などは先行ロードショーが実現した。「全ては、観に来て応援してくださる市民がいてくれたからです。毎回、作品が替わるたびに観に来て下さる常連さんがいらっしゃったり…本当にお客様には感謝の言葉しか無いです」

昨年公開された“君の名は。”が、それまで1位のご当地映画“永遠の0”の動員記録を塗り替えたが、注目したいのはトップ3に井上真央主演の青春ラブコメ“花より男子 ファイナル”が入っている事だ。「普段は50代の女性がメインですが、この時ばかりは、小学生の女の子から年輩の女性まで、鹿屋の女性が全員来たのではないか?(笑)っていう程でした。今、若い人たちの映画館離れって言われていますけどウチに限ってはそんなことないですよ」と小松氏は語る。「若い子たちの価値観が多様化しているのは確かですが、ただ自分たちが観たい作品にはどんなに苦労しても来てくれるんです」実際、“シンゴジラ”や“信長協奏曲”にも普段は見かけない若者が来場していた。大隅半島にはシネコンも進出していないため、映画を観ようと思ったらバスとフェリーを乗り継いで鹿児島市に行かなくてはならないのだ。「だから、ここに住む中高校生は、観たい映画があっても簡単に観に行けない…むしろ車を運転する20代以上の人たちが少ないですね。この映画を観たいんだけど鹿屋でやらないかな…っていう人たちの要望にピッタリ合えば間違いなく観に来てくれるので、作品を選ぶ時も季節ごとに核となる作品を押さえつつ、地元のニーズを拾い上げて作品を選びたいと思います」


最近では今までやらなかったような単館系作品にも動員出来るようになってきた。「だんだん映画を観る文化が定着してきている…と感じます。だから、“オケ老人!”のような作品も行けるのでは?と、組んでいるんですよ」10年前と比べてSNSの力も大きくなってきたのも事実として上げられている。「先日も“この世界の片隅に”を鹿屋でもやっているから観に行くべき!ってツイートしてくれた方がいました。2〜3年前までは、鹿屋に映画館があるの?っていう感じでしたから、ようやく認知されてきたのが嬉しいです」最近では配給会社からも封切りでどうですか?と声を掛けられるようになってきた。

この10年を振り返って小松氏は語る。「こうした施設を作る当時は批判もありましたが、せっかく大隅半島に出来たたったひとつの映画館を絶やさないように頑張った結果、10年間なんとか続けられて地元に根付いたと思います。お客様からも“ずっと応援するから良い映画を持って来てよ”って、ハッパを掛けられるのもありがたいです(笑)」以前、“そして父になる”の舞台挨拶で来場したリリー・フランキーから“映画館がある地域とない地域では大きな違いがある”と言われて勇気づけられたそうだ。「それが映画のパワーなのかも知れないですね。他の地方でも頑張ってらっしゃる映画館の皆さんに、ウチのような映画館もあるのだと一助にでもなれば本望です。私も映画が好きなので、共に頑張って行けたら嬉しいですね」という言葉が強く印象に残った。(2017年1月取材


【座席】 68席 【音響】 SRD

【住所】鹿児島県鹿屋市大手町1-1リナシティかのや3F 【電話】0994-35-1001

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