「昔この街には6館の映画館があって、東宝、東映、松竹の専門館から2本立興行の劇場まで賑わいを見せていたのですが…今ではウチ2館だけになってしまいました。」JR京浜東北線と営団地下鉄南北線、そして今では数少ない路面電車の荒川線が交差する王子駅に20年間、地元住民に親しまれている映画館がある。駅から歩いて3分ほど。商店街や飲食店が建ち並ぶ場所に在る『王子シネマ/王子100人劇場』。冒頭、昔の王子駅周辺について語ってくれた支配人の伊藤裕淳氏は、こう続ける「駅前は新しいビルが建ったりしていますけど、街の内容自体はあまり変わっていないんです。大型商業施設があるわけでもないし、新しく出来たモノと言えばマンションばかり…王子という駅は住宅街なんです。」古くから住んでいる住人と新しく越して来た住人が暮らす街…だからこそ地元にある身近な映画館というのは住民にとってオアシスのような存在なのかもしれない。
「お客様も昔からの常連さんも多いですよ。小さなお子さんを連れたお母さんが実は小さい頃、同じようにお母さんに連れて来られて映画を観ていたという3代に渡ってウチの劇場を利用してくれているんです。だからこそ私たちスタッフもそれを意識して地元の方々に愛され続ける映画館になれるよう日々心掛けていますよ」そう、これこそが今では少なくなって来た自分の街に在る映画館の良さなのだ。ひと昔前までは小さな街でも必ず1〜2館は映画館があった。それが年々、減少して大きなターミナル駅以外にはシネコンしか見る事が出来なくなった。だからこそお客様の顔を覚えてくれている地元の映画館はひと味違った温かみがあるのだ。
現在コチラの劇場は東映と東宝の封切り館だが、たまにイレギュラーで洋画の上映も行っている。それでも夏休みや春休みシーズンなどは2館共に子供向けのアニメを上映し連日子供たちの黄色い歓声で場内は賑わっている。今では使われなくなった1階のチケット窓口横にある階段もしくはエレベーターで3階に上がると、そこがもう劇場の入口。受付でチケットを購入するとチケットではなくレシートを渡される。

「実はこれが一番無駄がなく実用的なんです。」と伊藤氏が語る通りレシートには日付けも時間も明記されているのがからこれ以上確かなものはない。向かって左が『王子100人劇場』右が『王子シネマ』でロビーを挟んむように存在している。ロビーは関連商品やスナックなどが所狭しと置かれておりどこか懐かしい雰囲気を持っている。いつもは見慣れたスナックも何故か映画館で買いたくなる、そんな気分にさせてくれるもの昔と変わらない。ホールを囲むようにしてゆっくりとくつろげる喫煙コーナーがあり、『王子100人劇場』は赤を基調とした配色、『王子シネマ』は青を基調とした配色を施しているのが特徴的だ。ロビーと同様、赤と青に色分けられたシートとスクリーンカーテン。どちらも108席と小さな映画館ながらもプライベートな感覚で映画を楽しむことができる劇場だ。平日の朝からは年輩の夫婦や近所のおじいさんがブラリと訪れては映画に興じる光景が見られる。適度な広さが落ち着いた雰囲気を醸し出し、上映が始まるとガサガサとお菓子の音が聞こえる…それが決して耳障りではなく映画館の持つエンターテインメント性をよく表しているのだ。

学校が終わる夕方になると学生やサラリーマン、OLが帰路の途中で訪れる。普段着で来る事が出来る、近所の映画館…映画を観ながらストレスを発散して、だからこそ劇場を出る人々の顔は誰もが実に満足そうだ。こちらのホームページにも“小じんまりしているけど感じがとても良かった。これから映画はココで観ます。”という書き込みがあるほど気軽に楽しめる劇場なのだ。メインの客層となるのは平日の午前中は前述の通りシニア層だが、圧倒的に多いのは20〜30代の女性だという。

やはり安心して映画に集中できるという環境が受けているのだろう。昔からの常連が多いからこそ、少しでも気持ち良く多くの映画を観てもらおうと始めたサービスが毎日最終回をペア(恋人・友達等)で鑑賞されるお客様は二人で2400円、親子ペアで2000円とお得(ペア割引と親子ペア割引を作品ごとにどちらか実施)。また毎週水曜日はサービスデーとして男女共に1000円というからどんどん活用して欲しい。また、コチラでは“王子シネクラブ”というのを発足している。年会費1500円で、1年間有効の会員カードを発行。入場時に提示すれば、いつでも900円(毎月1日・15日は700円)で観る事が出来る。しかも入会時に無料招待券が1枚進呈される…正直言って招待券の時点で年会費の元を取っているのだから驚いてしまう。現在会員数も1000人を越えている事からも、こうしたサービスはお客様に求められていたのだろう。今では珍しくなった映画のスチール写真が貼ってある劇場の前を通る時、“あっ、映画観よう”と思い、ふっと入る…観客が映画館で映画を観る楽しさをココの劇場を通じて思い出してくれたようだ。(取材:2003年6月)

【座席】 『王子シネマ』108席/『王子100人劇場』108席 【音響】 DS

【住所】 東京都北区王子1-22-11  2012年12月10日を持ちまして閉館いたしました。

  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street