名古屋市内から快速を使って30分足らず、愛知県の中央に位置する国内有数の自動車工業都市として知られている刈谷市。駅前のロータリーから伸びる商店街にどこか懐かしさを感じつつブラブラ散策していると古い大衆食堂を見つけて思わず入ってみたくなる。今では閑散としている駅前通りもひと昔前までは人通りも交通量も多かったと聞く。そんな名鉄三河線・刈谷市駅前に昭和46年より創業の洋画専門のロードショウ館『刈谷日劇/刈谷小劇場』がある。映画館がある三愛ビルは設立時は、1階がパチンコ屋、2階に“日劇”、3階に“日劇3”と成人館“刈谷小劇”の3館が入っており、5階にはサウナがある複合型娯楽施設として多くの利用者で賑わっていた。「本当に設立当時はまだ映画館にお客さんが詰めかけて場内は立ち見になるのは勿論、中に入る隙間すら無いという事なんか珍しくなかったんだけどね」と当時を振り返るのは、経営者の堀部俊仁氏。

昭和40年代後半と言えば、邦画の斜陽化が囁かれる一方でハリウッド映画は次々とヒット作を連発していた時代だ。また、映画館も生き残りをかけて成人映画への転換や遊戯施設を併設するなど様々な施策を打ち出していた。昭和29年に堀部氏のお父様が刈谷市内で洋画専館の映画館を始めたのが『刈谷日劇』の前身となる。映画が庶民の娯楽の中心だった戦後間もない頃、見たこともない西洋の文化がスクリーンに映し出されると、遠く離れた異国への憧れを観客は胸に抱いていた時代だ。






日本映画全盛期を経て国内の映画産業が活気に溢れていた当時は刈谷市内に東宝・松竹の上映館“刈谷映画劇場”と東映・日活の“大黒座”といった邦画専門館が存在しており各劇場が上手く共存していた。街で唯一の映画館となったコチラを訪れるのは「映画を観るならココ!」とこだわり続ける地元に住む年輩の常連さんが中心だ。やはりトヨタグループのお膝元だからだろうか、完全な車文化が色濃い三河地区では車で行けるシネコンに観客を持って行かれてしまうのが一番の悩みだという。「確かに色々と厳しい時代ですけど父が愛した映画館ですから、そう簡単に辞めるわけにはいかないですよ」と堀部氏は笑う。シネコンが出来る前は“タイタニック”に多くの観客が連日列をなしてロングランのヒットを記録する他、昭和58年に公開されたヘラルド配給の“南極物語”には場内に入りきれないほど多くの観客が押し寄せた。「どちらの作品も最初は、こんな長い映画に人が入るのかな?と半信半疑だったのですが、逆に自信を持っていた作品が入らなかったり…不安に思っている作品の方が入るようだね(笑)」





珍しく床が板張りとなっておりナチュラルな色調が目に優しく落ち着いて上映までの時間を過ごせる。コチラでは売店でお菓子を販売しておらず自動販売機のドリンクのみ。「余計な物を売りつけられないし、ゆったりと足を伸ばせて観れるから最高なんだけどなぁ」とブラリ着の身着のままで訪れる常連客は口々に映画館の感想を述べる。最近ではシネコンの影響に限らず洋画の勢いが弱くなったと語る堀部氏。「まず若い人が字幕を観なくなりましたよね」実はその現象は映画に限らず刈谷市のメイン産業である車にも影響を及ぼし始めているという。「免許を取りに行く若者が減っているというんです。不況のせいなのか趣味趣向が変わってきたせいなのか…自動車離れ、映画離れといったアチコチで、ナントカ離れが起きているらしいですね」

とにかく、みんなが喜んで観に来てくれれば、それで良いから…という思いで始められたという毎日実施されている割引サービス。昔から「映画を観るならばココじゃなきゃ」というお客様が楽しみに訪れてくれるのが何よりもありがたいと語る。創業時から洋画専門に上映されてきたため、ハリウッドの大作時代と呼ばれる昭和40年代後半から50年代に最盛期が訪れる。その後、2〜3階をパチンコ・スロットフロアに改装して、サウナだった5階に2つの映画館を移設したのは10年ほど前。受付でチケットを購入して広めのロビーで上映までの待ち時間を過ごす。向かって左手が『刈谷日劇』、右手が『刈谷小劇場』の両館共に小さいながらもスタジアム形式を採用しており、どの席に座っても前列を気にせず観賞出来るのがありがたい設計だ。









こうしたバーチャルの世界で完結している若者に対して堀部氏は力説する。「先日も戸田奈津子さんと話したのですが“製作者が映画を作る時にDVDを意識して作っているわけではない”と言ってました。あくまでも映画館の大スクリーンで観る事を想定して作っているのだからDVDを観て完結するのは勿体無いんですよ」そんな堀部氏にとっての当面の課題は業界が推進している完全デジタル化の波だ。「愛知県内には個人で頑張っている小さい映画館がたくさんあります。デジタル化する資金が無いという理由だけで映画館を潰したくないのです」愛知県興行協会理事長と全興連副理事を兼務されている堀部氏は先導を切って関係機関へ向けて積極的に働きかけているという。一度閉館してしまった街の映画館は元に戻らない…そうして映画館が消えてしまった光景はここ数年アチコチで見られている。「街から映画の灯を消してはならない。そのためにも出来る限り頑張りますよ」と最後に述べられた言葉が深く心に残った。(2012年9月取材)


【座席】 『日劇』76席/『小劇場』55席 【音響】 DTS

【住所】愛知県刈谷市御幸町4-208 【電話】0566-21-0624


  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street