大小120余りの島々から形成され、豊かな自然と温暖な気候に恵まれた熊本県・天草に、たった1館だけ残った映画館が今もなお映画の灯を絶やさず灯し続けている。天草下島の入口に位置する本渡港という港町に建つ『本渡第一映劇』だ。“中央館”という館名で天草市(当時は本渡市)栄町にオープンしたのは戦後間もない昭和20年に遡る。当時は3階席を有する熊本県でもトップクラスの大劇場だった。


昭和43年の大改築で建物を半分に縮小して、洋画専門館として再スタートを切る。昭和50年代に入って、天草に4館あった劇場も次々と閉館していき『本渡第一劇場』だけとなり、洋画だけではなく邦画も上映する事になった。「ここの映画館を引き継いだ頃は、映画館で映画を観た事が無い人が多かった事に衝撃を受けました。」と、代表の柿久和範氏は語る。平成元年に角川映画“天と地と”を最後に休館していた『本渡第一劇場』。当時、東京で働いていた柿久氏が久しぶりに戻ってみると1年以上も劇場の入口には休館中という札が掛かったままになっていたという。「いつかは再開するんだろうなぁ…と思って待っていたんですけどいつまで経っても、その気配がなく(笑)…」毎日会社帰りに映画館の前を通ってチェックしていた柿久氏は劇場の事務所にいた経営者に対して思い切って「いつ再開するのか?」と聞きに行くのだが、その時の社長の返事は“あっ、もうココ開ける気ないから”という意外なものだったと当時を振り返る。それからしばらくして“3日間だけ映画館を貸してもらえないか”と柿久氏は頼みに行くのだが、止めた方がイイと、追い返されてしまう。「僕は天草は映画がダメな街だと思っていないんですよ。どうしても自分で確かめないと納得出来なかったので、何とか頼み込んでやっと貸してもらえる事になったのです」という柿久氏。

念願叶って映画館を貸してもらえたものの冷静に考えると映画関係の仕事に就いた事がないズブの素人。「わからない事だらけで、前の支配人だった方に映写技師となってもらったり、“八代第一映劇”の社長さんから映画会社に交渉してもらったりして何とか上映に漕ぎ着けたんです」と多くの人々に助けられて、3日間だけではあったが平成3年8月、久しぶりに天草に映画の灯が灯ったのだ。“天草シネマパラダイス”と称して上映された作品に、天草で映画を観たいと同じ思いを抱いていた映画ファンが詰めかけ、盛況の内に幕を閉じた。







「その時にアンケートをとったのですが、一番最後の質問に“天草に映画館は必要ですか?”と問いかけてみたところ…全ての人が“はい”に丸を付けていたんですよね」そこで、自分の考えに確信を持てた柿久氏は、不定期の自主上映会を繰り返し開催。有志のスタッフ全員が手売りでチケットを販売するといった努力が実って回を追うごとに立ち見が出るほどの反響を見せるようになる。上映が終わって場内から観客がぶわ〜って出てくる光景は、本当に夢のようでした」と当時の様子を思い出しながら柿久氏は顔をほころばせる。「フィルムが間に合わなかったり、予定していた作品が用意されていなかったりと…色々なハプニングがありましたから感無量でした」と言われる通り、八代市から船で運ばれてくるフィルムを柿久氏が港で待ち構え、ギリギリ映写機にセットすることもザラだったらしい。

現在、劇場の目玉となっているのは日本映画を大事にしたい…という思いで平成14年から始めた邦画の特集上映をする企画“天草名画座番外地”だ。柿久氏が中心となってセレクトした新旧合わせて10本前後の名作を上映するコチラの企画を楽しみに毎年、天草市以外の遠方からも多くのファンが詰めかけている。驚く事に“天草名画座番外地 千葉真一特集”のチラシを見たという千葉真一本人から電話が入り、自分の特集上映に合わせて来場し、舞台挨拶やトークショウを行ってくれた事もあった。「子供の頃から千葉さんの大ファンで、劇場に呼ぶ事が夢だった」という柿久氏の願いは思わぬ形で突然訪れたわけだ。

平成10年より常設館として再始動した『本渡第一映劇』。今でこそ快適な空間となっているが、休館の間、約1年分の埃が溜まっていたため、1年にひとつずつ壁紙を替えたり、トイレを修繕したり…と17年以上掛けて少しずつ手を加えてきたという。現在、ロビーに飾っているフラワーアレンジメントは柿久氏の奥様が手掛けており、それを楽しみにしている常連客も多い。こうした柿久氏の情熱に感化された常連さんたちもまた自分たちで棚や手作りポスター等を持ち寄り、いつしか映画を観るだけの場所ではない居心地の良い空間に生まれ変わっていた。劇場ロビーには、昔懐かしい名画のポスターや来場されたゲストのサインが貼られており、眺めている内に待ち時間はあっという間に過ぎてしまう。場内に入ると、2階席を有するだけに天井が高く開放的な空間が広がる。ワンスロープ式の1階席に対し、コの字型の2階席はスタジアム形式の座席と革張りソファーの桟敷席が設置されている。ちなみに、映写室から聞こえてくるカタカタ…という映写機の音が好きだからと必ず2階席で観るという常連さんが多いらしい。「一人で映画館に来ると観終わってから話し相手がいないのって寂しいじゃないですか。ここのロビーを映画談義が出来るような、お客様とスタッフが近しい間柄でいる…そういう場所にしたいですね。」と語る柿久氏。話し込んで上映時間を過ぎてしまい慌てて映写室に飛び込む事もあるとか。






最終回が終わっても1時間以上も話しに花が咲いて誰も帰らないなんて事は日常茶飯事だそうだ。以前、“禅 ZEN”の上映時間を間違って来場されたご夫人が、どうしても“禅 ZEN”を観たいと柿久氏に頼み込み、そこにいた若いカップルまでも説得して急遽上映時間を入れ替えさせたという微笑ましいエピソードもある。もし『本渡第一映劇』に行かれる際は、遠慮なくスタッフに話しかけてみると良いだろう。せっかく感動した映画を胸にしまうのも良いが初めて会った他人と感動を分つと今まで体験した事が無い新しい感動が広がるかも知れない。「やっぱり映画はスクリーンで観てこそナンボでしょう?その素晴らしさを天草の人たちに味わってもらいたい…倉庫で眠っていた映画を掘り出してウチで上映する事で映画も生きるし、それを観たお客さんも感動してくれれば何も言う事はないですよね。映画館を感動の共有場所にしてもらいたいと思っています」と最後に語る柿久氏の姿に山田洋次監督の名作“虹を掴む男”の主人公がダブって見えた。(2010年4月取材)


【座席】 116席 【音響】 SRD

【住所】熊本県天草市栄町5-23 【電話】 0969-23-1417


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