かつて日本には客席数1000を越える大劇場が、いくつも存在していた。駅前再開発ラッシュによって閉館した劇場は数多く、その中には“有楽座”“テアトル東京”など映画ファンにとっては忘れられない劇場がある。パンフレットに印刷された館名に地方の映画ファンたちは劇場に行ったことがなくても、その館名は良く知っている…映画館というのはそういった思い入れも詰まっているのだ。そんな大劇場と言える映画館が少なくなった現在も尚、現役として我々映画ファンの心を掴んでいる劇場が存在する。渋谷駅東口バスターミナル正面に建つビル“渋谷東急文化会館”1階に在る『渋谷パンテオン』だ。昭和31年12月1日に“放浪の王者”でオープニングを飾ったコチラの劇場は当時と変わらない姿で大劇場の魅力を今も残している。今では記載されていない館名が必ず印刷された当時のパンフレットには、懐かしさと同時に新鮮さすら感じる。

かつて70mmというフィルムで高さ7メートル以上もあるスクリーンに投影された迫力に感動と興奮を覚えた人間は数知れない。現在でも70mm上映が可能であるものの、プリント自体が存在しなくなってしまい、また70mmの復活を願っているファンは勿論、劇場スタッフも「機会とプリントさえあれば上映したい。」と思っているという。そのファンの願いが形となったのが“東京国際ファンタスティック映画祭(東京ファンタ)”における“アラビアのロレンス”の70mm公開だ。この時には数多くのファンが殺到し、場内は異常な熱気に包まれた。コチラの劇場にはそんなパンテオンファンが数多く「映画を観るならココ!」と決められているお客様も少なくない。それだけに…「あまりお客様が入らなかったりする作品は同じビルに入っている他の劇場の作品と入替える事がたまにあるのですが…そんな時はお叱りを受ける事が多々ありますね。」とウレシイ反面そんな悩みの種も抱えている。


そんな『渋谷パンテオン』のロビーはとにかく広い、木目のシックな壁と高い天井…歴史を感じさせるロビーには公開初日ともなると長蛇の列が出来るのだから日本一集客数の多い劇場と言っても過言ではないだろう。エントランスの前にあるチケット売り場が余りにも小さく感じてしまう程だ。ワンスロープの傾斜が付いている場内は横に広くシネマスコープサイズの作品は左右いっぱいに広がり、正に奥の壁面全てがスクリーンとなっている。「大作を観るならココ!」と決めているパンテオンファンが多いのも頷けるだろう。スクリーン前にある奥行きのあるステージでは毎年行われる“東京ファンタ”の舞台挨拶や、これもまた恒例の年中行事である“大晦日カウントダウン”でのライブステージとして使われている。ステージが奥深い為か、視界いっぱいに映画を観たいというファンには最前列が好まれているようだ。映画をもっと全体的に楽しみたいという方には是非、2階席を体験してもらいたい。2階席だけで400席(何と中規模の劇場の客席数と同じなのだ)を有するのは、さすが大劇場ならでは。2階は全席指定となっているがスタジアム形式の段差のおかげで前列の頭も気にすることなく映画の全景が存分に堪能できるだろう。

タイミングによっては席が決まってしまうものの、もし空いていれば2列目から5列目の席をお薦めしたい。また2階席にある豪華なロビーは赤いカーペットが敷きつめられ、座り心地の良いソファーに座っていると、まるでオペラでも観劇に来たかのような錯覚に陥ってしまう。壁に飾ってある絵画は『渋谷パンテオン』2階席の象徴と言えるほど昔の姿を残している。若干自由席に比べ値段が高いかも知れないが特別な日などには、ちょっと奮発してでも一度、贅沢な時間を味わってみて欲しい。ちなみにオールナイトや特別興行時は全席自由席として解放されている。

イベント、オールナイトそして“東京ファンタ”…ロードショウ館でこれほど催し物が多い劇場も珍しい。これらのイベントは全て母体である“東急レクリエーション”のプロモーション企画部が企画・運営を行っているのだが、他にもニッポン放送やサウンドマンといったイベント会社と協力して開催したりしている。特にオールナイトで印象に残るのは2000年に行った“女性のための日活ロマンポルノ特集”だ。全盛期だった70年代には誰もが予想もしていなかっただろう『渋谷パンテオン』でのロマンポルノの上映会には満席になる程のお客様が来場、しかもその7割以上が女性だったという前代未聞の出来事が、映画業界にひとつの伝説を残した。他にも大映の妖怪シリーズ3部作と怪談ライブをドッキングさせるなどユニークな特集オールナイトもコチラの名物となっている。「通常の興行以外の時間帯であれば、どんどんライブなどのイベントにも劇場を提供していきたい。」という方針が、映画館の可能性を広げているのだ。“東京ファンタ”ではお客様…いや、参加者がスクリーンに向かって拍手を送ったり、大声で笑ったりとライブ感覚で映画を楽しむ光景を見ていると、映画の楽しみ方には昔から変わらない本質の様なモノが有るように思える。大画面、大音響だけでは語り尽くせない映画の魅力…それは映画と一体となってスクリーンの中に没頭する事ではないのだろうか?『渋谷パンテオン』はそんな新しい映画鑑賞を我々観客に提供してくれる老舗大劇場なのだ。(取材:2002年5月)


【座席】1119席 【音響】DS・SR・SRD・DTS・SDDS

【住所】 東京都渋谷区渋谷2-21-12 渋谷東急文化会館 ※2003年6月30日を持ちまして閉館いたしました。

  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street