出羽三山を臨み、風光明媚な田園風景が広がる日本海に面した山形県・鶴岡市。庄内映画村を有し“蝉しぐれ”や“おくりびと”等のロケ地となった日本屈指の映画の街であるにも関わらず、市内には8年もの間、映画館が存在していなかった。庄内地方はお年寄りの比率が多く、それまでは映画を観るには車を使うしかなかったため、距離の障壁で自然と映画館に行く行為から遠ざかってしまった。

次第に、お年寄りや学生から“気軽に映画を観られない…”という声が多く挙がり始め、更に地元で撮影された映画に住人の方々が多数エキストラで出演されているにも関わらず、それを上映してくれる映画館が無かった事から“街に映画館を…”という気運が徐々に高まってきた。「地元の方たちが映画館に行く習慣が薄れてしまっていたようで、オープンからしばらくの間はお客様も少なかったですね」と、語ってくれたのは、2010年5月22日にオープンした『鶴岡まちなかキネマ』を運営する(株)まちづくり鶴岡の企画部長を務める菅隆氏だ。映画館のオープンによって徒歩や自転車に乗って来場出来るようになり“何年ぶりに映画館で映画を観た”というお客様の声が多く寄せられたという。
『鶴岡まちなかキネマ』は、昭和初期に建てられた木造平屋建ての絹織物工場を改築して再利用されている。歴史的にも価値がある昭和建築をそのまま保全活用するというコンセプトから、ロビー天井にある長さ11メートルに及ぶスギの無垢材を使った梁をそのまま残し、外観も当事の雰囲気を損なわないよう配慮。日本でも珍しい街の資源を有効活用した映画館として生まれ変わった。「工場が2棟あるのですが、最初に出来た建物は、あまりに古すぎて創業年次が不明で、記録があるのは増築した昭和8年からなのです」鶴岡市は絹織物の産地として栄え、2年前まで現役で稼働していたという工場は街の発展に重要な一端を担っており「もう一方の狙いとしては地域の産業遺産を財産として残して行く事もあったわけです」と菅氏は語る。既存の建物を映画館にしているから軒の高さが3メートルに満たず、そのままでは劇場として成立しないため、通常の劇場と逆に地面に掘り込む…という工法を採用した。






つまり観客は場内に入ると一番後ろの席から前方に向かって降りていく感じになるわけだ。そこで、場内の扉前に掲げている列番表示を後ろの列から順番に付けていたり、アルファベット表記ではなく子供からお年寄りまで分かりやすく“あいうえお”表記にするなど様々な工夫が施されている。
場内は音楽ホールを意識しており、一番小さいスクリーンは40席ほどだが「この小さいスクリーンが、実は本当のウチのカラーだな…と思います」という菅氏の言葉通り、まるで試写室のようなこじんまりとした空間であるからアート系の作品とかをジックリと堪能したいという方にはオススメの広さだ。また、場内が正方形となっているためサラウンドがキレイに廻るのも特長的で設計時には剥き出しの天井を走っている梁に音が反射する事も計算に入れて作られているから音質の良さはお墨付きである。「音響のコンサルタントも初めての試みで、そういった意味では関わった人間は皆、楽しんで映画館を作った感じですね」勿論、完成後の音のチェックも従来の方法とは異なる独自の工程を編み出したという。
高く開放的な天窓から降り注ぐ自然光が実に気持ちの良いロビー。床にはクリ材の無垢板、壁面にはスギ材を使用しており、柔らかな木の香りに包まれながら待ち時間を過ごすと気分もリフレッシュされること間違いない。場内全てのシートもメーカーの研究室と施策を繰り返して完成した背板と肘掛けが木製の特注品を採用している。「ウチの映画館は箱は大きくないですけど、心地良さに関してはどこの劇場にも負けない自信を持っています」映画館のプロ集団で作っていないから素人の視点で自由な発想が生まれたと菅氏は言う。「工場を映画館にするという時点で、枠にハマったパッケージでは通用しない状況だったわけですから…逆に時代に逆行してアナログを武器にしているのです(笑)」現在、上映前のアナウンスをスタッフが場内でマイクを使わずに行っている。

こうした“ふれあい”が『鶴岡まちなかキネマ』が目指しているところなのだ。だから、コチラではアンケート回収箱は設置しておらず、全てはお客様から直に聞くことを心がけているという。「そして可能ならばすぐに改善する…お客様も誰に言ったか覚えていますからね。お客様との距離が非常に近いので、聞き流す事は絶対に出来ないですよ」例えば“冷房が寒過ぎた”という苦情もそのお客様が観た回が分かるので、設定温度が何度だったか調べられるのだ。「ちょうど運営面で小回りが効く規模なんですよね。ウチは少数意見に対して真剣に向かい合う事に重きを置いているのです」
“街の中にあって、街とのつながりを大事にする”という館名の意味を持つ『鶴岡まちなかキネマ』。本来の目的は“映画館を作ろう”では無く“町に人を集めよう”という事から始まった。その目的を達成するためには映画館を作って終わりではなく、映画を観終わったお客様にどう行動してもらうか?が重要だと菅氏は語る。

その一環として行われているのが映画の半券を提示すれば賛同しているお店で独自のサービスが受けられるという企画。「大規模集客施設である映画館を広告塔として、どんどん活用してもらいたいのです。勿論、お店からの企画や提案も大歓迎です。商店街の良さというのはマミュアルには無いコミュニケーションだと思うのです。これが定着すれば本来の目的が達成されたと初めて言えるのです」毎月、サービス内容を改訂した一覧表を劇場で配布しているので、映画を観たら是非利用いただきたい。「仕事帰りに立ち寄るお客様とスタッフが顔見知りになって…よく声を掛けていただいてますよ」こうした光景が日常的に繰り広げられる事こそが、『鶴岡まちなかキネマ』が目指す理想とする姿であり、少しずつだがそれが現実となっているのは間違いない。「あえて採算を追求してスクリーン数を増やさずに、お客様の顔が見える規模の4スクリーンにした事が正解だったと思っています」という菅氏の言葉に、映画館の原点を見た気がした。(2010年10月取材)

【座席】 『スクリーン1』165席/『スクリーン2』152席/『スクリーン3』80席/『スクリーン4』40席 【音響】 SRD

【住所】山形県鶴岡市山王町13-36 【電話】 0235-35-1228

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