昔、新宿の映画街と言えば新宿三丁目から新宿通りを真直ぐに伸びた場所であった。今では歌舞伎町に映画館が集中しているが、新宿駅に直結した場所に、今なお歴史の重みを感じさせてくれるロードショウ専門館がある。大正9年6月30日に設立された“映画の殿堂”と称えられた武蔵野興行が運営する『新宿武蔵野館』だ。新宿界隈で最も古い劇場のひとつであるが、設立当時…新宿三丁目付近は、夕方になると人通りも少なくなる古びた商店街で、そんな街に、客席数600席、木造鉄筋三階建の映画館を建設する事に、業界の人間は驚いたという。当初は新規参入した劇場に、日活からは配給を受けられず、上映作品は国活が製作する邦画と、大活が輸入する洋画を中心に構成されていた。


この当時、まだまだ銀座から浅草といった下町の映画街が中心だったが、そこに大きな転機が訪れた。大正12年に発生した関東大震災である。この震災から人の流れや街の構造が下町から山の手に移動したのだ。その日を境に『新宿武蔵野館』では連日満員記録が打ち立てられるほどの来場となり、名実共に一流館の仲間入りを果たした。それまで二番館だった『新宿武蔵野館』も封切館に格上げされて、無声映画時代の弁士・徳川夢声も専属となった。また、観客が同じくらいに楽しみにしてたのは入場時に無料で配布される“ムサシノ・ウィークリー”という劇場オリジナルのプログラム。20ページの紙面には、こと細かに解説や評論が掲載され、人々は未だ見ぬ世界をそこで知る事が出来た。順風満帆に見えた、新たな問題も浮上する。古い木造建築だった建物は、連日の収容人数を超える来場者によって建て直しの計画に迫られたのだ。かくして昭和3年12月14日、新宿三丁目から現在の場所に鉄筋コンクリート三階建て1155席でリニューアルオープンする。翌年には日本初のトーキーが上映され、昭和6年に公開された“モロッコ”のヒットにより、弁士と楽団の職は失われてしまった。

洋画の『新宿武蔵野館』も太平洋戦争中は、ナチスドイツのプロパガンダ映画や戦意高揚映画の上映を余儀なくされた暗黒の時代がしばらく続く。東京大空襲で劇場内部は焼け焦げたものの、全壊を免れた劇場は焦土と化した新宿の復興のシンボルとなった。戦争が終結して、それまで上映出来なかった数多くの名作が堰を切ったようにハリウッドから日本に輸入され、チャップリンの“黄金狂時代”や“カサブランカ”が公開、いよいよ本格的な映画館経営に乗り出す。昭和32年にはジョン・ウェインが舞台挨拶に訪れて話題になり、ピークを迎える。昭和43年には地上7階建の複合施設“新宿武蔵野館ビル”を設立。7階に500席の劇場として再オープンして、現在に至っている。

同ビル内にあるミニシアター『シネマ・カリテ』の客層とは勿論ガラリと変わる。「ミニシアターと違って家族連れのお客様が多いんですよ。たまに家族揃って映画を楽しむために劇場へ訪れる方たちばかり…中には年に一度っていうご家族もいらっしゃると思うんです。ですから、その数少ない貴重な時を楽しく過ごしていただこうとサービス面には一番気を使いますね」と、語ってくれたのは劇場スタッフの長澤順子さん。たしかに、土・日・祝日は家族連れが目立つ。しょっちゅう映画館に足を運ぶ方ばかりではない人々にとって、気持ち良く劇場を出られる事が何より素晴しい家族サービスであるのだ。その手助けをしてくれる劇場のスタッフがいてくれれば「もう一度、映画を観に行こうか」という気持ちになってくれるはず。

場内は、さすが武蔵野興行の旗館だけに、天井が高く大きなスクリーンが老舗の風格を感じさせる。シートにも最善の気配りが施され、リニューアルする際に、座席の感覚を足を伸ばして観られる程、ゆとりのあるスペースを確保したため女性のお客様には好評だ。ロビーを支える大理石の柱が格調高い重厚な作りになっており、更に明るめの照明が清潔なイメージさえも醸し出している。勿論、それは場内にも言えることでベージュの色調が落ち着いた気持ちにさせてくれるのだ。


「もう少しロビーが広ければ、待ち時間も苦にならないのでしょうけど…申し訳なく思っています」と長澤さんは言うものの決して窮屈な感じはしない。むしろロビーの明るさが開放的なムードを醸し出してくれているように思える。普段はビルの1階に“San-ai”が入っているせいもあって女性客が大半を占めており、買い物帰りらしき姿が目立つ。「ウチの上映作品は東宝“みゆき座”系列の作品ですから、どうしても男っぽいアクション大作よりも女性向けのソフトな映画が多くなってしまいますね。ショッピング帰りとか仕事帰りのOLさんが比較的多いですよ」最近のヒット作と言えば、“みゆき座”でスマッシュヒットとなった、新感覚のホラー映画“ファイナル・ディスティネーション”というのも頷ける結果だ。近年は単館系の作品にも力を入れており、タリバン政権のアフガニスタンの実情を女性ジャーナリストの視点で描かれたイラン映画“カンダハール”には、大勢の女性客が詰めかけ、連日満席となったほど。

駅からのアクセスは新宿の映画館の中でも一番良く、地下街に直結しているので、まさに雨に濡れずに映画館にたどり着ける。また同じビル内の飲食店で、映画観賞の後に食事も楽しめる。「実はけっこう場所を認知されていないんですよね。場所のお問い合わせが多いんですよ…」もしかすると駅からあまりにも近過ぎるせいだろうか…それでも一度来たら忘れられない距離なので、会社帰り、たまには映画でも…?という時には是非、利用したいものだ。(2001年2月取材)


【座席】 334席 【音響】 DSSR・SRDDTS・SRD-EX

【住所】 東京都新宿区新宿3-27-10武蔵野館ビル
※2003年9月1日をもちまして閉館いたしました。現在は3階の旧シネマカリテが『新宿武蔵野館』の看板を引き継ぎ運営しています。

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