「戦後、乾物の卸問屋をやっていた僕の祖父は一代で財を築き、幾つもの映画館を作ったのです」と語ってくれたのは山梨県・塩山駅から徒歩5分程…住宅地の中にある映画館『塩山シネマ』の三代目・渡邊真吾氏だ。「祖父は当時、下の者には優しく…という昔気質の人物で、今だに僕がその孫…と言うと驚かれますよ」というほど大人物だった祖父の渡邊五郎氏によって『塩山シネマ』は昭和32年に創設された。以前は山梨県内に、映画館を40館も持っていた山梨の興行史を語る上では欠かせない名士だった。
当時は、自転車の荷台にフィルム缶を積んで各劇場を行き来していたという程、盛況を見せていたが…。「親父(二代目)が、塩山市を任されていたのですが、日本映画が斜陽期に入って映画館も閉めて行き、今では1館だけ残されたココを僕が継いだというわけです」一度、別の仕事に就いていた真吾氏が映画館を継いで一番最初に行ったのは映画館の改装だった。「引き継ぐにあたって、いくつかの選択肢に迫られました。映画館を閉じるか、大通り側に建替えるか、改装してココで踏ん張るか…」最終的に真吾氏が選んだのは改装して映画館を存続させるという道であった。「存続を選んだのは、意地ですよね…」と当時を振り返る。「僕が継いでから閉館して“息子はだめだった”なんて言われたくなかったですからね(笑)」



真吾氏が最初に行ったのは、映画館の見直し。「受付に座っていると表を若いカップルが一度、素通りされてから戻って来て“ここ映画館ですか?”と聞いて来るなんてことが度々あったんですよね」真吾氏は、外壁を青く塗り、場内の座席と映写機を入替え、新しい劇場として再スタートを切る。青い扉を開けてロビーに入ると、左右に今では使われなくなった2階席へと通じる階段があり、階段の壁面に懐かしい映画のポスターが所狭しと貼られている。設立時から邦画洋画問わず上映されていただけに、ポスターを見るだけで時代の流れが伝わって来る。ロビーに展示されている映写機は創業当時から使用されていたもので、メンテナンスが行き届いたボディーは今でも現役で使えそうな程。中には本物のフィルムが入っており、誰でも映写機をいじらせてもらえるので親子で興味深く覗かれている光景もよく目にするという。ワンスロープ式の場内は2階席を有していた劇場だけに天井が高く開放的で、その分スクリーンが非常に大きいのが特長的だ。






「本当は毎日開いていなければならないのですが、子供向けのアニメを中心にやっているものですから、平日開けていてもお客さんが来ないので土日祝日のみの営業とさせてもらっているんですよ」と真吾氏は頭を掻く。「逆に平日は、近隣の市町村で、手打ちの自主興行をやったり、団体さんからお呼びがかかれば映写機を持って移動上映会を行っているんです」と、近年は、映写機セットを車に積んで、映画館が無い地域に出向く…いわゆる映画館のデリバリーに力を注いでいる。最近では“横溝正史記念館”を設立するにあたって“犬神家の一族”の出張上映を行い大盛況だったという。「今まで劇場で、ディズニーやハリー・ポッターをやっていたのですが、お客さんが入らなくてもプリント代や人件費が掛かっていましたから、正直言ってバカにならなかったんですよね。ですから外に出て上映をするというのは厳しい中で映画館を存続させて行くためのひとつの手段でもあるわけなんです」とは言え、通常、配給会社としてみると映画館で上映して収益を上げてもらいたい…というのが大前提であるにも関わらず、一週間の内5日間閉じているコチラに対して協力的なのは、真吾氏が全てにおいて誠実に向き合っているからに外ならない。「自分自身、ごまかしたり言い訳したりするのが嫌いですから…。大きな劇場と違い個人館は、信頼関係しかないですよね」と語る。2台の映写機と重い機材を一人で運び設置、上映を行っている努力が認められていると言っても良いのではないだろうか。「この移動用の映写機があるからこそ、今が成り立っているわけですから、この子たちに食べさせてもらっていますようなものです。ですから、たまに声を掛けてあげていますよ」と映写機を撫でながら目を細める。そんな真吾氏が、何よりも一番に考えているのはお客様の事。「まずは、接客ですよね。お客様からクレームが出ない…というのが何よりですから、今後のテーマは今までと変わらず接客に対しては全国一の劇場でいようと…」幼い頃から祖父や父親の映画館で映画を観続けてきた真吾氏は座って映画を観た事が無かったという。

「一番後ろに立っていたものだから、映画ではなくお客さんの背中を見ていたんですね。子供心に一番嬉しかったのは、お客さんが映画を観て笑ったりとか感動している背中を見る事でした。だから今でも映写している時にお客さんの後ろ姿を見る時がワクワクしますね」それだけに、逆に何の反応も無いと、つまらなかったのか…と落ち込んでしまうという真吾氏。「お客様がたくさん来てくれるのは嬉しい事だけど、その映画がつまらないと余計辛くなるんですよね。ところが、子供たちが拍手を贈っている映画だと、お客さん同士が相乗効果で劇場全体がドッと盛り上がるんですよ。その光景を後ろで見ているだけで幸せです」子供の頃、任侠映画が終わると同時に出口に走り、退出するお客さんを見送っていた真吾氏は「皆がその気になって肩で風を切って出て行く姿が可笑しいやら嬉しいやらでね…とにかくお客さんの反応を見るのが一番楽しかった」と当時を振り返り、それがあったから今の自分があると語ってくれた。(2009年10月取材)






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