北の都—札幌に古くからある巨大アーケード“狸小路商店街”には、大小合わせて数多くの映画館が軒を連ねており、映画街としての一面もあった。札幌の中心を横切るアーケードは地下街が登場するまで市民にとって生活の中心地であると共に娯楽の場所でもあった。
その中に、札幌を代表する大劇場として大作・話題作を送り続けていた老舗の映画館『札幌東宝プラザ』がある。札幌には、この“狸小路”を中心に“札幌東宝日劇”“帝国座”“札幌劇場”…そして『札幌東宝プラザ』と、4つの大劇場(現在は“札幌東宝日劇”“帝国座”は閉館)が各映画会社のカラーを出していた。

その中でもコチラの劇場は、パラマウントや20世紀フォックス等の大作をメインとしつつ、どこか女性に親しまれる優しさを持った作品を掛けていたのが特徴的。また早くからスタジアム形式を採用しており、前列の頭に邪魔される事無く、女性や子供でも楽しめる設計が施されていた。コチラの劇場が、この地にオープンしたのは大正14年…当時は“三友館”という館名で、日本映画全盛期の昭和30年代に入ってから日活映画上映館として館名を“日活館”と改名。日活アクション路線を中心に多くの観客を動員。その後邦画全盛期が過ぎ、邦画の斜陽時代が到来…しばらくは、日本映画の二番館として、東宝・東映・松竹の封切二週目の作品の三本立て興行を行い、時には任侠映画・男はつらいよ・若大将といった豪華な組み合わせも珍しくなかった。



昭和50年代に入ってから邦画も斜陽の時代に突入…洋画のチェーン編成が各社で進む中、東宝洋画チェーン劇場として再出発を切る事となり、これを契機に館名も『札幌東宝プラザ』となった。現在のような2館体制となったのは昭和56年3月の大規模リニューアルから。更に平成15年のリニューアルでは、両館共に客席を100席前後減らして、座席の間隔とシートにゆとりを持たせた。「やはり、札幌市内にもシネコンが多くなり、既存館として何をすべきかと常に考えていますね。お客様が、わざわざウチに足を運びたい…と思っていただくためには作品の質も大切ですが、サービスを含めた環境作りを見直して改良を続ける事が重要だと思っています」と支配人の牧浦弘英氏は語る。また、平成18年9月より始まった“短編映画祭”のメイン会場として劇場を提供しているのも新しい試みのひとつ。5日間に渡って120本の短編作品が上映され、応募総数3000本の中から選りすぐられた秀作が一挙上映されるという。

「札幌市内だけでも多くのクリエイターが作品として作られているわけですから、発表の場として劇場が役に立てられたら…と思っています」と語る牧浦氏。第一回目の昨年は8000名という動員数を記録し大成功を収めた事からも、コチラの劇場から新しい才能が羽ばたくのも決して遠い未来の話ではない。
「この狸小路という場所は、年輩の方々が活発な地域なのです。ですから、まずは地域に根ざして女性やご夫婦、シニア層、ファミリー層に合わせた作品編成やサービスを提供して認知していただく事が急務の課題と思っております」と、言われる通り、過去に上映された作品群…“山猫”“1900年”“レインマン”といった文芸大作や人間ドラマから、“インディージョーンズ魔宮の伝説”等のアクション大作に至るまで実に幅広いラインアップで構成されている。「昭和50年代当時はフランス映画社や東宝東和から渋めの作品を穴の開いた時期に上映して、女性のお客様に認知していただこうと赤字覚悟でかけていたそうです(笑)」その成果があって、当時から女性客の姿が多く見られたのも特徴的な劇場だった。ちなみに歴代のヒット作と言えば“もののけ姫”で、お客様の列が狸小路を一周するほど伸びたという。現在は、東宝チェーン系列の作品だけではなく独自で作品を選定しており、作品の幅も以前に比べて格段に広がっている。「我々興行の人間は現場で直接お客様の反応に接するわけです。だから毎日が緊張と喜びの連続ですよ」と語る牧浦氏は最後に、こう続けてくれた。「場内に入ってお客様の顔を見るとワクワクしながらスクリーンを見据えている…その時のお客様って皆さん笑顔なんですよね。そんなお客様の笑顔で劇場をいっぱいにしたい…と、いうのが私の夢です」
(取材:2007年8月)

【座席】 『プラザ1』376席/『プラザ2』173席
【音響】
DTS・SRD

【住所】 北海道札幌市中央区南2条西5丁目(狸小路5丁目)
2010年8月31日を持ちまして閉館いたしました。





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