多くの買い物客とギャンブル好きが行き交う大阪ミナミの千日前道具屋筋商店街。休日は通りを横切ることすら困難な程、人…人…人の波でごった返す。道頓堀から一直線に走るこのアーケードも数年前までは屋根が無かった。朝早くからパチンコ屋には長い列を作り、横道に逸れる路地には懐かしいお惣菜やが軒を連ねる。そして、上方芸人たちが訪れる安くて美味しい食堂がいくつも並ぶ街…誰にでも気さくに話しかけてくれる街…それが千日前なのだ。昭和47年にオープンしたロードショウ館『千日会館』は、そんな活気溢れる通り沿いに在る。大阪らしいガチャガチャした電飾と看板であるにも関わらず隣にあるハンバーガーショップの方が目立つ映画館…。ともすればそのまま気付かずに通り過ぎてしまいそうな外観だ。特選名画劇場と書かれた看板が目印。

コチラの劇場は通りを挟んで向かいにある“A&P”というスーパーマーケットが運営している珍しい映画館だ。同様に同系列の“千日前弥生座”“テアトルA&P”という映画館が近隣にある。かつては関西のブロードウェイとも呼ばれていた千日前道具屋筋には映画館のみならず芝居小屋が建ち並んでいた。数は減ってしまったものの大阪有数の映画と演劇の街であることは間違いない。そんな映画街の中で一番小さい劇場がコチラである。ビルの地下1階にあるため限りあるスペースを映画館として有効的に活用し、今もファミリーからお年寄りまで昔ながらのファンが訪れている。

春・夏・冬休みシーズンにはモーニングショウとして子供向けのアニメ作品を上映。午後からは通常の作品へと移行する2部構成を取っており、年齢層はグンと高くなる。邦画・洋画に関わらずチェーンに属していないため幅広いプログラムを提供しているが、場所柄だろうか一般作品としては男臭い硬派な邦画がメインとなっており子供の休み以外の時は朝早くから年輩の方が来場される。ロードショウ専門で上映する以前は成人映画専門館(それもゲイ映画上映館)として薔薇族映画3本立て興行等も行っていた。
細い階段を地下に降りると、そこはもう劇場のエントランス。自動販売機でチケットを購入してもぎりのおばちゃんに手渡す。小さなショーケースには映画のパンフレットと定番のスナック菓子が置かれ、それほど食べたくなくても思わず手に取って購入してしまう…そんな不思議な映画とお菓子の関係が残っている。ロビー左手に長い休憩スペースがあり壁面には色あせた映画スターのポスターが飾られている。細長いソファーには朝早くから子供にせがまれて映画館に来たものの疲れて、いびきをかいて熟睡しているお父さんの姿がある。かつて地元の駅前に必ず1館あった映画館という雰囲気を今でも残している。何ひとつ飾ったところが無いのに親しみ易い映画館。上映終了と同時にロビーは子供たちの歓声で賑わい遊び場に変貌していた。









ただひとつ普通の映画館では見かけないものがコチラにある。前述した限られたスペースを有効に使う方策として編み出された上映システムだ。ロビーの中央に設置している床から天井まで伸びたガラスケース。その中を覗くと床には大きな穴が開いており地下階は映写室となっているのが解る。そして天井に設置された鏡と壁面に開いている映写用の穴…そう、地下にある映写機から投影された映像が真っすぐ天井のミラーに反射して壁に開いた穴から場内のスクリーンへと映し出されるという仕組みなのだ。勿論、ロビーは明るいわけだが反射された映像は少しの曇りも無く映し出されている。ビルの奥行きが限られているため客席後部にあるはずの映写室を設けることが出来ないため生み出された施策だが…「日本国内でもこういった形式で上映設備を作ったのはウチが初めてです。その後は、同じ様な問題を抱えた映画館がスクリーンの裏側に映写機を設置してミラーで投影するといったシステムを導入し始めたんですよ。」と支配人は語る。オープン以来この方式で上映を行っており、初めて来られたお客様は珍しがって中を覗き込んだり従業員に質問したり…などの光景がよく見られるという。場内は緩やかな傾斜のワンスロープ形式でスクリーンの位置が比較的高く取られているため前列の頭が邪魔になることは少ない。映写室がないためビルの地下とは思えない程、ゆとりのある場内なのが特徴的だ。 「昔からこの場所には多くの映画館がありましたけど…閉館したところもあれば新しく出来たところもあって、館数的には変わっていないと思いますよ。ただ昔からウチの劇場に慣れ親しんで足を運んでくれているお客さんがいる限りは頑張りたいと思ってます。」という支配人。地元密着型の小さな映画館が持つ親しみ易さに浸ってみてはいかがだろうか?(取材:2003年7月)

【座席】 88席 【住所】 大阪府大阪市中央区千日前2-8-23
※2013年4月23日を持ちまして閉館いたしました。


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