広島市内を東西に走る相生通りの中心に位置する八丁堀は、百貨店や様々な専門店が軒を連ね、休日には多くの買い物客で賑わう市内屈指の繁華街だ。電鉄が駅に滑り込み電車のドアが開いた途端に流れ出す人の波。ここを訪れる人々の年齢層も若者からお年寄りまで幅広く、昼夜問わず街は活気に溢れている。そのど真ん中…八丁堀交差点の角に構える堂々たる風格の福屋は戦前より続く広島地盤の老舗百貨店だ。4年前の平成22年11月26日…その福屋8階に映画館がオープンして全国から注目の的となった。エレベーターを降りた途端、目の前に広がる非日常的な空間。エントランス壁面には松の廊下と称される京都東映撮影所で約20年様々な時代劇で使われ、最後に三池崇史監督の“十三人の刺客”でも使われた巨大な襖が来場者を出迎える。固定化された映画館の概念を見事に覆す江戸時代の芝居小屋をイメージして作られた『八丁座』である。




大正5年に創設された常設映画館”日本館”が“東洋座”という館名に改めて昭和25年に松竹の封切館となり、昭和47年に取り壊されるまで創設時の建物で運営を続けていた。昭和50年4月にオープンした福屋の8階で再開されたのが“松竹東洋座“と“広島名画座”の2館。松竹チェーンの映画館として人気を博したが、平成20年に閉館。その後、しばらくは手つかずのままだったが…「地元の人々が慣れ親しんできた映画館が閉館されたままだと、どうしても放っておけないんです。何とか復活できないものか…と、ずっと考えていたんですよ」と語ってくれたのは支配人の蔵本健太郎氏。同じ時期、市内の老舗映画館が相次いで閉館、相生通りから映画館が姿を消してしまったのだ。「僕は地元の人間ですから街には映画館があって欲しい。郊外型のシネコンだと終わっても駐車場に移動するだけ…どうしても味気ない。でも街ならば夜でもお店の灯りがついているので観た映画を心の中で温めて持ち帰れるじゃないですか」

運営するのは、まちなか映画館にこだわり、市内に“シネツイン”と“サロンシネマ(9月20日に鷹野橋から八丁堀に移転)”という個性的な映画館を展開して、多くのファンに支持される(株)序破急だ。個性的な劇場が少なくなっている今、見たことが無い映画館を作りたい…という思いから『八丁座』の計画は始まり、その想いに賛同した広島出身の映画美術監督・部谷京子さんが全面協力して完成した劇場は映画愛が溢れる空間となった。非日常的なエンターテイメント空間というコンセプトの元、スタッフは袢纏を身に纏い、チケットカウンターのタイムテーブルは全て手書きだったりと演出も徹底。扉の表絵は広島をイメージしたもみじの四季が描かれた京都東映撮影所美術スタッフによる至極の逸品となっている。

2つのスクリーンで構成されている『八丁座』の場内は快適さと楽しさの両面から設計が施されている。53帳のならび提灯が壮観な“壱”の場内は342席あった“松竹東洋座”を半分の169席、同じく“弐”も150席あった“広島名画座”を半分以下の69席として、通常より20センチ以上も広い贅沢な横幅のシートを採用。広島の家具メーカー、マルニ木工の職人がひとつひとつ手作りで仕上げたソファーシートは、体を包み込む抜群の座り心地だ。最後尾にはカウンター席を設け、“壱”の一画に設けられた畳席は昔懐かしい桟敷席を彷彿とさせる。あくまでもファン目線で設計にこだわり、スクリーンからの距離に応じて座席の角度や高さを細かく調整。近年では前列の人の頭が邪魔にならないスタジアム形式の映画館が主流となっているところをコチラではスクリーンの位置を若干低めに設定して、傾斜にも工夫を施している。「視界に少しだけ人の気配が感じられるような傾斜にしているのです。スクリーンだけしか目に入らないのでは自分一人で映画を観ているようで…それは本来の映画館じゃないと思うんですよね。その効果なのかウチは比較的、笑いが起きる劇場なんですよ」








設立から4年目を迎えて、まちなか映画館の思いが様々なカタチとなって表れている。「福屋さんから売り上げが伸びたという嬉しい言葉をいただきました。しばらく映画館から遠退いていたという年輩の方が、久しぶりに街の映画館で映画を観ようと思った…というお声も耳にするんですよ」蔵本氏はスタッフに対してマニュアルではなく、ひとりひとりお客様に合わせた対応をするよう求めている。「マニュアルって映画館側で決めたルール上での対応方法ですから、全てお客様に委ねる事はしたくなかったんです」実際、お客様との距離が近くなった分、真剣なスタッフの思いだったり温もりが伝わってくる。「原点である“サロンシネマ”の精神はそのままにしていきたい」と語る蔵本氏。スタッフはバイトも含めて毎日試写を観るようにしている。「(帰りが)遅くなる時もありますけど、楽しみながらやろうよ…と、スタッフには言っています。楽しんでないと続かないし、お客様にも映画の良さを伝えられないですよね?」

肌で映画の面白さを実感しているスタッフだからこそ作品に対するお客様の質問に自分の言葉で熱心に答える姿が実に印象的だ。「見たことがない映画館を作るワケですから何かを参考にするのだけはやめようと。こういうのが今流行っているから…という時代に流された考え方ではなく、僕らはコレが楽しいと思うんだ!という気持ちでお客様に向き合っています」

また『八丁座』は、開場までの待ち時間や観賞を終えた後でも有意義に過ごせる施設が充実。隣接する商業藝術が運営するカフェ“茶論 記憶(サロン キヲク)”は、映画について語り合える場所として使ってもらいたいという思いから設計されたくつろぎの空間。イイものをなるべく安く…場内にも持ち込みが可能なメニューは、自家製の身体に優しい素材を使ったものばかり。瀬戸内のレモンを使ったケーキとか季節によって変わるドリンクなど純粋にカフェとして訪れるファンも多い。また、スタッフがイメージした映画に因んだメニューも好評だ。




そして映画ファンならば是非とも訪れて欲しいのが10階にある“八丁座 映画図書館”だ。映画の世界を感じながらゆっくりとくつろげる空間として平成25年にオープンしたばかり。書籍や雑誌だけではなくパンフレットも置いているのが嬉しい。広島在住の映画評論家・花本マサミ氏が亡くなったあと、奥様の遺志で寄付された氏が所蔵していた映画関連書籍を含む1万点にもおよぶ資料が一般入場料200円(映画館利用者は半額)で自由に閲覧出来る。普通の図書館と異なり、一画には飲食可能なスペースも設置されているので、休日は映画本の読書にドップリ浸かってみるのも良いのでは。





オープン前から注目を集め、今でも全国から来場される方が後を絶たない『八丁座』。向かいの東急ハンズに“サロンシネマ”が移転して、近隣にある“シネツイン”と合わせて5スクリーン体制となり、まちなか映画館がまちなか映画街という様相を呈してきた。いよいよ映画ファンにとってメジャー、アート、インディーズと多種多様な作品をココ八丁堀に来れば観る事が出来るのだ。ー映画のベストポジションは映画館であるーこの理念を掲げる映画館で、腰が抜けるまで映画三昧…と行きたいものだ。(2014年8月取材)

【座席】 『壱』169席/『弐』69席 【音響】 SRD-EX

【住所】広島県広島市中区胡町6-26福屋八丁堀本店8F
【電話】082-546-1158


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