明治44年の元旦。日本三大名城のひとつである熊本城の程近く、熊本市の中心部(現在のシャワー通り)に九州で初めて活動写真の常設館“電気館”が設立されてから、間もなく100年が経とうとしている。弁士として活躍していた創設者の窪寺喜之助氏は全国の劇場を巡業中、熊本を訪れた際まだ劇場が1館も無かったこの地に設立したのが始まりだ。当時、無声映画を上映する劇場と言えば、芝居小屋や寄席の劇場を使うというのが主流であり、日本全国でも常設館というのはかなり珍しかった。浅草にあった日本初の常設館“電気館”からわずか8年後のことである。その後、大正3年に2代目“電気館”が新市街へ移転、900席を有する近代建築を誇る熊本市のシンボルとなった。劇場の入口には“松竹キネマ映画封切劇場”という看板が大きく掲げられ、松竹キネマ、帝国キネマ、ユニバーサル、パラマウント、フォックスなど、日本における映画の創世期から全盛期に掛けて、数々の名作を贈り続けている。

昭和3年に飲食店等のテナントが入る3代目の“電気館”がオープン。複合型の商業施設の先駆けとして市民の憩いの場(戦時中は地下が避難場所として使われている)となった。平成7年12月に現在のビルに建替えられ、『Denkikan』と館名は変わったものの、昔と変わらず映画の灯をともし続けている。「最盛期には祖父と父が、7館の映画館を経営していましたから、当たり前のように映画が身近にある環境でしたね」と語るのは現在、代表を務められている4代目にあたる窪寺洋一氏。「ウチは名画座みたいな事もやっていたので、古い作品を何本か集めてフィルムマラソンと称した特集上映会を開催して多くのファンが詰めかけていましたよ。」こうした特集上映会の作品選考は当時バイトに来ていた熊本大学映画研究部の学生たちが案を出し合っていたという。「ウチの劇場には代々、熊大映研の学生たちが映写や受付のバイトに来るというのが伝統になっていて、そのままウチに就職してしまった学生さんもいたんですよ。」当時は映研の学生たちに劇場を貸して、自分たちでフィルムを手配したり、時には監督を招いたりして独自のイベントを開催していたという。残念ながら今では映研からバイトに来ている学生はいないらしいのだが、こうした地元の映画青年たちが映画館を通じて実体験する素晴らしい伝統は是非、継続してもらいたいものだ。

エントランスは、床と壁面に木の板を打ち付け、間仕切りを全て見通しの良いガラスにすることで温かみのある開放的な空間を実現している。籐で出来たテーブルやカウンターシート等の調度品が設置されているロビーはリゾート地にあるカフェのよう。少し早めに来て映画が始まるまでの待ち時間をカウンターバーでゆっくりと過ごすのも良いだろう。カフェスペースでは、ライブを開催したり、映画に絡めたイベントも開催されている。 映画のイメージに合わせたドリンクや軽食等を出す事もあるそうだ。またチケットカウンターに掛かっている上映時間のタイムテーブルは黒板に毎日、手書きされているというこだわりよう。


天気の良い日はアーケードを見下ろすテラス席で、豆にこだわっているカフェのマスターが自家焙煎されている珈琲(珈琲好きには好評を博している本格的な逸品)を味わいながらパンフレットを眺めるというのも一味違う映画の楽しみ方だ。各々赤、青、黒とコンテンポラリーな色彩にカラーコーディネイトされた場内は落ち着いた雰囲気を醸し出し、上質な時間を過ごす事が出来る。

「殆どウチは前売り券を出していないんですよ」と語る洋一氏。その代わり毎日がサービスデーと言っても良い程、他所の劇場では見られない割引サービスを実施している。中でもユニークなのは“当日2本目割引”で同日に複数観賞される場合、2本目以降が1000円になる梯子をされるファンには嬉しいサービスだ。3スクリーンを有するコチラの上映作品は単館系をメインとしており、ミニシアターのシネコンと言っても良いかも知れない。また、コチラの名物となっているのは夏と年末に行われている“男はつらいよ”特集。初期の寅さんを映画館で観た事が無いという世代の方に喜ばれ、中には毎回6作品ずつ上映される全てを観賞される強者が大勢いるそうだ。「熊本はシネコンの激戦区と言われているほどなので、どうしても車を使うファミリー層はシネコンの方へ流れているのが現状です。」と言われるが、逆に市電やバスの便が良いコチラの劇場は、運転をされない女性や年輩のお客様には圧倒的な支持を受けている。 とは言え以前に比べてもアーケードを通る人数は40%くらいはダウンしていると洋一氏は語る。










そこで街全体が再び街に活気を取り戻すために“Street Art-plex”というプロジェクトを立ち上げ、音楽や大道芸等のパフォーマーたちを積極的に支援しているのだ。その一環として音楽とアートを融合させたライブパフォーマンスで作り上げられたアート作品をロビーに展示する等、劇場としても応援している。「まぁ、映画というのは何でも入っている総合芸術ですから、この空間をフルに活用して役に立てられれば…と思っているのです。」

平成15年には長きに渡る功績を讃え、映画館初となる“日本映画批評家大賞”を受賞し、来年はいよいよ創立100年という区切りを迎える『Denkikan』。今年の秋より記念企画として日本映画の名作をセレクトして特集上映を計画されているという。昔、“電気館”で映画を観ていたお婆さんがお孫さんと共に『Denkikan』で昔懐かしい名作を観にくる…長きに渡って映画の灯を守り続けてきた老舗劇場だからこそ世代を越えた映画という夢の共有が実現出来るのだ。(2010年4月取材)


【座席】 『スクリーン1』96席/『スクリーン2』140席/『スクリーン3』140席 【音響】 SRD

【住所】熊本県熊本市新市街8-2 【電話】 096-352-2121

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